無能貴族に転生した俺が何故か【陰の英雄】と呼ばれるまで~悩みを抱えていたはずの悪役ヒロインたちが、みんな俺に救われたと感謝して忠誠を誓ってくるんだけど、なんで?~
AteRa
転生したらスライムに殺されるモブだった
……どこだここ?
目を覚ますと見知らぬ部屋にいた。
部屋自体は広いが、凄くぼろっちい。
天井の梁は虫に食われているし、あちこち補修した跡がある。
外は雨が降っていたのか、ポタポタと雨漏りもしていた。
「ルイー! 明日には夏休みが明けるでしょ! 何してるのよ!」
思案に耽っていると、階下からそんな声が聞こえてくる。
女性の声だ。
しかし……夏休み?
俺はすでに三十四歳で、とっくに働いている。
毎日会社との淡々とした往復の日々だ。
そんな社畜の俺にもちろん夏休みなんて存在しない。
それに俺はルイって名前ではないぞ。
俺の名前は瑠衣次——ルイジという名前だった。
……ちなみに緑色の配管工じゃないからな?
ルイって名前はどこかで聞いた覚えがあるが、別によくある名前だ。
なぜ俺がルイって呼ばれているのかは分からないが。
緑色のおっさんの名前をあだ名でつけられることはあっても、ルイと略されることはない。
だから俺は部屋の様子や知らない名前に違和感を覚えながら部屋を出た。
廊下はこれまた長い廊下だったが、俺の知らない廊下だ。
中世ヨーロッパ風を彷彿とさせる装いをしていた。
……もしかして転生か?
俺はよくラノベとかネット小説を読んでいたから、すぐに思い当たった。
しかしどんな世界に転生したのだろう?
以前プレイしていた【闇落ちヒロインと救世の勇者】というゲームの世界観にどこか似ている気がする。
しかしそのゲームにルイって出てきたかな……?
廊下を歩き階段を下りながら考える。
そして俺はようやく思い出した。
ルイ、居たわ。
学園のクラスメイトの中に居たわ。
ルイって、そのゲームを二十周もした俺でもなかなか思い出せないくらいのモブだ。
無能で剣の才能も魔法の才能もないけど、何故か主人公たちのクラスにいたモブ。
ずっと授業中に突っ伏して寝ていて、努力もしない、勉強もしない、何もしないみたいな奴だった。
最初の方は意味不明にも登場回数が多かったが、途中で魔物に殺されて呆気なく死んだ。
しかもただのスライムに殺されている。
……いやいや、流石に弱すぎだろ。
おそらくこのキャラは開発陣が面白がって入れてみたけど、要らなくなってフェードアウトさせたとかだろう。
なぜ俺がそんなパッとしないくせに、すぐに死ぬようなモブに……。
いやね、俺だって主人公が良かったよ。
このゲームのコンセプトは『闇堕ちヒロインたちを救い出せ』だ。
心に闇を抱えたヒロインたちを最強の能力で救って、感謝されていく話だ。
俺だって病んでる少女たちを救って感謝されたかったよ。
しかしこのキャラには何もない。
精々前世で培ってきた営業能力くらいしかない。
どうしろって言うんだ……。
魔物やら邪神やらで危険なこの世界を何の能力もなしに生き抜くなんて。
流石にまだ死にたくない。
やり残したこと……はあまりないけど、童貞のまま死ぬのはちょっと悲しい。
病んでる少女を救うどころか、自分の命さえも危ない状況だった。
そんなことを考えていると、玄関に辿り着いた。
そこでは母親らしき人が馬車の前で待っていた。
「また寝坊したの? はあ……ルイって本当に寝るのが好きよね」
俺がそれに返事を出来ずにいると、勝手に母親が肯定だと判断して再びため息をついた。
「ほら、さっさと馬車に乗りなさい。学園の授業くらいちゃんと受けるのよ」
ごめんなさい、こいつはずっと授業中寝ていました。
心の中で謝りつつ、俺は馬車に乗った。
確かこいつの本名はルイ・フォン・アームストロング。
王都のすぐ傍にある小さな領地を治める騎士爵の息子だ。
年齢は確か十六歳とかだったか……?
俺の父、レン・フォン・アームストロングは二十年前の第一次邪神戦争でそこそこの功績を挙げ、それにより領地と騎士爵を貰った。
——確かそんな設定だったはずだ。
そこでは邪神は倒しきれず、追い返すくらいしか出来なかったとのこと。
まあともかく、そんな英雄の息子がこれじゃあ居た堪れない。
学園に行ったら真面目に勉強して、頑張ってみてもいいかもな。
この世界にはやっぱり興味あるし、もちろんそうすれば死ななくて済むかもしれないという打算もある。
てか、そうか。
夏休み明けか。
ゲーム開始時も夏休み明けだったし、もしかしたら同時期なのかもな。
だとすれば……。
最初に邪神の犠牲になるのはイリーナか。
闇落ちしたイリーナを主人公が最強の能力を使って説得するんだったよな。
『お前の才能なんて俺に比べればチンケなもんさ! つまりお前のやるべきことは全部俺が代わりにやれるんだよ! だからお前が完璧でいる必要なんてないんだ!』
なんてね。
ふぅ〜、熱いねぇ〜。
……まあ、しかし俺にはそんなことを言えるほどの能力はない。
彼女を助けるのは主人公くんにお任せしよう。
俺はとりあえず、スライムに殺されないように最低限の力をつけるところからだ。
俺は馬車に揺られながら、そんなことをうつらうつらと考えるのだった。
+++
——イリーナ・フォン・ルーカリア視点——
私は昔から公爵家の娘として過剰な期待を背負って生きてきた。
公爵家の娘として完璧であり続けようとしていた。
そのために全ての人生をかけて、本気で生きようと頑張っていた。
しかし。
——いいよね、イリーナ様は公爵家の娘だから。
——才能があって立場もあって、本当に羨ましいわ。
周囲からはそんな陰口をよく叩かれる。
私がどれだけ血の滲む努力をしているのか理解もしないで。
しかし自分からそれを言えるほど、私の面の皮は厚くなかった。
努力していることを公表するなんて、プライドが許さなかった。
それゆえに私はドンドンと孤立していった。
他人に悩みを打ち明けようともプライドが許さない。
それにそもそも打ち明けるような相手もいない。
八方塞がりだった。
今の私の精神状態はとてもギリギリだろう。
もし邪神に優しい言葉をかけられたなら、簡単にコロッといくかもしれない。
ひたすらに努力しても才能だと否定され、努力をしなければ怠惰だと批判される。
そんな状況で私は正気を保っている方なはずだ。
しかしその綻びを突かれれば、すぐに瓦解してしまう不安定さがあった。
「ああ……学園、行きたくないなぁ……」
私は王都に向かう馬車の中で、思わず嘆くようにそう呟いてしまうのだった。
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