第2話 プロローグ 2

 彼女達は会話を途切れさせ、真剣な顔をして周囲を見やる。

 ザワザワと嫌な気配……


「騒ぎ過ぎたかな、集まってきちゃったね」


 居るのは魔物。積極的に人を襲う負の塊。


「全部シアが悪い。あたしは静かだった」


 軽口を叩きながらルナは魔力を練り上げ、襲い来る敵を始末する準備をする。


「ごめんて……とりあえずお願い、します」


 ちょっとだけばつが悪そうにしながら、戦う事をルナに頼む。

 シアは碌に戦えないのだ。


 なにせ魔法は最低限しか使えず、出来るのは魔力による堅牢な障壁を作る事だけ。


 魔力障壁とは体を覆う魔力の鎧であり、基本中の基本とされる技術だ。

 シアはそれを壁として自在に作り出すよう進化させた。


 それはそれで凄いのだが、とにかく魔法はかなりのコンプレックスである。


「はーいはい、囮お願いねー」


 そうして一斉に飛び出し襲い掛かる黒い塊。

 なにかしらの生物を模す魔物――今回は狼の様なものが3体、熊の様なものが2体、具体的に何かは分からないが鳥の姿をしたものが4体。


「ちょっ……多くない!? なんか多くない!?」


「こんな事もあるさ、ほら行け!」


 言われてシアは自分を包む球状の――地面があるのでドーム状の障壁を張り、魔物を引き付け攻撃を受ける。

 半透明の壁は強靭な護り。攻撃されてもビクともしないが、中の人はビクビク怯えている。


 然もありなん。明確な殺意を持って襲い来る化け物だ。

 なんだかんだ戦いに慣れてはいるが怖いものは怖い。


 初めて魔物の恐怖を知ったのが全てを失った日なのだから……怖くない筈が無い。

 あの日の恐怖は深く染み付いている。無理矢理に抑え付けて蓋をしているだけだ。


 そんなシアを横目にルナは飛び上がる。

 鳥の魔物がルナを追うが、フッ……と風が吹いたと思った直後、全て切り裂かれ塵の様に消えていく。


「早く早く! 怖いって!」


「相変わらずだなぁ……その障壁を破れる奴なんかそうそう居ないってのに」


 シアの障壁の凄さを理解しているルナは気楽な様子だ。

 しかし怯える理由が理由だけに心配はしている。あくまで内心では、だけど。


「こんな透明な壁越しに囲まれたら大丈夫でも大丈夫じゃないの!」


「はいはい」


 なんだかよく分からない事を叫ぶシアごと、おざなりに雷を放つ。

 閃光が走り全てを感電させていき、障壁の表面にも恐ろしい雷が走った。


「ぎゃぁぁあああ!?」


 魔法は適性以外は最低限しか使えないが、精霊は満遍無く使える。反則だ。

 ただし特段に鍛え上げた者には同じ属性では敵わず、悪く言えば器用貧乏。


 どうせ障壁で護られているからと、お構い無しに巻き込まれたシアは叫ぶ。不憫だ。


「うるっさ!」


「何すんのさ!? せめてもっとマシなやつにしてよ、馬鹿ぁ!」


「ごめんごめん」


 謝っているが顔は笑っている。

 そのままトドメとして地面から大きく鋭利な岩を生やし穿ち、魔物は塵となり消えた。

 最初からそれで良かったのでは……



 シアは恨めしそうにルナをジト目で見つめる。

 対してルナは気にしない。弄り弄られが彼女達なのだ。


 信頼があるからこそのものだと思うと微笑ましい。多分。


「全くもう……」


「障壁解きなよー」


 ルナは何事も無かったかの様に声を掛ける。


 シアの障壁は球状に展開し、それを地面に合わせて変形させている。

 でなければ下からの攻撃を防げないからだ。


 そして攻撃を防ぐなら動かない様に固定しなければならない。

 そこは問題無いが、逆に自分の意思で動かす事は難しい。

 中に自分が居るなら尚更である。


 複数に極度の集中をしながら山を歩くなんて危ないだけ。

 だからこその警告だったのだが――


「分かってる。でも……ぉおお!?」


 難しいからこそ鍛錬のつもりだったらしいが、言わんこっちゃない。

 シアの足元は先程の雷で地面が爆ぜ、木の根っこが顔を出していた。


 つまりコケた。いや、コケただけなら良かった。

 障壁を動かしていた所為で、転んだ拍子に内側から体で押してしまった。

 しかも集中が途切れて真ん丸に戻ってしまった。


 そして彼女達は山を下っていた訳で。


「あああああぁぁぁぁぁーーーーー!?」


 転がった。


「ちょっ!?」


 転がっていった。


「ぁぁぁぁぁーーーー………………」


 中に人が入ったボールは木にぶつかり岩にぶつかり、跳ね回って転がり落ちていく。


 流石の防御は何処にどれだけぶつかろうと護ってくれるが、ボールの中は地獄だ。

 ぐるんぐるん回りべっちんべっちん叩きつけられている。


 変形させる余裕は無く、解除すれば大怪我。

 つまり諦めるしかない。


 恨むのはさっさと解除しなかった事か、地面を抉った意地悪な雷か、無駄にキレイな球体を作る技術か。


 いずれにせよ、悲鳴を上げる謎の物体は転がっていく。


「ぎゃっ……ぶげっ……あぅっ……あだっ……お゛ぇ゛っ……」


 唯一の救いは崖が無かった事か。

 落ちても地面からの衝撃は防げるが、中の人は勢いのまま内側へ叩きつけられて終わりだ。


「だから言ったのに! いやこうなるとは思わなかったけど!」


 つい吹き出しそうになるのを抑えてルナは飛んだ。


 無事だったら笑ってやろう。

 激しくシェイクされている時点で無事では無いが。






 謎の物体は歩いて降りるには時間が掛かりそうな山を一気に転がり、平野まで進む。


 自然に止まってからようやく解除したものの、なかなか深刻なダメージだ。

 拷問の様に転がり続け、とにかく大変な事になっているらしい。

 まるで潰れた蛙の様に倒れている。


「う゛え゛ぇ゛っ……!」


 嘔吐く。


「……っ……ぅぷ、おぼろろろぉっ……!」


 耐えられなかった。


「お゛ぇ゛っ……げぼろろろろ……!」


 もう一回。


「……ぅ……っ……ぉぇっ」


 貧弱な彼女にしてみれば大変なんてものじゃないかもしれない。


「……っ……はぁ、はぁ……はあぁぁ……」


 とりあえず出したモノで汚れない様に、ゴロンとまた少し転がり落ち着こうとする。


「おーい、大丈夫ー!?」


 一息付いた頃にルナが到着。

 便利な事に随分な速さで飛んで追いかけてきた彼女は疲れた様子も無い。


 シアは倒れたまま力なく手を振る。

 心身共にぐちゃぐちゃで八つ当たりも出来ないらしい。


「大丈夫なら良かった、気兼ねなく笑えるや!」


 とりあえず安心はしたのか、笑いながら近づいていく。


「あはははははっ! シアったらほんと……ふふっ、あはははっおぇ゛、くっさっ」


 笑うどころかブツの臭いに若干嘔吐きながら蔑んだ。


「酷い……」


「ふふふっ……大丈夫なら運ぶよ。降りてくる時に車が見えたんだ。街道はすぐそこだしね」


 幸か不幸か、目指した街道まであっという間だった。

 しかもタイミングよく人が通りがかってくれるとは。


「じゃあお願い……今なら本当に弱ってるから、演技要らないし……」


 逞しいやらなんやら、この状況を精一杯利用するらしい。

 もう一回ゴロンと転がって両手を投げ出し、運んでくれと頼む。


「ほいほーい」


 ルナが小さい体で頑張ってシアの細い腰を持ち、魔法を併用して運んでいく。


 スムーズとは言えないが急がなきゃならない。

 それでも痛みや疲労を魔法で癒しながらだ。

 なんだかんだ気遣ってあげているらしい。


 そうして街道に出れば、ぺいっと投げ出し、べちゃっと落とす。

 気遣っていると思えばこれだ。


「う゛っ……」


 鈍い音と呻き声が聞こえた。

 多少の怪我なんて魔法で癒せるからか、中々に酷い扱いである。


 そのまま放り出したシアの傍で心配してる風を装い魔動車を待つ。


「ほんっと、シアと居ると飽きないねー」


 お互いが共に居る事を楽しいと感じ、大切な存在だと思っている。

 やり取りはこんなでも、何年も2人だけで生きてきた絆は確固たるもの。

 それが彼女達の関係だ。





 車が止まり、慌てた様に人が降りてきた。

 武器を持ち周囲の警戒に回ったり、タオルや包帯等を持って走ってくる。


 良かった、申し訳ないけど騙されてもらおう。

 でもシアがこんなんじゃあたしが説明しなきゃならないな……どんな設定だったっけ。

 考えたのはあたしじゃないからね。


 なんて考えつつ、噓泣きの為にわざわざ魔法で涙を作って叫んだ。


「助けてっ! 友達がっ……」



 生まれ変わった少女と、小さな精霊。

 楽しい事、面白い事が大好きで、好奇心のまま動く人騒がせなお馬鹿達。


 幸せを求める彼女達の物語は、ここから大きく進んでいく。

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