愛されクソ雑魚TSエルフが紡ぐ異世界シンフォニー

桜寝子

序章 新しい人生

第1話 プロローグ 1

「あ゛あ゛あぁぁーーーーー!?」


 滅多に人の来ないだろう山の中に、なんとも緊張感の無い悲鳴が響く。


「にゃにごとっ!?」


 それを聞いて飛んで来たのは小さな少女。

 精霊と呼ばれる、50~60センチ程の不思議な生物だ。


「ルナぁ……服が……びりびりになっちゃった……」


 悲鳴の主は素っ裸で涙目の少女。

 これまた小さい……というか幼い。


 浅い川にボロ布を持ってしょんぼりと佇んでいる。


「あーあ、何したのさ?」


「いつも通り洗っただけだよ!」


 ルナ、と呼ばれた精霊は白い髪を靡かせ岩の上にちょこんと座った。


 片や少女は涙目で憤慨。

 精々120センチくらいしか無い痩せた体に、白く長い髪をへばりつかせている。


「シアの洗い方は雑だもん。ボロいんだから丁寧に洗えば良かったのに」


 ぷんすかしている事は全く気にせず、慰めるどころか笑って馬鹿にする。

 そんなルナに対し少女――シアは更に声を荒げた。


「何を呑気な!? これなかったら私全裸なんだけど!」


「靴もパンツもダメになってたんだし、予想出来たでしょ。むしろここまでよく持ったもんだよ」


 彼女達は広い山脈にて2年半もの間を気ままに彷徨い続けている。

 端的に言って頭がおかしい。


 その中でシアの着る物はどれもゴミと化した。

 いくら洗おうとも下着は1年程で処分したし、先日はとうとう靴が限界を迎えて何処かに行った。


 上着なんて真っ先に散り、唯一残っていたのが長袖のシンプルなワンピース。

 それも今まで着れていたのが不思議なものだ。

 そんなボロ布を雑に洗っていれば破れるのも当然だろう。



「服を用意する必要が無い人は良いね。その服ほんっとズルイ……」


 しかしそんな環境でも綺麗な体でいられたのは理由がある。


 膨れっ面で川から上がる少女を暖かい風が包み、あっという間に水気が飛んだ。

 魔法――火も水も風も自在なのだから便利なモノである。


「あたしたち精霊の服は体の一部みたいなもんだからねー。マナの塊な精霊の特権さ」


 ルナの服は肩や腕は剥き出し。

 下着は履いているが靴は無く裸足で、これらは彼女の意思で自由に変えられる。

 けれどいつも同じなのでこの形が気に入っているらしい。


「知ってる、何回も聞いた。はぁ……これもう服として着れないよねぇ」


 今度は手に持ったボロ布を魔法で乾かし全体を眺める。

 先程盛大に破れたので、最早服と言える形をしていない。


「だろうねぇ……もう諦めなー」


「だから諦めたら全裸なんだってば!」


「じゃあそのボロ布をどうにか纏うしかないじゃん」


「とりあえずそうするけど……こうなったらもう、行くしかないよね」


 会話しながらワンピースだったものを千切っていき、言われた通り纏っていく。

 胸元と腰に巻いて大事な所をどうにか隠しただけだ。


 幼い少女がするにはあんまりにもな姿で……キリッと何かを決意した様な顔になる。


「行くって……その恰好で街に? ていうかまだ――」


 そもそも彼女達は何故ここに居るのか?


 とある事件により、シアは帰る家も心配してくれる家族も失った。

 勿論、当初は保護を求めて街へ向かうつもりだった。


 しかし過酷な環境とあらゆる魔法を使う精霊の助けがあると気付き、強くなる為に修行を始めたのだ。

 彼女の事情が事情だけに、そう思うのも無理は無い。


 やってる事は随分と逞しいが、彼女は体が弱い。

 不幸な身の上の貧弱な少女……保護されたなら心配しかされない。

 つまり、こんな常識外れな事は今しか出来ないのだ。


 色々とおかしいが、突っ込んでくれる人が居ないので呑気なお馬鹿達は止まらない。



「丁度備蓄も尽きたし、良い機会だよ。それに街じゃなくて街道で拾ってもらうんだ」


 良い機会はもうとっくに過ぎている。

 後が無いの間違いだろう。


 ちなみに備蓄とは塩の事。

 この山脈は岩塩が豊富だが、最近は場所が悪いのか採れていないのだ。


 火や水は魔法でどうにでもなるし、食べられる物はそこら中にある。

 しかし塩分が摂れなければ長期間は生きられないのが人間だ。



「拾ってもらうって、人が通るの待って声掛けるの?」


「ルナに上から魔動車が来るのを確認してもらって、そしたら街道に倒れて待つの。絶対保護されて……まぁ色々どうにかなる筈。多分……」


 各街は舗装された大きな街道で繋がっている。

 基本的に人の行き来はそこを魔動車――魔法を動力にした車で走るのだ。

 

 まともな者ならば然るべき対応をしてくれるだろう。

 幸いにも現在地は山脈の端。このまま降りれば街道に出る。


「清々しい程の人任せだね……ていうか山に居た理由どうするの?」


 確実に聞かれるであろう、街へ向かわず山に居続けた理由が必要だ。

 せっかくだから修行してました、なんて素直に言うのもよろしくないという事くらいは理解出来ているらしい。


 そんな会話をしながら山を下っていく。

 裸足で痛そうだが、魔力を纏えば護れるので問題は無い。



「あの事件から今までずっと遭難してて……最近ルナに助けられてゆっくり街を目指したって事にする」


「半分以上事実だけど……それ信じてくれるかな?」


 今生きているのは偶然ルナに救われたからだ。

 本来ならば無惨に死んでいただろう。


 ともかく、あえて2人で山に残ったのではなく……遭難からようやく助かった所だと嘘を付くつもりらしい。


 果たしてそんな話が通るのだろうか。


「ギリギリでなんとか生きてきたって泣きながら言えばどうにでもなるって。せっかく洗ったけど、念の為汚れとこう……」


 なんて言ったかと思えば、見た目の悲壮感を煽る為にその辺を転がり回る。


 何故か奇声を上げて、楽しそうに可哀想な姿へ汚れていった。

 ルナの目には別の意味で可哀想に映っているが。


「ゲスいなぁ……流石、見た目は子供でも中身は大人だねぇ……」


 シアは確かに幼い少女だが、その精神は大人である。

 なにせ前世の記憶というものがあるのだ。

 しかもそれはこの世界とは別――地球という星の日本という国で生きた記憶。


 とっくに成熟した大人の精神の筈だが、表面的な言動は子供そのもの。

 しかもそれらを自覚して利用するので質が悪い。


「使えるものは使わなきゃ。これが私なの」


「それはいいけど――っ」


 こんな精神も含めてのシアであり、そんな彼女をルナは受け入れている。

 しかし2人の関係性はひとまず置いておくとしよう。


 歓迎されないモノ達がやってきたらしい。

 この世界は敵に溢れ、戦いが当たり前なのだ。

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