第6話 不遇な日々
魔法学院での生活は思ったよりも退屈なものだったが、俺はそれを受け入れていた。
すでに死亡フラグは問題ではなく、後はゆっくりと人生を過ごすだけである。剣聖と賢者の仕事もあるので、この学院では平穏に過ごしたいと俺は考えていた。
「ま、屋上で涼むのも悪くはないな」
俺は屋上で地面に座り、一人でパンを齧っていた。こうして一人でいるのも悪くはない……悪くは、ないのだ。
いや、少しだけ寂しい。
というか、この手のゲームによくあるが屋上ってなんで普通に解放されているんだろうな。割と危ないと思うが、まぁここは魔法学院だ。仮に何かあったとしても、魔法でどうにかできるか。
と、一人で謎の考察をしていると、屋上の扉が開かれる音がした。
チラッとそちらに視線を流してみると、やって来たのは──主人公のルイスだった。
俺の知っているストーリーでは、ルイスとウィルが屋上で出会う話はないが……全てが原作と同じように進むわけではないのだろう。
「あ。その、こんにちは」
「……あぁ」
俺はボソッと声を出して反応する。
相変わらず、めちゃくちゃイケメンなやつだな。ルイスは周囲をキョロキョロと見渡し、俺から少し離れたところに座った。彼もまた、購買で購入したであろうパンを持っていたが、袋の中にはパンの耳しか入っていなかった。
「おい」
「はい。なんですか?」
「なんでパンの耳だけなんだ」
「えっと……僕、貧乏なんです。それにこの学院の学費を払うのもやっとで……すみません」
「……」
謝る必要などないのに、ルイスは頭を下げた。不遇なのは元々知っている。これから先、厳しい目に遭うことも。
そんな彼を見て俺は──スッと食べかけのパンを渡した。ついでにポケットにあったジャムの袋も渡す。後でこれをつけて食べようと思っていたが、気が変わった。
「え?」
「満腹になった。やる」
「でも……」
「必要ないなら捨てておけ。じゃあな」
「あ、ありがとうございます!」
俺は屋上から去っていく。彼とはいずれ戦うことになるかもしれないが、別に俺は主人公に復讐するつもりなんてないし、平穏な日々が過ごせればそれでいい。
それにやっぱり、俺はルイスという主人公が好きなんだと再認識した。これから大変なこともあるだろうが、彼には輝かしい人生が待っている。俺はモブの悪役として、それを見守るだけだ。
放課後になって俺が自宅に帰宅しようとしてた際、ある一人の男子生徒が俺の前に立つ。
「おい」
「? 何か用か?」
えーっと彼の名前は、ケイン=リードだったか? 天空のアステリアの原作にいたような、いないような。おそらくはモブとして出演していたのかもしれない。
が、顔つきと態度からして傲慢な貴族なのはすぐに分かった。
「お前、あの平民と連んでいるのか?」
「まさか。別に仲良くはない」
俺は軽く肩を竦める素振りを見せる。
「ふぅん。ま、弁えているならいいさ。ただ、このクラスで一番の実力者はあいつじゃなく俺だ。立ち振る舞いはしっかりと考えておけよ」
ケインの周りにいる取り巻きたちもうんうんと頷いている。
あー、なるほど。どうやら彼が実質的にこのクラスのリーダー的な存在ということなのか。原作では主人公目線で物語が進むので、他の視点から見るのはなんだか新鮮だった。
「分かった。胸に留めておく」
「俺は伯爵家の人間だからな。今後は慎ましく行動しろ。分かったか?」
「? 慎ましく行動をしろ? どういうことだ?」
俺は目立っている自覚など全くない。授業も普通に聞いているだけで、突出したものは何も出していないはずだ。魔力だって平均的な保有量だしな。
「一人でいることで目立っているんだよ、お前」
「はぁ?」
まさかボッチでいることを咎められるとは思っていなかったので、思わず素の反応が出てしまう。
「ふん。口の利き方もなってないな。これだから下級貴族は困るんだ」
「えぇ……」
ドン引きだった。まさかそんなことを言われるとは。
平穏に過ごしたいというのに難癖をつけられて俺は困っていた。まさかボッチでいることに対して追及される事になろうとは思ってもみなかった。
「こら、あなたたち。何を騒いでいるの?」
少しざわつき始めた時、仲裁に入ろうとしてくるのはヒロインのサリナだった。凛とした声が響き、全員が彼女へと視線を送る。
「ちっ。行くぞ、お前たち」
そう言ってケインは取り巻きを連れてこの場から去っていった。
なんと言うか嵐のようなやつだったな。
「またあなた?」
サリナは辟易した様子で俺に視線を向けてくるが、今回ばかりは俺は完全に被害者だろう。
「いや、難癖をつけられたんだ」
「ふーん。ま、そう言うことにしておきましょうかね。でも、あまり問題は起こすべきじゃないわよ」
「分かっている。俺は平穏な学園生活をお送りたいだけなんだ」
「平穏、ね」
何か含みのある言い回しだった。え、平穏無事な学園生活を送っているはずだが……?
「でもあなた、ちょっと目立っているわよ」
「え……?」
なぜだ。俺のボッチステルスは完璧だったはずだ。どうして目立っているということになるんだ!?
「魔法の授業もそつなくこなしているし、何よりも一人で飄々としているのがちょっと雰囲気あるのよね。余裕があるというか」
「……」
まさか、余生を過ごすぜオーラが出過ぎていると言うのか?
くそ。これはさらにステルス性能を高める必要があるな。全く、普通の学園生活を送るのもままならないというのか。
「なるほど。教えてくれて感謝する」
俺がそう言って教室から出て行こうとすると、バッタリと主人公のルイスと出会う。ぶつかりそうになったので、俺は咄嗟に彼にぶつからないように避けるのだった。
「あ。ご、ごめんなさい!」
「いや別に。じゃあな」
「はい! また明日!」
きっとこれから主人公のルイスとヒロインのサリナは親睦を深めていくのだろう。俺は二人の様子を見守ることなく、クールに去っていく。
去り際。微かにフローラルな香りが鼻腔を抜ける。
ルイスのやつ、フェロモンでも撒いているのか? 全くイケメンというやつは嫌になるな。
彼には、ある秘密がある。俺が原作ですら知らない重大な秘密が。それに直面するのは、もう少し先のことだった。
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