俺のギルドには変人しかいない

@tetotettetto

【犬のように忠義深い剣士の場合】


「諸手を挙げろ! 私が来たぞ!」


 ぺたんと垂れた黒い犬耳を揺らし、ぷるんと胸を揺らし、短く切り揃えた髪と同じ白銀のマントを翻し。

 派手な音を立てドアノブを粉砕しながら、ギルドマスター室へ堂々と入ってきたのは、すらりとした長い手足と、無骨な大剣を背に持つ闊達な女性。


 ノックをするという礼儀も無く、俺のプライベートを守る為のドアも無くした彼女の姿に、これで何度目だと言いかけた言葉を溜め息と共に飲み込む。とうの昔に両の指はすでに超えており、次からは成功報酬から差し引くと伝えているので、もう注意するのを諦めた。

「書類仕事中だから片手で良い?」

 何処かの誰か……どころかギルドメンバー全員が毎日何かをやらかすせいで、いつまで経っても書類が減らない。今日も残業か、いい加減家のベッドが恋しい。何が悲しくてギルドマスター室に勝手に作られた仮眠室へ泊まらなければいけないんだ。

 そんな俺の生返事が気に入らなかったのか目を吊り上げ、ヒールを鳴らし此方へ歩み寄り、

「いい訳があるか。諸手とは両手だ、両手を上げねば許さんぞ!」

 身を乗り出しながら机を叩く彼女は、尖らせた口とは反対に少し寂しそうな声色だ。

 仕方無しにひらひらと肘まで手を上げて、嬉しいなー。と棒読みのセリフを一つ投げれば、花綻ぶように笑みを浮かべた。

「よしよし、それで良いんだ! 全くもう……」

 流れるように机に座り、長いまつ毛を瞬かせ俯いて。少し逡巡した後に彼女は唇を開く。

「……た、ただいま帰ったぞ」

「おー、お帰り。ライネ」

 ねだるように下げられた頭をくしゃりと撫でれば、照れたような笑い声が聞こえた。


「それで、どうだった?」

 ライネに任せていたのは簡単な市場調査だ。贔屓の武器屋、パン屋への人の出入りがなんとなく多くなってきた気がしたので、近くで依頼のあった荷物運びと兼任して軽く確認してもらっていた。もちろん個人的な依頼なので、別途依頼料は振込済みである。

 どれもお気に入りの店達なので繁盛するのはとても嬉しいが、商品の売れ行き次第では購入する時間を早めなければいけない。

 一日掛けて自分の目で確認しようと思ったのに、メンバー全員にやんわりと止められた。なんでなんだ、もっと自由に外出させてくれ。

「ああ、黒だったよ」

「やっぱり黒だっ……待て何の話だ?」

「流石だマスター。いつだってお前の慧眼には畏れ入る」

「だから何の話だって」

「不審な輩が増えてきたのが目についたから、鼻のよく効く私に調べて欲しかったんだろう?」

 見た目は一般客を装っていたがな、後を付ければ違法な薬を捌く現場が見えたから全部潰して憲兵へ引き渡してきた。

そう簡単に言うが、そこまで大きな話に繋がっていたなんて知らなかった。

「……後で特別報酬上乗せするよ」

 深く溜め息を吐き、また仕事が増えるなと頭を抱える俺の姿を見たライネは、おもむろに俺の右手を奪いそのまま自分の頭に乗せる。


「特別報酬の代わりに、私の気が済むまでよくやったと沢山撫でてくれ。私はお前に撫でられるのが好きだからな」










 そこいらの有象無象の依頼とマスターの依頼、どちらに比重が傾くか勿論言うまでもない……だが、あの温かな手で撫でてもらえないのは嫌だ。

 マスターが撫でてくれる、穏やかで幸福で、安らぎに満ちたあの時間を自分の手で潰すなど言語道断である。


 出かける前にマスターから軽く告げられた、「なんとなく気に留める程度で良いから、客が増えているかどうか依頼のついでに見て欲しい」という言葉。

 珍しい頼み事をするものだと思いつつ、目的地まで移動しながらギルドカードに振り込まれた金額を確認すると、気に留めて欲しいというには多すぎる桁が振り込まれていた。


 ああ、なるほど。つまり思い切り暴れて良いというお達しか!


 初めに依頼を受けていた数百にも満たない荷運びなど早々に終わらせ、マスターが一番気に掛けていたパン屋から足を運ぶ。

 小麦や乳の匂いで充満している中で、客のふりをしながらゆっくりと店内を練り歩けば、つん、と僅かに刺すような薬品の匂いが鼻を掠めた。

 すぐに当たるとは、とても良いタイミングだったようだ。

 カウンターの近くで小麦を卸している男へ気付かれぬようマーキングの魔法を使い、上手く掛かったことを確認した後、マスターへの土産に物持ちの良い焼き菓子を買っていく。


 次に確認へ向かうのは、確か武器屋か。

 マーキングの掛かりを意識しながら人混みを縫い歩く。通りを挟んで三分ほど進むと、ゆらゆらと風に揺れている盾と剣の看板。扉をくぐると、いつも以上に賑わっている店内に驚いてしまう。

 くん、と鼻をひくつかせても何も違和感のある匂いはしない。どうして此処まで客が? と不思議に思っている私に、武器屋の店長が困ったように笑いながら小さな声で語りかけてきた。

 曰く、最近武器の、特に短剣の出が多いのだと。売れることは嬉しいが、あまりにも短剣ばかり売れているので不審に思っているのだ、と。

 なるほど。投げてよし、忍ばせてよし、と取り回しの良い短剣をよく使うのは、職業が盗賊の者と、

「後ろ暗い奴ら、か」

 見た目は普通だが、音が響かないような足運び、なるべく顔を見せないよう常に俯いて、人があまり居ない方向を向いている。


 取り敢えず先にこいつから付けるか。と、一定以上の距離を取り、素知らぬ顔で後を追う。匂いを覚えているから離れていたって何ら問題はない。

 周囲に気取らせずも警戒しながら、男が向かう先は街の外へ出入りする為の門。そこでマーキングを掛けていた男と合流しているところが見える。

 ほう、あの二人はグルだったのか。まとまっていた方がやりやすいので助かった。

 気配を消し、木々に隠れながら付かず離れずの距離を保ち、男達の後を付いていくと、一軒の隠れ家に辿り着いた。


「マルは売れたか?」

 隠れ家から数名の男が酒瓶を持って出てくる。

「いや。今日は得意先が居なかったからな」

「それと、店員がいつも余る袋を怪しみ始めてきた。小麦の袋に擬態させるのはそろそろやめた方が良いかもしれない」

 薬品の匂いと感じていたのは、人の意識を混濁させ酩酊状態に陥らせる、粉状の違法な薬。

 カモフラージュとして小麦の袋に紛れさせ、薬の売買を行っているのだろう。

 パン屋の店員は何も知らず小麦の方の袋を受け取っていたが、小麦を扱う店は街の中では此処しか無いのにと不審に思い始めていたということか。そうかそうか。

 話は解った。思う存分潰して良いことも解った。まったく、感謝するぞマスター!




 ああ、楽しい、楽しいなぁ!

 思うままに剣を振るうことのなんと気持ちいいことか!

 最近は気紛れな猫や狡猾な蛇らに討伐依頼を取られてばかりでストレスが溜まっていたのだ。

 人の機微に敏いマスターのことだから、あいつらに知られないよう、こっそりとこの仕事を回してくれたのだろうな。

 感謝の言葉を告げたら、勘違いだの何だの謙遜しそうだが、それもマスターの魅力だ。


 気配もなく、突然現れた私に襲いかかってくる者共をねじ伏せ、ならず者達のアジトを壊しながら、弱者で出来た山を積み上げる。

 我儘を言わせてもらえれば、もう少し骨のある奴らの方が良かったけども、これ以上を求めるならばもっと成果を見せろと言うことに違いない。



 なぁ、マスター。お手もおかわりも取ってこいも、望むならば殲滅だって国盗りだってお前の為に何だってしてやるから、どうかその手で褒めてくれ。



 ――最後の一人が倒れたところで、全員をまとめてきつく縛り、憲兵団を呼ぶ為の信号弾を打ち上げた。後は任せればどうにでもなる。もうこいつらに用は無いのだ。


 だから、さあ、早く帰って撫でてもらおう!




(狂犬であり主人に一途な剣士の話)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺のギルドには変人しかいない @tetotettetto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ