転生したら傾いた帝国の皇后になっちゃいました

第1話 ここは何処?


―――


 この世には時空の狭間という名の穴がいくつか存在するという。何らかのきっかけでその穴が開き、そこに吸い込まれてしまった者は二度と元の場所へは戻れないとされている。

 何らかのきっかけというのはとても曖昧で、予期せぬ死の瞬間や辛い思いをして逃げ出したいと強く願った時、かと思えば神様のいたずらとしか言いようがない状況の時もある。まぁ、全ての事は神様が定めた運命だとすれば、その者が時空の狭間を通って異世界に行くのはその者にとって必然であると言えるのではないだろうか。

 しかし当の本人にとっては降って湧いたような話で、迷惑以外の何物でもないと思うが……


 そうこうしている内にまた一人、時空の狭間に吸い込まれそうになっている者がいる。今度はどんな世界に導かれて行くのだろうか。何事もなく平和な所だといいのだが、天は人間に試練を与えると言うからその者の人生が平坦な道だとは限らない。

 魂がその地に降り立った瞬間から第二の人生がスタートする。



―――


「はっ!……はぁ、はぁっ……」

 勢いよく飛び起き、私は荒い息を吐いた。顔から滝のような汗が出ている。

「ここ、何処……?私死んだはずじゃ……」

 震える両手を凝視しながら呟く。ついさっき見た自分の両手は確かに血で真っ赤に染まっていた。それなのに今は綺麗だ。


「どうなってるの?学校からの帰り道に交通事故に遭って、体を触ったら血まみれで……もう助からないって思ったんだけど。」

 きょろきょろと辺りを見回すと中世ヨーロッパ風の部屋に骨董品のような調度品が溢れていて、今私が寝ているベッドは天蓋付き。明らかに日本ではないと意外と冷静な頭で思っていると、控えめなノックの音が部屋に響いた。ビクッと体が強張る。


「お嬢様、朝のお支度に参りました。あら、今日は珍しくお早いのですね。」

 思わず布団?(シーツ?)を引き寄せた私に笑顔を見せたのは、メイド服を着た可愛らしい顔立ちの女の子だった。


(メイド服って……コスプレ?)


 この間生徒がにゃんにゃんカフェでバイトをしているのを親から聞かされて、辞めるように説得しに行った時に見たメイド服と似てるわ、なんて思っているとその彼女が心配そうに顔を近づけてきた。


「お嬢様?どうかなさいましたか?」

「うぇっ!?お、お嬢様?誰が?私が?」

「何を仰っているのです?エルサお嬢様。」

「エ、エルサ!?」

 素っ頓狂な声を上げてベッドの上を後ずさる。そのメイド?ちゃんはきょとん顔で私を見ていた。


 そう、私の名前は絵流紗えるさ。有沢絵流紗だ。名門お嬢様学校高等部の社会科教師で、自分で言うのも何だが平々凡々で面白みも何もないアラサー女子。そんな私が如何にも中世ヨーロッパのお金持ちっぽい家のお嬢様だって?まさかそんな、夢みたいな話……


「あ、あのお嬢様?」

「ん?」

「そのように頬をつねっていたら赤くなってしまいますよ。私に殴られたのではないかと旦那様に誤解されてしまいます。」

 メイドちゃんが慌てて私の手をほっぺから外す。それでもまだ混乱状態の私はボーッと彼女の事を見つめた。


(夢じゃ、ない!もしかしてこれって生徒達の間で流行っている異世界転生ってやつ?)


 異世界転生とは何らかのきっかけで生まれ育った世界とは違う次元の世界に行く事で、その舞台はだいたい中世ヨーロッパが多く、なんちゃらかんちゃら……


(……って!マジで!?最近生徒達の多くが異世界転生ものにハマってて実は私自身も読んでみようかな〜、でもキャラ的に読んでる事がバレたらからかわれるかも、それだけは避けなきゃ〜……なんて思ってた世界にこの私が?しかもお嬢様って呼ばれてるって事は本物がいたって事だよね?って事はこの、エルサお嬢様に憑依したって事?うわーーーー!!)


「お嬢様……?」

 百面相している私に恐怖を感じたのだろう、メイドちゃんは少しづつ後ずさりながら恐る恐る声を出す。それにハッとした私はシーツから出した手をぶんぶんと横に振った。


「ご、ごめんね!あの、何て言うか……う〜ん、私も何が何だかわからないんだけど……」

「はい……」


「ここは、何処?」


 唐突な質問にメイドちゃんの大きな瞳がぱちくりと瞬いた……



.

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