リ・インカネーション

明日出木琴堂

リ・インカネーション 因果応報

『暑い…。』

『ベチャベチャ…。気持ち悪い。寝汗…?』


「オギャーオギャーオギャー。」

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。」


『あれ?』

どういうこと?目も開かないし…。

俺、どうしちゃったの?


次に目が覚めたら布団に寝ていた。

『どこだ、ここは?』

急に目の前が暗くなる。

「よっちゃん。起きた?」

大きな顔がぬ~っと目の前に出てきた。

息を止め目を見開くほどびっくりした。

目の焦点を無理矢理に合し、よくよくその顔を見て見ると、それは母さんだった。

しかし、とても若い。皺一つない。白髪頭は真っ黒だ。別人か?

「よしお、起きたのか?」

別の声がする。男。目の前が一段と暗くなる。さっきと同じ様に顔が違う角度から出てくる。

俺はまた目を凝らした。父さんだ。

しかし、とても若い。髪がフサフサ。眼鏡をかけてない。やはり別人か?

それはそうだ。二人共10年以上前に他界している。

それに俺も…。


俺も…、先日死んだはずだ?!

感染症のワクチンの3度目を打った二日後…、誰もいない部屋で倒れた。

心臓が痛い。息が出来ない。喉を掻きむしる。喉を引き裂いて穴を開けたかった。脳に酸素が回らない。手に力が入らない。

『こんなはずじゃ…。』気持ちが良くなってきた…。


これが俺の最後の記憶。じゃあ…、今は?死後の世界?

その割には、母さんの手の温もりも、父さんのヤニ臭い息もリアルに感じる。

タオルケットの洗剤の匂いも、オシメのうん…、えっ?!臭い?!


「うぎゃ。うぎゃ。うぎゃ。」『臭い。臭い。臭い。』

「あらあら。オシメ変えないとね。」

母さんが手際良く俺のオシメを変えていく。俺のあれやこれやを温く湿らせた手拭いで拭いていく。

「ウキャ。ウキャ。ウキャ。」『止めてェ〜。恥ずかしいよ。罰ゲームか?』


この時、俺の状況を少しだけ理解出来た。

俺は、赤ん坊なんだと…。

俺が死んだ時の年齢は…、60…。

でも…、今は…、多分…、0歳…。

「うにゃ。うにゃ。うにゃ。」『生まれ変わったのか?』

多分、そうだ。そうに違いない。転生したんだ。そうに違いない。

…。

でも…、俺は俺に生まれ変わったの?

ここにいるのは、多分、若い頃の母さんと、若い頃の父さん…。

それに…、生まれたばかりの俺…。

俺は…、俺を…、もう一回やるの?

よく、漫画とか小説である【異世界】とかじゃないの?何で俺なの?

頭の中が混乱していた。とにかく冷静になろう。頭を休めよう。

俺はクールダウンのつもりで眠りについた。


「ケン。ケン。パッ。…。ケン。ケン。パッ。」

『五月蝿いなぁ…。ゆっくり寝てもいられない。』少女の甲高い声で俺は目を覚ました。

視界がはっきりすると、そこは俺が小学校を卒業するまで住んでいたぼろアパートの路地だった。

釣りスカート姿の二人の少女が掛け声をかけながら飛び跳ねている。

俺はその二人を立って見ているようだ。


『…。』

ふと思い出した。二人は姉妹だ。隣の安アパートに住んでいる。多分…、姉がひとみちゃん。俺より二つ上だ。妹がしずこちゃん。俺と同い年のはず。

この日…。覚えている。俺は彼女らの遊びに交ざりたくて側で見ていたんだ。

それに気がついたひとみちゃんが俺を誘おうとする…。

俺に声をかけるために近づこうとするひとみちゃん…。しずこちゃんが蹴った石が…。


俺らの地方のケンケンパは、地面に丸や四角の陣地を十字架の様な配置で描き、その陣地に小石をケンケンした片足で蹴って何回かで運んで行く…。そんな遊びだった。

そして俺はこの日のケンケンパを鮮明に思い出した。

しずこちゃんの陣地に向かって蹴った小石は狙いを外れ、運悪く、地面に埋もれていた石に当たる。

その小石は埋もれた石に当たりバウンドする。跳ね上がったしずこちゃんの蹴った小石は俺が立っていた近くの家のガラス扉に当たってしまう。

ガラス扉が大きな音を立てて割れる。

その破片が俺に近づいてきていたひとみちゃんの顔を切り裂く…。

ひとみちゃんはそのガラスの破片により顔に20針以上縫う傷痕と右目を失明することになる…。


今現在の場面は、俺の記憶の様になる数秒前…。

『どうする?俺。』

『俺の記憶は正しいのか?』

『それとも夢か?』

『本当に記憶通りになるのか?』

『…。』


俺は言うことのきかない小さな体を強引に動かして、現時点で出来る可能な限りのダッシュした。

そして、ひとみちゃんにタックルした。

ひとみちゃんはバランスを崩し尻餅をつく様に後ろに転んだ。

その刹那「ガシャン」という音。「ガチャガチャ」と物の落ちる音。

『やっぱり記憶通りだった!!!』

『これで良かったんだ!!!』

『やったぁ!!!ひとみちゃんは…。』と、思った瞬間、俺の右足のふくらはぎに痛みと熱をじた。俺は気を失った。


彼女らの両親には本当に感謝されたようだ。

その代償として長時間の手術のかいもなく俺の右足の膝から下はまともに機能しなくなったらしい。

4歳にして歩くのが精一杯。走ることは無理らしい。

ひとみちゃん、しずこちゃんの家族はもう引っ越していないらしい。どこかに家を買ったようだ。

なぜ人伝の様に話すのかというと、今の目覚めた俺はもう6歳になっていたからだ。

空白の2年間については、母さんのいつも話す俺の自慢話から知ったことだ。


俺の転生でまた一つ分かった事がある。

それは、前世の記憶がある俺は、いつも存在しているのでは無く、ポツリポツリと出現するという事だ。タイミングは全然分からないが…。


そして、6歳の忌まわしい記憶も蘇った。

忘れもしない小学一年生の給食の時間。

その日のメニューは、コッペパン、マーガリン、牛乳、そしてメインのカレーシチュー。

俺はなんの気無しに給食を食していた。その給食の中に俺の天敵が潜んでいることも知らずに…。

元来、ど貧乏一家に生まれた俺は、食べることに貪欲だった。

出来るだけ腹一杯食べたい。誰よりも沢山食べたい。絶対に自分の食べ物を取られたくない。おのずと早食いになった。


そんな俺にとって小学校の給食は普段食べられない、食べることが出来ない、特別なものだった。

俺は特技の早食いを活かして、誰よりも早く平らげ、誰よりも早くおかわりをもらいに行った。

おかげで、同級生よりも発育が良かった。多分、同級生からは体が大きいこともあり、畏怖の念を抱かれていたと思う。


この日のカレーシチューも美味かった。俺は一回目の規定量の給食をさっさと平らげ、一番後ろの席からカレーシチューのおかわりを貰った。アルミの寸胴鍋から先生の手によってカレーシチューが俺のアルミのボウルに注がれる。俺はこの瞬間、寸胴鍋の中を何食わぬ顔で覗き見た。カレーシチューはまだ残っていた。この時点で卑しい俺は三回目のおかわりのことを考えていた。


『まだ残っている。』という高揚感が、二杯目のカレーシチューをすくう先割れスプーンを進ませる。

止めることなくスプーンを口に運ぶ俺。その時、口の中にごろっとした何かを感じた。

何も考えずにごろっとした何かを噛む俺。ぶにゅっとした感触。その瞬間、口の中に広がるぬるっとした液体。

俺の咀嚼が止まった…。

『気持ち悪い!!!』

一緒に口の中へ放り込んだ美味しいカレーシチューは全て胃袋へ流れ落ち、今、口の中に残っているものはぶにゅぶにゅした物体と、ぬるぬるした液体のみ。

俺はこれをどうすればいいのかパニック状態になっていた。

物体を飲み込むにはデカすぎる。流し込もうとしても、流せる牛乳はもう飲み干している。とにかく口の中が気色悪い。アルミのボウルに吐き出したいが、そうすると三杯目がもらえなくなる。


たかだか数秒程の思案だったはずだが、この時の俺には数時間の様に感じていた。

この間も口の中には気色悪いものがじわりじわりと広がっている。体が小刻みに震える。背中に冷や汗が垂れる。目に涙が溜まる。

同級生たちもぼちぼち食べ終わりだす。中にはおかわりを言い出す者も…。

『俺の三杯目が…。』と、思うと、ここで止まっている訳にはいかない。

意を決した俺はこの物体を食うことにした。もう、迷うことなく噛んだ…。

瞬間、口の中に広がる味のないにゅるにゅるの液体…。

息が止まった。口の中に大量の唾液が溢れ出す。胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。目が見開かれ、目玉が飛び出そうになった刹那…。

俺は…、猛烈な勢いで鼻と口からさっき食った給食を全てお返しすることとなった…。俺の鼻と口から出たものは教壇まで届いた。俺の前に座る者は全員…、吐しゃ物まみれとなった。教師内には酸っぱい臭いが充満していた。


俺はこの日をもって孤独な6年間送ることになる。あだ名は【バキュームカー】。小学生らしいストレートなネーミングだった。俺がリバースした原因は、カレーシチューに入っていた豚肉の脂身。おかげで大人になっても肉の脂身は食えなかった。

そして、今、まさに、その忌まわしい給食の時間…。千載一遇の機会。この瞬間、俺は決めていた『同じ過ちはしない。』と…。


やることは簡単『おかわりをしなければいい。』…だけ。

俺はその通り実行した。規定量の給食だけで食うのを止めた。結果、リバース事件は発生しなかった。


給食時間が終わり帰りのホームルーム終了時に俺は担任のおばあちゃん先生に呼ばれた。

「よしお君。どこかおかしいところある?」と、優しい口調で質問された。

俺には少々意味不明な質問だったので「ないです。」と、返した。

「よしお君。今日、お父さんかお母さん、お家にいる?」と、聞いてきた。

俺ん家はど貧乏一直線、遅くまで共働き。故に返答は「いない。」の一択のみ。

「そうですよね。」と、おばあちゃん先生は言うと「よしお君、先生についてきて。」と、また、訳の分からないことを言い出す。

まぁ、俺にとっては従うしかない状況であるからして、おばあちゃん先生の言う通りにするわけだが、先生の真意は全く分からない。


おばあちゃん先生についてきた結果、目的地は隣町の大きな病院だったようだ。しかしながら全くおばあちゃん先生の考えていることが分からない。

おばあちゃん先生は受付を済ますと「よしお君。ちょっとだけ待ってね。」と、言う。俺には意味不明だ。

受け付けで先生の名前が呼ばれると、おばあちゃん先生は俺を連れ立って診察室へ入った。俺の頭の中には『?』しか出てこない。

でも、診察されたのは俺だった。体温計で熱を計る。口を開け口内を見る。聴診器で心音を聞く。注射器で血液を採取する。一通り、診察される時に行われることをやられた。それでもなお俺には理解不能…。

診察が終わり診断結果を待っていると、慌てた様子で看護婦さんがおばあちゃん先生に駆け寄ってきた。そして、おばあちゃん先生に耳打ちした。

するとおばあちゃん先生は「よしお君。よしお君は今日からここにいることになったから。」と…。

「お父さん、お母さんには先生から連絡しておくから。」と…。俺の理解の範疇を超えた事を言ってきた。

その後、俺は看護婦さん数人がかりで少し離れた場所にある病棟に連れて行かれ、裸にされ、消毒され、そして寝かしつけられた。つかみどころのない事ばかりで精神的に疲れていた俺は直ぐに眠りに落ちた。


あの日、おばあちゃん先生は、給食をおかわりしなかった俺のことを心配していたらしい。俺を呼ぶと顔が真っ赤だったので病院に連れて行ったらしい。そこで俺は診察され、診断結果が言い渡された…。

【コレラ】だと。

それから俺は即日隔離され、長期入院を余儀なくされたらしい。

病状は回復するも復学した途端、同級生からはあだ名を【コレラ】にされ、俺が近づくと【えんがちょ】と、言って逃げ回っていたらしい。と、母さんが笑い話の様に俺に向かって話す。

察するに、やはり、俺は孤独な小学校生活6年間を過ごしたようだ。

俺はついさっき目覚めた。今の俺は中学一年生らしい。小学生時代に目覚める事がなかった幸運に歓喜した。


中学時代の俺に目覚めた俺だが、この時代は沢山やらかしていることがあったのを思い出した。生まれ変わって同じ人生をなぞっている俺だが、前回の記憶から危険回避を試みた。…が、確かに前回の人生であった危険は回避できる。しかし、思いもよらない新しい危険が俺に降りかかる。結果、一緒ってこと?

転生ものの小説や漫画なら、転生先でヒーローやモテモテキャラや運命の出会い、…等々がありそうだが、転生前と同じ人生をなぞっている俺にはそんなことは起こらないみたいだ。

二度あることは三度ある。ここからは慎重に同じ人生を歩もうと思う。


俺の中学時代は引っ越しから始まる。父さんが隣町の公団住宅の抽選を引き当てたのだ。

これによって小学6年生まで暮らしたぼろぼろのアパートを引き払うことができたのだ。

夢にまで見た内風呂。夢にまで見た洋式水洗トイレ。夢にまで見た自分の部屋。生活環境は一気にグレードアップした。その上、隣町への引っ越しで学区も変わり、中学校では俺を【バキュームカー】だと、知る者はいなくなった。

前回の人生ではこれらのことに浮かれ舞っていた。

今回の人生でも、隣町への引っ越しで学区が変わり、中学校では俺を【コレラ】【えんがちょ】と、知る者はいなくなった。なんたる幸運。

前回の人生の俺も、今回の人生の俺も、中学デビューで有頂天になっている。特に、前回の人生では、この時期にろくでもないことを多数やらかしてしまうのであった。


中学1年生を半年程過ごした頃、俺が級友たちと無駄口叩いている時に、クラスメイトで野球部の圭ちゃんが何の気なしに話しかけてきた。

「よぉ、よしお。五組の藍沢由香里。お前どう思う?」


瞬間、思い出した。

前回の人生では、みんなの目の前もあって、俺は圭ちゃんの問いに「何とも思わないよ。」と、答えるんだ。

でも、これは嘘。藍沢由香里は学力トップで評判の美人。その上、家は大金持ち。少女漫画の主人公の実写版の様な娘で学年男子全員の憧れだった。

前回の人生の俺は、小学校時代の汚名返上とばかりに、クラスの中心、ひいては学年の中心になるために中学では最初から、勉強、スポーツに打ち込んでいた。

そんな中、俺の目の上のたん瘤が藍沢由香里だった。勉強、スポーツ、ピアノ、バイオリン、バレエ、…等々をサラリとこなす。家庭環境的にも真反対。大富豪対大貧民。そんなこともあって、勝手ライバルだと思っていた。

でも、本心では手の届かない憧れの君…。よりも片想い。だったと思う。

その藍沢由香里のことを圭ちゃんが聞いてきた。

前回の人生でも、本心は「かわいいと思うよ。」とか「きれいだ。」とか「好きだな。」とか、答えたかった。

しかし、思春期というのは残酷なもので、みんなの前での格好を優先するあまり、本心とは真逆のことを言ってしまう。

後で知ったのだが、藍沢由香里が圭ちゃんに頼んで俺に探りを入れていたらしい。俺に気があったらしい。俺の返答が素っ気なかったせいで藍沢由香里は俺を諦めたらしい。俺にとってはたった一言で千載一遇チャンスを逃してしまった大失敗な経験である。


だからこそ、今回の人生では失敗しない。前回の人生と違う返答をすることを深く考えてた。どう考えても俺に危険は及ばないはず…。

なので「圭ちゃん。俺、藍沢さん好きだよ。」と、胸を張って言い返してみた。


次の日の放課後、俺がびっこを引いて美術部に向かっていると後ろから「よしお君。」と、声をかけられた。

振り返るとそこには藍沢さんが立っていた。俺はどぎまぎして声が出せない。

「急に呼び止めてごめんね。ちょっとだけ時間ある?」

「うん。」こう答えるのが精一杯の俺。

「ここじゃあなんだから…。」と、言うと、藍沢さんは俺の手を取り美術室の隣にある音楽室に入った。今回の人生の俺は興奮マックス状態。心臓のドキドキが止まらない。

音楽室の中で藍沢由香里は野球部の圭ちゃんを使って俺に探りを入れた事を謝った。

その上で俺の藍沢由香里に対する気持ちが変わらないか聞いてきた。

俺は藍沢由香里の質問に対する返答よりも「俺と付き合ってくれ。」と、言い放った。藍沢由香里はハンカチで涙を拭きながら「うん。」と答えた。


それからの俺の学校生活は言うまでもなくバラ色の人生。学年一のマドンナの藍沢由香里を彼女にした俺には、学年の男子女子問わず羨望の眼差し。みんなが血眼になって俺たちを観察しているのが笑えた。そんな順風満帆、気分上々な日々の中、些細な異変が起きる。

「圭ちゃん。」目の前の圭ちゃんに話しかけるが答えが返ってこない。

「圭ちゃん。圭ちゃん。」聞こえているはずなのに反応しない。

すると圭ちゃんは何も言わず、回りにいたクラスメイトを引き連れその場を去って行った。

この時以来、俺に反応する級友はいなくなった。

まぁ、人生二回目だから、無視されていることは直ぐに理解した。藍沢さんの一件で俺は羽目を外し過ぎたようだ。それでも藍沢さんが一緒ならこんな事「屁でもない。」と、思えていた。しかし、俺の心の支えであった藍沢由香里からも別れを切り出された。俺は学校に行けなくなり引きこもる様になった。

「もういいよ。とにかく眠い…。」


あの無視の一件は圭ちゃんが仕組んだ事だったらしい。圭ちゃんは藍沢由香里のことを心の底から好きだったらしい。

だから、藍沢由香里に俺に探りを入れて欲しいと、頼まれた時、俺がどうでもいい様な返事をする質問の仕方をして、藍沢由香里にとって悪い言葉が返ってくるように誘導していたらしい。

だが、今回の人生では俺の言葉は違った。みんなのいる前で俺は本心を語った。だから、圭ちゃんも藍沢由香里に噓の報告は出来なかった。

圭ちゃんにとって、俺と藍沢さんのラブラブな姿は怒り心頭だっただろうなぁ…。

俺が不登校になって一年生が終わり近くになった頃、スポーツ少年だった圭ちゃんも野球部辞めてグレちゃったらしい。今じゃあ警察も目をつける一端の不良になっちゃったらしい。

藍沢由香里も中学二年生の三学期で関東へ引っ越したらしい。と、同じ中学から同じ夜間部の定時制高校に通う同級生が教えてくれた。

今回の人生のあの騒ぎは何だったんだろう…。高校生の俺は顧みた。…ところで何も変わらない。

変わったのは、引きこもりのおかげで前回の人生での、中学時代の多数のやらかしが起きなかった事だけだ。


前回の人生では俺は高校時代に、後の人生を決める一大事を起こしてしまう。ただ、今回の人生では、引きこもり、中学校への不登校のせいで、前回の人生とは全く違う高校へ通っている。

前回の人生の俺は中学時代、色々と問題をやらかしてはきたが、それをチャラにしてもおつりが返ってくるほど勉強、スポーツに勤しんだ。そのおかげで高校は、親の懐に迷惑をかけない、県下有数の公立進学校。

今回の人生の俺は、不登校から出席日数ギリギリでどうにかこうにか親の懐に迷惑をかけない、市立の商業高校の夜間部の定時制高校へ。クラスメイトも同年齢もいれば、先輩もいて、大人もお年寄りもいる。

前回の人生と今回の人生で初めて全く違う環境と展開になった。これで俺の前回の人生の記憶も役に立たなくなった。ここからは出たとこ勝負ってことだな。


前回の人生で俺は高校時代に一大事を起こしてしまった。校内でのつまらない喧嘩から、過失致傷と言われる罪状を下される破目に…。この段階で両親は俺を見放した。おかげで俺は、少年院送致・少年院入所・矯正教育・保護観察…等々、を受けている。この時点で前回の俺の人生は詰んだも同然。

履歴は高校中退の中卒。少年院送致は警察や裁判所に前歴が残るだけなのに、一般世間では前科者扱いされる。社会への復帰など容易な話ではない。

しかし、転生の高校生活は環境も人間関係も前回の人生とは全然違う。今の俺は犯罪者でもない。犯罪者になる可能性もこの夜間部の定時制高校では少ないと思う。

俺のやるべきことは、引きこもりの遅れを取り戻し社会復帰すること。何なら大学検定試験を受けて大学に進学するのもいいかもしれない。


俺は将来を夢見て真面目に夜間部の定時制高校に通っていた。

夜間部の定時制高校の生活も4年目をむかえたある日の下校中、帰り道をびっこを引いて歩いていると、夜の暗闇の中、後ろから「よしお。」と、声をかけられた。

びっくりして振り返ると、俺から5メートル程後方に、暗い中でもはっきりと目立つ金髪の男が立っていた。夜道が暗くて顔はよく分からない。ただ、ぼやっと月明かりに照らし出された腕や胸には刺青が入っていた。

「チッ。よしお、無視かよ。」金髪、刺青男が怒気を荒げる。

「どなた…、でしょうか…?」何か答えなければまた、金髪、刺青男を怒らせてしまう。

「なんだァ~。その言い方。てめえ忘れたんかァ~。」と、金髪、刺青男は一歩、一歩、雪駄を引きずりながら近づいて来る。俺の額から嫌な汗が噴き出す。

金髪、刺青男が2メートル位まで近づいた時、俺はやっと分かった。

「圭…、ちゃん…。」

「やっとかよ…。」と、金髪、刺青男が言った瞬間、引きずるような足運びがダッシュに変わった。そしてその勢いのまま、圭ちゃんは俺に体当たりしてきた。しかし、それは俺を転ばすための体当たりではなかった。

その理由は、俺の左脇腹から噴き出す熱い赤い液体で分かった。圭ちゃんは、俺を刺すために体当たりしたのだと。

俺は失血と激痛で気を失った…。


「あっ!起きた?」

白い…。眩しい…。焦点が合わない…。甲高いけたたましい女の声…、誰だ?

「先生!先生!患者さん、意識を取り戻しましたよ。」患者?俺のことか?それにしても耳障りな声だな…。もう少し寝かせてくれ…。


俺は圭ちゃんに左腹部を刺され、えぐられたらしい。刺された俺はその場で倒れ、意識を失っていたらしい。そこに運良く通りがかった巡回中の警察官に発見され救急病院へ運ばれたらしい。

刺された傷はかなり酷かったようで、緊急手術、長時間のオペ、大量の輸血、…等々の、手当てのかいあって、2か月に渡る昏睡状態から先日俺は目覚めたらしい。

俺を刺した圭ちゃんは、あの後、街をふらついて徘徊している時に、違う巡回中の警察官から職務質問を受け、返り血で汚れたら衣服から緊急逮捕されたらしい。

あの時の圭ちゃんは、覚醒剤乱用により意識朦朧の状態だったらしい。びっこを引いて歩く俺の姿を偶然見つけて、覚醒剤の影響で錯乱した意識が中学時代の恨みを再燃させたらしい。そして、俺を刺す結果に…。

この話は、俺の意識が戻ったことで事情聴取に訪れた刑事さんが教えてくれた。

前回の人生では加害者だった俺が、今回の人生では被害者になるなんて皮肉なもんだ。


俺の入院が3ヶ月に入ろうとした頃、やっと体にくっ付けられたよく分からないチューブやコードが外され、集中治療室から一般病棟の4人部屋へ移された。

それからは悲劇のヒーローの様な扱いが始まる。両親はもとより、定時制高校の学友たちが入れ代わり立ち代わりに見舞いに訪れる。食べ切れないほどの見舞い品。嵐の様な騒がしさ。なぜかどれもこれも嬉しかった。

ただ、その慌ただしさも一週間程で波は引き、また俺は、ゆっくりと静かに療養する日々を送ることになる。そんなある日…。

「よしお君。だいぶ良くなったじゃん。」鼻にかかる癖のある声…。

「えっ?!」4人部屋になってからいつも面倒見てくれている看護婦さんの急なタメ口に俺は驚きを隠せなかった。

「あっ!ゴメン。ゴメン。覚えてない?あーしのこと。」

「はぁ?」看護婦の格好はしているけど、チビで色黒の痩せっぽち。茶色っぽいチリチリパーマの髪。顔は…下の中…。これ迄バタバタしていたからよくは見ていなかったけど、誰だこの人。

「やっぱ、忘れちった?」

「…。」全くもって思い出せん。

「大昔だしねェ〜。無理もないかぁ~。」

「…。」ますます思い出せん。

「しずこだよ。隣のアパートに住んてた。」

「えっ?!ええっ!!」これが…?前回の人生の記憶とは全然違う。別人だ。

「ビビった?あーし結構変わっちったから。」と、言うと、しずこは少しだけはにかんだ。


俺は前回の人生の記憶を思い出した。

前回の人生で俺が病院で出会うのは、ひとみちゃん。

俺は前回の人生ではこの年齢の頃に月に一度、病院に訪れなければならなかった。

理由は、俺が少年院送致された喧嘩の被害者が入院しているからだ。

今にして思えば、なぜあんな事で喧嘩になったのかさえ分からない。ただ、あの日は俺は虫の居所が悪かった。だから、俺は人目につかない非常階段でボーっと空を眺めていた。

それなのに、そこに奴らがやって来て「よっちゃんの酢漬けイカ~♩♩♩」と、俺の名前をもじって揶揄し始めた。

いつもならこんな小学生じみた挑発に乗ることはない。それにこんな風に名前を馬鹿にされるのは子供の頃からの事だ。

ただ、この日は本当に虫の居所が悪かった…。

俺はすぐさま奴らに殴りかかった。取っ組み合いになった。その結果、奴らの中の一人が階段を転げ落ち大けがを負うこととなった。彼は下半身不随になった。

今も病院で社会復帰のためのリハビリに励んでいる。

俺は保護観察官の指導から、月に一度、彼の入院する病院へ訪れる。読んでもらえない謝罪文と受け取ってもらえない慰謝料を持って…。


そんな時、俺はひとみちゃんと再会した。ひとみちゃんは偶然にもこの病院で看護婦さんをしていた。怪我を負って引っ越してから十数年振りに会ったひとみちゃんは大人になっていた。しっかりとした社会人になっていた。ひとみちゃんは髪で顔の傷を隠し、視力を失った右目には眼帯をしていた。でも、彼女はそんなことを気にすることなく、明るくて心優しい女性に成長していた。俺は事あるごとにそんなひとみちゃんに相談していた。


「しずこちゃん。ひとみちゃんは今どうしてるの?」

「お姉ちゃん。お姉ちゃんもここにいるよ。」

「そうなんだ。」

「会いたかった?」

「そうだね。」

「残念~。」

「えっ?」

「お姉ちゃんね。もうじきここの若先生と結婚してアメリカ行っちゃうのよ。」

「へぇー。」

「お姉ちゃん、美人じゃん。玉の輿じゃん。凄くない?」

「うん。うん。」と、答えながら俺は涙をこらえていた。


今回の人生で俺にとって一番と言えるほど、ひとみちゃんの幸せは嬉しかった。俺は心からひとみちゃんの幸せを祈った。前回の人生であった様な事が無いことを…。

そう思いながら俺は眠りについた…。


「あなた。いい加減に起きて。遅刻するわよ。」鼻にかかる癖のある声…。

うるさいな。誰だ。起きる。起きる。体が重い…。

「早く顔洗って。朝食は?」

チッ。なんなんだよ。そんなにまくし立てるなよ。分かった。分かった。

俺は目を開けた。目の前にのぼさぼさの白髪頭の人物が立っている。

この人は誰?首を傾げる俺。全然、目の焦点が合わない…。と、思った刹那、メガネが顔に飛んできた。良く見える。

腰に手を置き、仁王立ちの仏頂面の人物…「しずこちゃん。」と、思わず発してしまう。

「何が”ちゃん”よ。気味悪いわね。長年連れ添った私に…。」

「えっ?!あっ。あっ。寝ぼけてた。」思い付きの言葉を出すのが精一杯だった。

「同名の若い女とでも浮気してるの?」

「いえ。いえ。」

「な、わけないよね。こんな甲斐性なしのハゲ茶瓶じゃあ~。」と、唾きを飛ばしながら言い捨てる。

「…。」ハゲ茶瓶???状況がいまいち飲み込めない俺。

「いいから早く、顔洗ってよ。」

俺はぼさぼさの白髪頭のしずこちゃんに言われるがまま、ノロノロと洗面所に向かった。

啞然…。鏡に映る俺…、波平だった。

今回の人生の俺はこんな年の取りかたをするんだ。まぁ、可もなく不可もなく、悩みなく、金もなく、髪もなく、平々凡々と過ごしてきたであろう中年男が鏡の中で立っている。伸びたランニングシャツ、よれたトランクス、黄色い歯になま白い肌、見事な中年男。

「よしお。トイレいいかい?」ドアの外でしゃがれ声が俺に問いかける。

「ああ。」と、返すと、瞬間に老婆が入って来てトイレのドアも閉めずに用を足そうとする。

「待って。待って。ドアぐらい閉めて。」

「今更なに言ってんだい。ここから出てきたくせに。」と、老婆は自分の股間を指さした。下品極まりない。

これが今回の人生の母さん…。啞然…。

母さんは用を足し終わると手も洗わずに出て行こうとする。

「手ぐらい洗えよ。」俺は思わず言い放つ。しかし、老婆はそのまま出て行った。


食卓に向かうとさっきの不潔極まりない老婆がさっさと着席している。その横の席に真っ黒な人物が座っていた。

「よしお。おそよう。」

「おはよう。」意味ない低音で言うくだらない親父ギャグだ。

「いい加減、毎朝、しずこさんの手を煩わせんようにな。」と、真っ黒な体にピッチピッチの真っ白のタンクトップを着た男が低音で言う。

「ああ。」

「しずこさんの作った朝食、早く食べないと会社に遅れるぞ。」と、真っ黒ピチピチタンクトップ男は豊かな銀髪を両手でかき上げながら言った。

『俺に対する当てつけか?』嫌味な男だ。多分これが今回の人生での父さんなんだろう。


前回の人生とは、父さんも母さんも嫁さんも、全然違う。前回の人生では、俺が事件を起こした時、父さんと母さんは俺を見捨てた。貧乏で生きることで精一杯だった両親は、お荷物を背負いたくなかったのだろう。おかげで俺は、保護処分で済むはずの罪状が保護者不在で少年院送致になった。はっきり言って恨んだ。


その後、俺は、俺自身と、俺の社会復帰を心から支えてくれたひとみちゃんと結婚した。

決して裕福な生活ではなかったけど、二人で真面目に生きてきた。贅沢も無駄遣いもせず、二人でこつこつ金を貯めた。

俺が40歳になった時、二人で貯めた金を頭金として郊外に小さな家を買った。

俺が前回の人生で、初めて手に入れた俺のもの。嬉しかった。

ひとみの献身に感謝した。ここからはひとみに楽させられるよう努力しようと思った…。矢先、俺を見放した両親が俺たちの家に転がり込んできた…。


車で会社に向かう。

最近、胃痛、胸焼けが酷い。いくら寝ても疲れが抜けない。鞄の中には訳の分からない薬がいっぱい入っている。

今回の人生では、平々凡々に生きている俺なのに、こんなに薬にやっかいにならないといけない程どこか悪いのか…?

そんな風に考えながら車を運転していると、激しいめまいと、頭が割れる様な頭痛に襲われた。もう、運転出来る状態じゃない。俺は急ぎ空き地に車を停めた。そして、シートを倒し目をつぶった…。


「上手いこといったじゃないか…。」しゃがれ声する…。

「それもこれもしずこさんのおかげだな。」低音が響く…。

「後は…。」鼻にかかる癖のある声…。


思い出した。こいつら3人を…。寝ちゃ駄目だ。寝ちゃ駄目だ…。


前回の人生の俺は、不惑の歳に家を買った。どこで嗅ぎつけたか、暫くすると俺を見捨てた両親が転がり込んできた。その両親は、俺の記憶の両親とは、えらい変わり様だった。一言で言えば「みすぼらしい。」。

彼らの言い分は「助けて欲しい。一緒に暮らさせて欲しい。」だった。

俺はひとみとの今の生活を両親のせいで壊されたくなかった。だから「仕送りをする。自活してくれ。」と、頼んだ。

だが、優しいひとみは「一緒に暮らしましょ。」と、声をかけてしまう。

それから俺たち家族4人での生活が始まった。父さん、母さんは安心できる生活からか、ひもじさのない食事のおかげか、早々に体調を回復していった。

転がり込んできた頃のみすぼらしさは、今では微塵もなかった。しかし、健康になっても家で日がな一日、テレビを見ながらゴロゴロしているだけだった。

俺はその態度に愛想が尽きた。ひとみに「両親に出て行ってもらう。」と、伝えた。

それを聞いたひとみは、眉を曇らせた、哀しい顔をした。今まで見たことのない表情をした。

その表情を見てしまった俺は「もう少し我慢してみるわ。」としか、言えなかった。


両親に不信感を抱きながらの生活を送っていると、今度はひとみの妹のしずこが転がり込んできた。その時のしずこは、背が低く、色黒でガリガリ。真っ黒のおかっぱ頭に黒縁メガネ。灰色のスーツに黒色のタイツ。オールドミスを具現化した様ないで立ちだった。

転がり込んできた理由を聞くと、勤めていた病院の事務でミスを犯しクビになったと、言う。次の職が見つかるまで世話になりたい、との事だった。

今の俺たちにとって厄介者が二人から三人になっても大したことではない。俺たちは後のことも考えず二つ返事でしずこにオーケーを出してしまった。


俺の小さな家で家族5人での生活が始まった。

この家族での現時点での収入源は、俺の三流企業のサラリーマンとしての給料と看護婦であるひとみの給料だである。

家のローンの返済、税金、水道光熱費、…等々を差っ引くと、残りは大人5人で食うのがやっと…。の、有り様。

扶養家族だけが増え、収入は増えない。それでもひとみは1円でもお金が残るように笑顔でやり繰りしていた。俺は頭の下がる思いだった。

しかし、こんな生活を始めて暫くするとひとみの顔が曇り始めた。笑顔がなくなった。

俺は心配で何度となく「何か問題でも…?」と、尋ねたが、ひとみの答えはいつも「大丈夫だよ。」の、一言だけだった。

俺は何か心に引っかかるものを感じながらも、ひとみに深く聞くこともなくこの生活を続けていた。

そして、ひとみが50歳になる年、俺の不安は的中した…。


ひとみが死んだ。

空き地に止められていた車の中で遺体として見つかった。死因は自動車運転中の心不全だということだ。警察が言うには「事件性はない。」ということだ。

俺は最愛の人を亡くしたショックから何も出来なかった。そんな俺をよそ眼に、俺の両親とひとみの妹のしずこが、葬儀から埋葬まで人が変わった様にてきぱきと執り行ってくれた。不甲斐ない俺は彼らに感謝することしか出来なかった。


ひとみを亡くして、七日が過ぎ、四十九日が過ぎ、一周忌の法要が済んでも俺の失望は変わらなかった。

そんな折、家に一本の電話があった。珍しく誰もいなかったので俺が取った。

「もしもし。」

「△△様のお電話でしょうか?」

「ええ。そうです。」

「いつもお世話になっております。私、○○生命保険の□□と申します。」

「はい。」

「この度は、△△ひとみ様の死亡保険金お支払い日時が決定致しましたので、ご連絡させて頂きました。」

…???

電話の話が理解できなかった。何故ならば、俺はひとみ名義の生命保険金はもう受け取っているからだ。それ以外に生命保険をかけているものはない。

不審に思った俺は、電話相手に覚られぬよう話を合わせながら詳しく聞いてみた。


単純に驚いた。

俺の知らないところでひとみに生命保険がかけられていた。

生命保険の加入名義はひとみ。

受取人は…、父さん、2000万円。母さん、2000万円。しずこ、2000万円。いったいどういうことだ!!!

俺は考えた。考えに考え抜いた。思考の帰結は何度やっても同じ答えを導き出してしまう。

【ひとみは殺された。】のだと。


しかし、証拠は無い。疑えばきりがない。でも、信用に値する証拠も無い。

俺の頭の中にどす黒い何かが溜まっていく。

事実を知りたい。真実を明るみにしたい。欲求が単純な行動を起こす。

俺は家中にレコーダーを仕掛けた。


この単純な行動は早々に明快な答えを導き出してくれた。

数日後の録音データの中にこんな会話が聞き取れた。

「三日後に2000万よ。」これは母さんの声だ。

「何もかもしずこさんのおかげだね。」これは父さんだ。

「後は…。」これはしずこ…。

これで迷いは無くなった。悩みの種も消え失せた。やるべき事がはっきりした。俺の中に気力が戻る。


あとは簡単だった。

俺は仕事を辞めた。

そして、俺は3人を殺し、血抜きをし、風呂場で細かくバラバラに解体し、少しずつ家の敷地内に埋めていった。

生きていくための金は、3人が保険金殺人で得たのがある。生活には困らない。

俺はこの家でひとみとの思い出と共に生きていく…。

3人を踏みつけながら面白おかしく生きていく…。

前回の人生の俺は、この後、孤独だが思い通りの生活を10年間程送った。しかし、思いもよらぬ事にワクチンで簡単に孤独死する破目となった。


思い出した。この3人だ…。寝ちゃ駄目だ。寝ちゃ駄目だ…。寝ちゃ駄目だぁ…。

俺は目覚めた。目を開いている。しかし、真っ暗だ。光の漏れるところもない。本当に何も見えない。

手探りで周りに触れる。凄く狭い空間に閉じ込められている。あちこちの壁を力いっぱい叩いてみた。ドンドンと鈍い音がするだけで外部からの反応は無い。

「助けてぇー。助けてぇー。」叫んでみる。やはり、反応は無い。

叫びながらあちこちの壁をを叩く。凄く狭い空間に虚しい叫び声と虚しい打撃音だけが響く。

おもいっきり叫びながら力いっぱい壁を叩いたせいか体が熱くなる…。

体中から汗が滴り落ちる。熱い。熱い。あつい…。あ…、つ…、い…。


いや…。違う…。

この狭い空間が熱くなっている…。

パチパチと外から音がする…。

焦げ臭い…。

「助けてぇー。助けてぇー。」喉が切れんばかりに叫ぶ。

壁を力いっぱい叩く手は、もう感覚無い。

足でも壁を蹴る…。


刹那、一筋の光が…。

いや、違う。あれは、火だ。

俺は理解した。

俺がいるのは棺桶の中だ。

体中を使って暴れまくる。

力の限り声を上げる。

「生きてるぞぉー。」

「出してくれぇー。」

「助けてくれぇー。」

「誰かぁー。」

「誰かぁー。」


今回の人生の俺は、奴らに殺されたのか…。

でも、こんなところで目覚めなくても…。

『こんなはずじゃ…。』あぁ…、意識が…。気持ちが良くなってきた…。

…。

…。

…。

…。

…。

「オギャーオギャーオギャー。」

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。」


          終わり



            

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リ・インカネーション 明日出木琴堂 @lucifershanmmer

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