第4話 剣聖アーサー
ヒロインの一人である、サリナ=ウェルズリーは公爵家の人間である。誰よりも気高く、理不尽を許さない。
マイルドなツンデレ系のキャラであり、主人公の攻略対象である。
そんな彼女が俺に絡んでくるのは、まぁ当然といえば当然か。正義感めちゃ強いしな。
「あなた、貴族として恥ずかしくないの?」
「この学院は由緒正しき貴族のための学院だ。そこに平民がやって来た。淘汰されて当然と思うが?」
「いいえ。学院は入学を認めているわ。平民であろうとも、貴族であろうとも同じ魔法使いよ」
「はっ」
俺は鼻で笑って悪態をつく。いや、まぁ俺もそっち側の意見なんだけど、一応は悪役貴族だからな。ここはハッキリと自分の立場を示しておく。
「学院の決定など関係はない。俺はただ、平民が気に食わないだけだ」
「そんな利己的な理由で彼を虐げるなんて……!」
「なら、お前が友人になってあげるんだな。じゃあな」
あぁ。なるほど。おそらくはこうして、主人公とヒロインは出会って仲を深めていくのだろう。
ふ。恋のキューピット役ってことか。全く、ウィルというキャラクターは悲しくも、全てにおいてモブってわけか。
そして、自宅に戻るとメイドのアイシアがいつものように迎えてくれた。
「おかえりさないませ。ウィル様」
「ただいま」
「何かお変わりになったことはありましたか」
「いいや特に。神託のままだな」
「なるほど」
神託とは俺の死亡フラグの名称のことである。アイシアには過去、俺が将来滅ぶことになると伝えてある。詳細までは語っていないが、そのために剣聖と賢者の力が必要だとは言っている。
それを神託と言い、彼女は深く追及はして来なかった。曰く「メイドとは常に主人に寄り添うものですから。それがたとえ、どのようなものであったとしても」とのことである。
俺は少し汗をかいたので風呂に入ることにした。下級とはいえここは貴族の屋敷。それなりの贅沢はしており、風呂もまたその一つだった。
「ウィル様」
「うおっ……!? お前、入浴中には来るなとあれほど」
「しかし、二人で内密に話をするのはちょうど良いかと」
「それは……」
そうなのか? 俺たちはよく風呂場で秘密の会話をすることが多い。別に自室でも良い気がするが、アイシアは「入浴中は近寄る人もいませんので」とよく言っている。
まぁ、言われてみればそうなのだが……いや、やっぱりそうなのか?
「お背中お流しします」
「助かる」
今となっては慣れてしまったので、特に何か言うことはなかった。アイシアは俺の背中をタオルで擦りながら、話を続ける。
「剣聖に対して依頼がありました」
「今回はなんだ?」
「ダンジョンに暴走しているキマイラがいると」
「キマイラ。Aランクの魔物だな」
「はい。なんでも見境なく人間も魔物も殺し、上層まで来るのも時間の問題かもしれないと」
「それは……まぁ、対処するしかないよな」
剣聖になってから特別な役割というものはないが、こうして冒険者ギルドから依頼を頼まれることはある。アイシアが窓口になっているらしく、時折こうして厄介ごとを解決したりしている。
ちなみに賢者の方にその依頼はない。賢者は森に籠り、新魔法の開発に取り組んでいる──という設定にしているからだ。もちろん人嫌いで極力誰も近寄らないように、魔法協会にも伝えてあるし、魔法学会の出席もサボっている。
剣聖も賢者も活発に活動していては、俺の身が持たないからな。
しかしこの役割をしていると、前世でワンオペをしていたことを思い出すな。あの時は誰も頼れる人がおらず、たった一人で仕事に励んでいたな。う……思い出すと涙が出そうになる……。
それもこれも、この《天空のアステリア》というゲームをプレイするためだった。
今となってはその世界に転生しているのは、なんの因果なのかと思うが。
「では、さっそく明日向かいましょう。幸いなことに学院は休日なので」
「うぅ……俺のせっかくの休日がぁ……」
休日出勤ってわけだな。これも悲しいけど、非常に慣れているものだった。
「大丈夫です。その分、晩御飯は腕によりをかけて振る舞いますから」
「それは嬉しいが、アイシアも休みがないだろう。今回は俺一人で向かってもいいが?」
俺とアイシアは二人でパーティを組んでいる。互いに冒険者ランクはSランクであり、アイシアもまたかなりの実力者なのだ。実際に紅蓮の剣姫と呼ばれているほどだからな。
そんな彼女がどうしてここでメイドのしているのかはまだ聞いたことはないけどな。
「いえ。主人を一人で行かせるわけにはいきません。メイドたるもの、いついかなる時も主人の側にいますので」
「ははは。でも学院は流石に無理だろう」
俺はちょっとしたジョークのつもりでそう言ったが、アイシアは気まずそうに顔を逸らした。
「……ノーコメントで」
え? いるの? いやいやまさか。俺はそれなりに察知能力が高いが、もしかしてステルス系統の魔法を使っているのか?
まぁでも、仮にそうだとしてもアイシアに悪気はないしなぁ。俺はとりあえず、今の話は聞こえていないことにした。
「じゃあ、明日早速キマイラの討伐に向かうことにするか」
「はい。ウィル様」
そして翌日。俺たちはまずは冒険者ギルドへと向かうと、そこにはいつものように冒険者たちで溢れていた。非常に活気付いており、この雰囲気は嫌いではなかった。
「おいあれって」
「剣聖アーサーか。まさかお目にかかれるとはな」
「隣は紅蓮の剣姫だろ? Sランクパーティが来るとは、もしかしてあの件か」
冒険者ギルドに入るとざわつきが広がる。現在、俺は真っ黒な甲冑に身を包んでいる。もちろん頭部まで全てだ。
体格もいつもよりも大きくなっているが、これは幻影魔法の応用だ。声帯なども変えてあり、いつもよりも声は低い。
アイシアも同様であり、彼女もいつもより身長が高くなっており、顔は仮面で隠している。一見すれば怪しい二人組かもしれないが、俺たちのこの姿は冒険者ギルドでは見慣れたものである。
「受付にいけばいいのか」
「はい。アーサー様」
アーサーとは剣聖の時の偽名であり、アイシアもこの姿の時はそう呼んでいる。
そして、受付に向かう途中でドンと誰かにぶつかってしまう。この姿の時はイマイチ自分の体の感覚に慣れてないんだよなぁ。俺は倒れてしまった女性冒険者に手を差し伸べる。
「すまない。大丈夫……か?」
「はい。こちらこそ、すみません。少しよそ見をしていたので」
えーっと。そう。目の前に立っていたのは他でもない──ヒロインであるサリナ=ウェルズリーその人だったのだ。
まさかここで再び会うことになるとは……。
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