西崎 静 2023年春夏 短編集
西崎 静
きれいで気持ちのわるい恋愛の仕方
目の前で、心奪われたことはあるだろうか。いや、ない。総じて、胸躍ることも、跳ねた気持ちで涙ぼろぼろ。そんな、そんなしょうもないような、愛に満ちて。口から、ぼろぼろ吐きそうな恋なんぞ、愛なんぞ。ああ、知らない。
おれは、知る由もなかった。
__知りたくもなかった。
さざ波揺れて、連れ立つ鳥を見つめながら。そこは、もう遙遠くの千里浜。淡い海に、白い砂浜が広がって。おれも、きみも、そこに横たわって。平日の午後過ぎから、冬近いそこの冷たい、先のほうで。乗り込んだ車は、並んじゃいなかった。映画のように、車を砂浜で走らせて。愛車が鳴らすアクセル音、オープンカー真似て。全ての窓開けっぱなし、きみは短い髪をさらさら。おれは、帽子深く被って。
それで、止めたんだ。
車止めて、きみとおれで、砂に横たわって。
明日が来るよ、そうだね、そんなことを言い合っていた。
「ギターの音みたい、こんなふうに」
「ああきれいだな、貝殻ひろおうか」
「ううん、いいって」
「なんで、どうして?」
「持っていても、どうしようもないから」
「取っておかない?」
「うん、取っておかない」
きっと、悪いところに頭を。
いつも、ころころ付き合う相手を変えていた、きみ。かぞくも、友だちも、知り合いも、みんな、恋人すら。
変えてしまうから、なにも持っていなかった。だから、おれは追いかけて、追いかけて、きみを駅まえで声掛けて。
驚いた顔しながら、しょうがなさそうに、車に乗る。愛車、おれだけのアベニール。古い、ふるい、平成の名残り。
ずっと、カセットテープだけを聞いている。ギターが、ぽろんと。また、ぽろんと。きみのマスカラ、開けっぱなしの窓からぽろんって。
あはは、落ちちゃったね、そんな風に笑うきみを横目で。見つめた数と、車に乗せた回数だけ、きみはころころ変えてしまう。
その度に、おれは追いかけている。
「つぎは、どこに行くんだ」
「そうだなぁ、アリの赴くまま」
「アリ、アリか」
「うん、戻ってくるかもしれないし」
「戻らないなら、どうなの」
「うーん、それでも、甘いものには釣られちゃうんだ」
髪は短い、どこでも洗えるように。
きみってやつは、道端で寝れるひとだから。おれはわざわざ愛車の後ろを開けて、ああごめんね、なんて言うんだ。いつからか、きみの安い石鹸だけが匂う。
髪はぎしぎし、肌はかさかさ。よく言えば無邪気なだけのさきで、なにかを思い出そうとしている。おれは、きらびやかな人が好みだった。それが今じゃ、どうだろう。
なにも持たない、きみが__。
「ねぇ甘いもの、いつも持ってないね」
「嫌いなんだ、甘いもの」
「あたしのことは、すき?」
「ああ、うん」
やつばやに、声が出た。
それなのに、不服そうに口を窄めながら。砂を掴んで、上に放り投げてしまって。風の勢いが、よく砂を目から遠ざけている。そのおかげで、きみの横顔よく見れて。じっと、じっと、じっと、我慢していた。
ぼろぼろ、おれはそんな男に成るつもりなんてなかった。
「うそつき」
ざぁっーと、波音が聞こえていた。
貝殻が上から降り注いで、水平線から鳥たちが羽を散らす。星空がみたい、夜になればきみの気も変わるのだろうか。馬鹿みたいに、胸を掻きむしっていた。そうでもしなければ、薬指から死にそうだった。
「明日来るといいね、いつか」
「きみと一緒なら、いいや」
「あはは、すごいこと言うね」
「おれ、頭いいからさ」
「うん、だから泣いてるんだ」
「馬鹿がよかった?」
「わかんないや、でも気軽に言わない」
「なにを言わない?」
「甘いもの、すきだって」
頭抱えるように、横向きになった。
そうすれば、きみの顔が近くにあって。向かい合って、息が近くて。微かにミントの香りが、きみの石鹸に混じる。
期待していたわけじゃない、いつだっておれはミントばかり食べて。甘いものは、好きではないから。
分からないや、そんなことをおれも言いたい。
「いまは、きみが大嫌いだよ」
笑った、きみ。
かわいいと思った、おれ。
決して、きれいだなんて、口が裂けても言えないけれど。いつも逃げて、逃げて、ころころ全て変えてしまう、きみだけれども。おれは追いかけて、追いかけて、必ず愛車でもって、駅まえで待って。
乗せるんだ、きみの行きたいところまで。
「すごい、うそつき」
キスしたこともない、身体すら重ねたことも。だけれども、きみを良く知っていた。なんせ、告白したこともない。ただ、きみの降りる駅の、その前にずっといて。
時より、こうやって砂浜に連れ立って。
広い海の、その淡い色を一緒に眺めている。しあわせなのかも、満足してるのかも、何もかも曖昧なまま。
きみの横顔に、触れたい気持ちを。
もう、ずっと抑えている__。
きみが死んでしまうまで、あと少し。
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