第7話 決闘へ


「では、二人組のペアを作れ」


 授業は順調に進んでいき、本日は実践魔法の授業である。校庭に集まった俺たちは、教員の指導のもと授業に取り組むことになった。


 が、まさかここにきてペアを作れ……だと?


 周りはすぐにペアを作っていくが、俺には友人などはいない。ボッチにとってこれはもはや拷問とも呼べる仕打ちだった。


 ふ。しかし、対策方法がないわけではない。ここは──体調不良という嘘をついて、逃れる。俺は悲しくも前世から使っていた手段を使おうと思った時、背後から声をかけられる。


「あ、あの……」


 振り返るとそこに立っているのはルイスだった。目をキョロキョロとさせながら、彼は俺に話しかけてくる。


 明らかに緊張している様子だった。


「レイヴンさん。僕とペア……どうですか?」


 え? 原作ではここでヒロインのサリナとペアを組むはずだ。しかし、サリナはどうやら他の女子とペアを組んでいる。ま、原作との多少の差異もあるか。


 俺はここで主人公の提案を無碍に拒否することもできる。


 というより、原作通りの悪役ウィルであればそうすべきだろう。


「ダメ……ですか?」


 上目遣いで彼は俺のことを見上げてくる。目は微かに潤んでおり、きっとかなりの勇気を振り絞ったのだと思う。その様子はまるで捨てられた子犬のようだった。


 昨日のケイルの忠告を思い出す。あまりルイスと仲良くすると、さらにあいつに目をつけられるだろうが──俺はルイスの提案を受け入れることにした。


「分かった」

「あ、ありがとうございます!」

「あと、ウィルでいい」

「え」

「俺もルイスでいいよな?」

「はい! もちろんです!」


 ボッチが勇気を振り絞ったんだ。これくらいはしてもいいよな。


 もはやルイスは敵と呼ぶほど脅威でもないし、俺は学院を平穏に過ごす予定だからな。これくらいは別に構わないだろうと俺は納得しておいた。


「では、二人組で氷の柱を生成しろ。お互いの魔法を観察し、相手のダメな部分があれば指摘していけ。私も適宜見回るからな。集中して取り組めよ」


 教師がそう言うと、俺たちは早速魔法を発動する。


 腰に差している杖を抜き、それぞれが氷属性の魔法を発動させる。


氷柱アイスピラー!」


 俺はルイスの魔法をじっと観察する。魔力が一気に溢れ出すと、彼の目の前には立派な氷の柱が出来上がる。


 発生速度、魔力密度、属性具現化。あらゆる魔法工程は一流の魔法使いと言っても過言ではない。流石は主人公だな。全く、本当にチートなやつだよ。


 才能だけで見れば俺よりも遥かに上だろう。ただし、あくまで才能だけの話だが。


「凄いな。全ての魔法工程に澱みがない」

「あ、ありがとうございます」


 ルイスは丁寧に頭を下げる。このクラスだけではなく、この学院全体でも既に五本の指には入る実力者だな。全く、才能ってやつは残酷さ。


「じゃ、俺もやるか」


 俺もまた腰から杖を取り出す。もちろん、賢者しか使用できない聖杖セレスティリアを使うことはしない。変哲もないただの魔法の杖であり、これは魔道具店でセールで売ってあったものだ。


 なんか前世の影響もあって、セール品とかつい買っちゃうんだよな。


氷柱アイスピラー


 俺はかなり出力を抑えて、氷柱アイスピラーを発動させた。他の生徒の実力はなんとなく分かっていたので、それに合わせてみた。


 可もなく不可もなく、本当に平均値的な魔法の発動をである。


「どうだ?」

「やっぱり──ウィルさんって、かなりの実力者ですよね」


 ルイスは普段とは異なり、俺の魔法に対して鋭い視線を向けていた。その視線は俺の魔法の全てを見通しているようなものだった。


「は? この魔法を見てどうしてそう思う。何も突出したものはない」


 発生速度も遅いし、魔力密度も十分ではない。それに成形された氷もどこか歪だ。典型的なダメな魔法だろうに、なぜそう思うのだろうか。


「綺麗なんですよね。魔法の取り扱いが。確かに、一見すれば平均値的な魔法だとは思います。けれどウィルさんの魔法には流麗さがあります。魔力の流れにも澱みがない。発生した魔法の結果というよりも、その過程が綺麗だと思いました」

「う……」


 そうだった。こいつは後に覚醒するのだが、魔眼持ちでもある。普通は他人の魔力の流れなんて知覚できないのに、それを察知するこいつはやはり化け物である。


 それに確かに、魔法の発動過程まで意識してなかった。普通は魔法によって生み出された結果を見るのに、こいつは過程まで見ていたのか。


 流石に今後は気をつけないとな……。


「まぁ偶然だ。あまり俺のことを買い被るな」

「そうですか……」


 釈然としていない様子だった。いつも弱気なのだが、時折こうして鋭い考察をしてくるのはやはり主人公といったところか。


「よーし。こんなものだな。さて残りの時間は毎年恒例の模擬戦をしようか」


 模擬戦。物語によくあるものであり、ここで俺とルイスが決闘をして俺が敗北することになる。そして、その敗北から復讐をしようと誓って、ウィルは完全に闇堕ちをする。


「ルイス。お前の魔法はかなりのものだ。いけるか?」

「わ、分かりました」


 原作通りの流れだな。俺は別にここで彼に執着する必要もない。流れに身を任せようと思っていたが、ニヤニヤと笑っているケインの姿が目に入る。明らかに何か狙っている様子だ。


 俺はそれを見てすぐに手を上げた。


「自分にやらせてください」

「ウィル=レイヴンか。自主的に手を上げたことは評価しよう。では、二人とも立ち位置につけ」


 俺とルイスは正面に立って、向かい合う。その際、チラッと視界に顔を忌々しそうに歪めているケインの姿が目に入った。


 おそらく、あいつは何かしら卑怯な手段を用いてルイスに嫌がらせをしようとしたのだろうな。


 しかし、図らずとも原作通りになったな。


「では両者共に準備はいいな」

「「はい」」

 

 俺たちの声が重なり合う。ルイスはぎゅっと杖を握りしめている。安心しろルイス。俺はここで派手に負けて、お前の実力は認められることになる。


 負けたとしても俺は別に復讐なんてしない。このままいつものように、穏やかな学院生活を送るだけだ。たとえ──俺の立場が悪くなるとしても。


 それにここでルイスが活躍すれば彼はさらに目立っていき、逆に俺の存在感は無くなるからな。


「では──始め!」


 教師の掛け声とともに俺たちは杖を向け合い、模擬戦が始まった。

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