とりゃんせ
星多みん
田舎特有の不思議な風習
溶けそうな真夏日、家の近くにある神社には変な決まりごとがあった。
その神社は山の奥にあり、私と母が行くときは決まって地元しかおらず、しかもその神社は出るときに必ず札を持っていないとダメで、次回来るときは買ったお守りを神主に渡さないと行けなかった。
そんな地元のある日。母が車を買ったか何かでお祓いに行った。その日は猛暑日だったせいか地元の人は少なく、毎日来ては神社内に入らず煙草をずっと吸っているおじさんと、地元では見たことのない、観光客らしき人が居た。
「あの車のお祓いをお願いしたいんですけど」
母がそう言うと神主さんは「先客の後なら」と言うので、仕方なくと待っていた。
私達はそんな神社内で順番を待っていると、おじさんの罵声が聞こえたので反射的に門前を見る。どうやら観光客と揉めているらしかった。
「お札を買ってから出なさい」
「私達はいつも買ってる所があるんで」
私はあの風習のせいかなと考えながら、関わると面倒なので気にしなかったが、次第に母の顔が青ざめて行くのを感じた。
「どうしたの?」
私は母にそう聞いたが、真っ直ぐ車を向いてこう言った。
「絶対に関わったらダメよ」
普段何事にも動じない母があんなに取り乱したのはこの時だけで、観光客は結局お札を買わずに帰ると、母は大きくため息をついた。
「そう言えば、なんでお札を買わないといけないの?」
そう聞くと母は眉をひそめながら「どうしても知りたかったら門前の前にいるおじさんに聞くように、でも絶対に門から出ちゃいけないよ。お母さんは先に車のお祓いお祓い終わらせてるから」と言うと、私はそのことに不思議だなと思いながら門の前に向かった。
「こんばんは」
私がそう話しかけると、おじさんは神社内から出ないようにと注意して、門を潜らないように近づいた。
「いきなりなんですけど、何でこの神社はお札を買ってから出ないといけないんですか?」
今思うと変な質問だったが、おじさんは「それね」と言いながら答え始めた。
「これは調べても出てこない地元の伝説みたいな話しなんだけど「とおりゃんせ」ってしってるかい? 昔、あの歌をよく歌っている子がこの神社に居てね。その子は今でいう孤児みたいなものでね、生まれた時から親もいなければ、学校もない時代だから言葉も話せずに村のものから飯を盗んだんだ」
前置きが終わったのだろうか。おじさんは一息着くと続きを話し始めた。
「そんな事をしている時に村に飢饉が起こってね、村の者はその子をこの神社に生贄として捧げたんだよ。その日からかの、村の数人がこの神社に行ったきり行方不明になってね。それから暫くすると、神社の神主が絶対にお札を買うように言い始めてね。最初は理由を知らないまま買ってた村人も不満を募らせて、ある日数人で聞いてみたら神主も隠せないと思ったのか、嫁に神主を任せると、その数人と外に出て理由を話し始めたんだよ。神主曰く、少女がとおりゃんせに沿って村人を誘拐している。行方不明になった人は皆買って居なかった。そしてこの話しをしたら私は神社に入れない。ってね」
私はその話しを始めて聞いたため、おかしな話だなと思いながらも、おじさんに礼を言ってその場を立ち去った。
後日、その観光客は高速道路で事故にあったと地元の新聞でやっていた。
数年後、私はその出来事を夏休みに思い出して、県外の友人に話をすると神妙な顔つきで口を開いた。
「そのおじさんってさ。村人に忠告をした神主だったんじゃないかな」
その頃は、お札を買わなきゃいけない理由の方が気になっており、おじさんの事は特に気にならなかったが、確かに言われて見ればそう言うことかと納得できた。
……できたのだが、それがどうしたというのだろうか。私にとってはどうでもいい話で、その神社は今はもう潰れたと言うのに、何故かある胸騒ぎをお酒で流す。
「いやぁ、本当に怖いところだね」
友人がポッと呟いた。
「なんでそう思うの?」
「だって、私の地元では神社に来た人に物を買わせる為にそう言う作り話をしてたからさ。実際は何も無いのに。それに……」
「それに?」
私はその言葉の続きが何と無く読めていた。それは当時の状況が鮮明に思い出せたからだった。
「言いたくないけど、あんたの地元って怖いところだよ。だって、その観光客は車の事故で無くなったでしょ。普通、車のお祓いは買ったタイミングだもん」
私は友人にそう言われて、おかしな所を思い出していた。観光客が帰ったタイミングでの車のお祓い。あの時は夏休み期間で、少し前に引っ越して来た噂の人は地主の人以外は結局は会わなかったこと。
全てが憶測かもしれない。けど、私は地元に帰るのが怖くて両親とは電話でしか話さなくなった。
とりゃんせ 星多みん @hositamin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます