第2話

「(・・・一体俺は何処の部署に配属されているんだ?)」

 彼は休日明けで出勤して早々に自分のデスクに座って頭を抱えていた

「(俺が居た部署は、営業部だったはずなんだが)」

 そんな事を考えていると、ふっと休日に手伝った草刈りの事を思い出した

「(あれから放置田の『ダンジョン』内に入って、ラノベなどで

 有名なゴブリンとかいうモンスターを退治はしたが・・

 まさかリアルガチで、ネット小説よろしく『転移』させられたのか?

 だとしたら、ここは『異世界』?

 いや、そもそも現実なのか? いやいや、夢オチという可能性も・・・・・・)」

 江崎 零士は自分のデスクに突っ伏しながら深いため息を吐いていた


 もう1つ変わっていたのは、勤務先がこの『世界線』では変わっていた

 元々の勤務先は、都心から少し離れた場所に建っておりビルやコンビニが

 立ち並ぶ中に埋もれる様に存在していた

 大通りに面しており周りはオフィスビルに銀行などの店舗が並び、

 駅に近いという事もあり人通りは多く、通勤・通学中の人達で賑わっている

 彼がいた『世界線』では、そこには『手野グループ』のビルと手野デパート、

 その他3つほどの会社が入っている

 しかし、今いるこの『世界線』では違っていた

 以前の『世界線』にはなかった高層マンションが乱立していた


 その高層ビルの一棟が、この『世界線』での彼の勤務先『手野グループ』傘下の

『日本探索者協会』の本部である

 そのビルは、手野グループの本社ビルとまではいかないが、それなりに大きい

 そのため、勤務先は都心にありながらも通勤時間はさほど長くはない

 しかし、そのビルが手野グループ系列の会社で固められているためか

 周囲の雰囲気は、以前と少し違うように感じた

 以前の『世界線』では営業部だったのだが、この『世界線』では

『日本探索者協会探索事業部門ダンジョン課』という

 長ったらしい名称の課に配属されていた

 その課はビルの最上階にあり、その階のオフィスに彼のデスクがあった


『日本探索者協会』の一階は、比較的広めでとてもキレイで受付や掲示板などが

 設置されていて 総合案内所といった

『ダンジョン課』オフィスには、すでに数十名の男女が書類やパソコンなどに

 向き合い忙しそうに働いていた

(・・・元の『世界線』の営業部でも、これほど活気があるわけでは無かったな)

 そんな事を思いながら彼は、周囲の様子を眺めていた


 彼はまだ20代後半の若輩者であり、キャリアも浅く

 営業成績がとても良いわけでも 悪いわけでもない

 平凡な人物が、何の因果か別の『世界線』へと何の前触れもなく『転移』した

 もし元の『世界線』に何の波乱もなければ、新卒から数年間は様々な部署で

 経験を積んでいた事だろう

 彼は自分のデスクのパソコンに電源を入れると、モニターに表示されている日付を見て、眼を疑った

「・・・は?」

 彼が目にしたのは、紛れもなく2023年となっていた

「おいおい、嘘だろ? 冗談キツイぜ」

 彼は思わず呟いていた


「ん?どうしたの、江崎君」

 そんな時、背後から声をかけられたので、振り向いた

 そこには見慣れた女性が立っていた

 年齢は二十代前半くらいだろうか?

 髪は長くポニーテールのように束ねており、肌は白く綺麗である貌立ちは

 かなり整っている部類に入るだろう


「何でもありません」

 その声で我に返った彼は、慌てて姿勢を正しながら応えた

「そっか、ならいいんだけど。何かあったら遠慮なく言ってね」

 女性は口を開いた

 彼女の名前は、新島 美香

 元の『世界線』では、営業部の美人上司で有名だった

 仕事が出来るのはもちろんなのだがその清楚で美人な容姿から

 多くの男性社員や女性社員からも憧れられていた

 部下への気遣いや気配りなど が素晴らしいため、その信頼

 も厚く人望もあった

 彼女の容姿も魅力的で、髪は長くポニーテールのように束ねており、

 肌は白く綺麗である

 また顔立ちはかなり整っている部類に入るだろう

「はい、ありがとうございます」

 彼は答えてから、ちらりと時計を見た 時刻は、

 朝の8時30分を過ぎていた


「(遠慮なく言ってねって言われてもなぁ

 ・・・・『営業部からなんで『日本探索者協会』なる名称に変わったんですか?』

 なんて聞けないしなぁ

 それに、何より聞きづらいわぁ)」

 彼はため息をついてから、再び頭を悩ませた

 しかし、いくら考えたところで答えなど出るはずがなかった

「江崎、今日は四号『ダンジョン』の初回調査に行くぞ」

 しばらくすると、そんな声と共に デスクに座って考えこんでいた

 彼の肩が軽く叩かれた

 彼が振り向くと、そこには同じ部署の先輩である男性の姿があった

「四号『ダンジョン』? 」

 彼は慌ててそう答える


 彼の名前は、佐藤 正樹、年齢は三十代前半くらいだ

 背丈は高く180cmはあるように見え、髪はやや長めだが、

 清潔感があり爽やかな印象を周囲に与える

 また、目鼻立ちは整っており、俗に言うイケメンだ

 服装は上下共に黒のスーツ姿に革靴とビジネスマンらしい格好をしている


「そうだ、

 今から行くのは『ダンジョン課』が管理している

『放置田ダンジョン』だ」

 佐藤は説明しながら頷いた

「は、はい、わかりました」

 彼は戸惑いながらそう返事するしか出来なかった

「休日前に、実家の『放置田ダンジョン』探索とか言っていたが、

どうだったんだ?」

 佐藤は彼の反応には、気にすることなく話を続けてくる

「え、あ、はい、まぁ、それなりに(俺が知っている佐藤さんは、

 まったくゲームなど

 興味が無かった人だから、違和感があるなぁ)」

 彼は戸惑いながらも、言葉を返した

「そうか、それはよかったな。

 あまり長く放置していると内部はかなりの規模の広さまで成長するから

 定期的に調査と草刈りをしないと、危険だからな

 昨今だと農業後継者不足が大きな要因で、放棄地も増え続けて

『ダンジョン』化している所が増えてる・・・。

 さっさと準備しろよ」

 佐藤は淡々とした口調で、そう催促してきた



「あ、はい、すみません(正直気は進まないが、これがこの『世界線』の

 仕事とだからなぁ)」

 彼はそんな事を考えながら謝りつつ、急いで荷物をまとめてから席を立つ

「江崎、今回はお前は『前衛』か?

 それとも『支援』か?」

 佐藤は何かを思い出したかのように、突然そう尋ねてきた

 その口調はどこか試すかのようなものだった

 彼は微妙な表情を浮かべつつ、思わず立ち止まってしまった

 それもそうで彼が知っている『世界線』の先輩である佐藤ならば、

 そんな事は一切興味が無くゲームやアニメなどのサブカルチャーに

 一切 触れていなかったからだ

 そんな彼の口からRPG系の用語が出てくれば、戸惑ってしまう

 しかし、その口調にはどこか真剣みがあり冗談で聞いている

 わけではない事はわかる

「えーっと、その・・・どっちも出来ますけど?」

 彼は戸惑いながらも、自信なさげにそう応えた


「そうか、わかった。

 なら、今回お前が前々から通販で購入した『ネクロマンサーセット装備』で

 行ってくれ」

 佐藤は少し考える素振りを見せた後、まるで何かを確認するかのように

 口を開いた

 その口調は淡々としており感情を感じさせないものだ

「 (何を言っているのか無茶苦茶すぎて、訳がわからんな)」

 彼は思わず心の中でツッコミを入れた

「おい、江崎 調査用装備に着替えるぞ?」

 しかし、そんな心境など知るよしもない佐藤はさらに話を続けると

 すでに歩き出していた

「あ、はい、すみません」

 彼は慌てて返事をして、佐藤の後を追いかけて行った



 階段を降りると、そこはロッカールームだった

 通路には人の姿はなくガランとしている

(・・・誰もいないのか?)

 彼は周囲をきょろきょろと見回しながらそう思ったが、すぐにその考えを打ち消した

『日本探索者協会』オフィスビルは地下1階から地上4階までとなっており、

 地下3階であるこの場所は、一番端のフロアで『日本探索者協会』社員の

 男性ロッカールームだ

 室内の中央には長テーブルとパイプ椅子が2脚置かれていた

 そのテーブルにはノートパソコンが置かれていて、電源が入っており

 モニターには何かのデータや資料などが表示されていた

 壁側にはロッカーが数台並並んでおり、その1つのロッカーが

 半開きになっている

 どうやらそこが江崎のロッカーのようだ


(・・・この『世界線』の会社には、こんな場所があるのか?)

 そんな疑問を抱きながらも、自分自身のロッカーの扉を開けた

 中は外からは分からなかったが、どういう仕組みなのか理解できないほど広く、

 奥が深い作りになっている

 男性ロッカールーム入口付近は、小さいテレビが左右に一つずつ置かれている

 更に通路側には大きな本棚が置かれていた

 奥に進むと個人用ロッカーがあり、その隣にももう一つ同じ

 大きさのロッカーがあった

(・・・まるで、ゲームか小説の世界だな)

 彼はそんな事を考えながら、自身のロッカーの扉を開けた

 中はやはりどういう仕組みなのか理解できないほど広く、奥が

 深い作りになっている

(ナニコレ・・・普通のロッカーじゃないのか)

 彼はそんな感想を抱き、思わず心の中で呟いていた


 唖然としながら恐る恐るロッカー内に視線を移すと、そこには

 かなりの衣服類や武器防具などが収納されていた

 しかも、それはどれもがまるでRPGゲームやラノベ書籍から

 飛び出してきたかのような品物ばかりだった

 彼はゆっくりと視線を外しながら、再びロッカーの扉を閉めた

 そして思わず頭を抱えてしまう

(・・・俺は本当に転移したのか)

 彼は心の中で呟いた


「江崎、前にも言ったがロッカーの中に仕舞いこんでいる私物類は、

 整理整頓しておけよ

 いざ緊急時に必要な物を取り出そうとする時、22世紀の

 猫型ロボットみたいに四次元ポケットから取り出すのは 無理だからな」

 佐藤は淡々とした口調で、そう忠告してきた

「は、はい、すみません・・・(やっぱり、違和感しかねぇぇぇ!?)」

 彼は戸惑いながらも、そう答えた

 しかし、すぐに心の中でツッコミを入れた

(・・・というか、そもそも緊急時ってなんだ?)

 疑問に思い首を傾げつつ、佐藤に視線を向けると絶句した

 なぜなら佐藤は、上下共の黒スーツからRPGゲームやラノベ系で

 よく登場する、『前衛職』が身につける鎧を着込んでいたからだ

 その防具は何処か西洋風の軽装鎧に似ている物だった

 腰には剣を帯刀しており、ヘルメット型の兜、

 背中には盾を背負っている

 その姿はまさに、ファンタジー系のゲームやラノベ小説に

 登場するような出で立ちだった

 彼は思わず二度見し、思わず言葉を失った

 それが衝撃的だった

 彼のよく知る佐藤ならば、そんな出で立ちなどするはずが無いため

 非常に現実離れして見えたからだ

(すげぇ・・・しっかし、佐藤さんはこういう格好も様になっているなぁ)

 そんな思いも、同時に彼の中を駆け巡っていた




「新島『会長』から聞いたが、接近戦型『ネクロマンサー』を

 やってみたいんだな?」

 佐藤は少し間を開けてから尋ねてきた

「へ!?」

 彼は突然の質問に間の抜けた声を出してしまった

 余りにも予想だにしない質問だったため、思わず聞き返してしまった

「なんだ?違うのか?」

 しかし、そんな反応などお構いなしに佐藤は言葉を続けた

「いえ、違いません( 聞き間違いか?今、新島さんの事『会長』って呼んだ?)」

 彼は慌ててそう答えた

 新島 美香は、彼の『世界線』では営業部の『課長』 だった

 それよりも混乱したのは、佐藤の口から、接近戦型『ネクロマンサー』という

 意味が全く分からない言葉が出てきたからだ

 RPGゲームやラノベ系で登場する『ネクロマンサー』と言えば、幽霊やゾンビを

 召喚したり使役して戦うジョブの事だ

 江崎がいた『世界線』の佐藤はRPGゲームやラノベ系など興味がなかったため、

 その存在すら知らないはずなため違和感しかない

「そうか、なら良かった

 四号『ダンジョン』上層からでも悪魔系モンスターが出現する

 接近戦をしたいなら、随分前に言っていたネット通販で購入した

『エクスカリバー』を持っていけよ。

 あれなら近接戦闘でも十分に戦えるはずだ」

 佐藤は淡々とした口調で、そう話してきた

 その口調に感情は一切感じられず、事務的だ

(エクスカリバー?魔系モンスター?)

 その言葉を聞き、またしても絶句した



 彼が知っている佐藤なら、ゲームやラノベなどで登場している

 有名聖剣の名など、絶対に知らない単語だからだ

「エクスカリバー・・ですか(確か・・・フィクションの世界では

 最強クラスに位置する武器だったはず。

 あとアーサー王伝説に登場するアーサー王が持つとされていた剣だったような・・・

 というか、そんなものが通販で買えるって・・・)」

 彼は思わず復唱してしまった

 その口調には困惑と戸惑いが混じり合っており 表情は、

 どこか引きつっていた

「あぁ、そうだ。

 なんなら同じ通販購入した、グングニルも持っていけ」

 佐藤は淡々とした口調で、そんな事はお構いなしに話を続けた

 グングニルとはケルト神話に登場する槍で、その魔の穂先に触れた者は

 即死するとされている

 しかし、それはあくまで物語上の設定であり実際に存在するかは不明だ

 彼は再び言葉を失った


「・・・・・・(俺が知っている佐藤さんなら、絶対に言いそうにない言葉・・・

 そんな事よりも何でゲームなどで登場する武器が通販で購入できるんだ?)」

 彼は内心で疑問に思いながら、ロッカー内の私物を漁る

 幾つか調べてみると、『ネクロマンサーセット』らしき装備品を発見する。

 それは見た目からして、RPGゲームやラノベ書籍に登場する魔術師が

 着込んでいるようなローブやマントなどだった

 ご丁寧に胸元には髑髏のマークまで付いている装備品一式品だ

「それと、これも忘れずに持っていけ」

『ネクロマンサーセット』を見て絶句している江崎に、佐藤は

 そう言うと小さな小瓶を2つ手渡してきた

 受け取った2つの小瓶はまるで栄養ドリンクの瓶のような形とサイズで、

 中には赤黒い液体が詰められていた

 しかし、その形状や色からして非常に怪しい雰囲気を

 醸し出していたためか思わず身構えてしまう



(・・・なんだこれ?もしかして毒物か!?)

 そんな考えが彼の頭を過った

「それは『霊薬』だ

 もしもの時の為に肌身離さず持っておけよ。

 とりあえず、これだけあれば当面は困らないだろ」

 佐藤は淡々とした口調で、そう説明してきた

(霊薬?)

 そんな説明を聞いても彼は納得できなかったが、彼は

 素直に首肯して鞄にしまった

 ゲームやラノベ書籍で登場する言葉を言ってくる佐藤には、

 ただ困惑するしかなかった

 彼が知る佐藤なら絶対に言わなそうな単語ばかりだったからだ

(なんだよそれ?)

 彼は内心では、そんな疑問を抱きつつ首を傾げつつも、

『ネクロマンサーセット』装備品一式品に着替え始めた

 ゲームやラノベ書籍などで登場する、魔法的な何かなのか、

 サイズもピッタリで違和感が一切無かった


 着替え終わった江崎の格好は、まさにRPGゲームやライトノベル書籍などで

 登場する魔術師のようだった

 鏡でその出で立ちを確認すると、彼は再び溜息を吐きそうになった

 それはダークな世界観にそぐっており、まるで自分が

 その物語に登場する登場人物にでもなったかのような錯覚を感じたからだ

(・・・この『世界線』の俺は何を考えて、こんな防具一式を用意したんだろう?)

 彼は内心にて疑問に感じていた

「準備が終えたら、出発するぞ」

 頭を抱えそうになった時、佐藤からそう声が掛けられた

 どうやら出発の催促のようだ

「えっ?あの、ちょっと待ってください!」

 彼は慌ててその後を追いかけようとして、武器を

 持っていない事に気が付いた

 急ぎつつ、自分のロッカーから『ネクロマンサー』らしき

 短剣武器を取り出した


 その刀身は漆黒に染まっており、鍔部分には紅い

 宝石のようなものが埋め込まれて妖しく煌めいていた

 また、柄の部分にも鞘部分も白銀に輝いておりまるで、闇夜と

 炎のように妖しい輝きを放っていた

 余りにも異様な武器だったが、彼は戸惑いつつもそれを手に取ると慌てて

 佐藤の後を追った




 2人がやってきた『放置田ダンジョン』と呼ばれる場所は、

 は山々に囲まれた盆地にあり、近くには民家もなければコンビニもない田舎町だ

 山が連なる山頂付近にあり、その山の斜面は急斜面で草刈りをしようにも

 重労働なため、誰も手をつけていない

 しかし、放置された田畑は雑草や蔓に覆われて荒れ果てた寂れた場所だ

 ただ1つだけ、雑草や蔓に覆われて荒れ果てている田んぼの

 ど真ん中に隕石でも落ちたかのようなクレーターが一つあった

 穴は深く底が見えない程であり、直径10m以上はありそうだ

 クレーターからは複数の動物が掘り出そうとしたのか、土を掘った跡があり

 穴の周りには犬や猫の足跡が付いている

 田んぼの周囲は竹林で覆われており、日陰になっているせいか

 ジメジメとしている

 施設といったものは無いが、2人がいる田んぼの一角に小さな小屋らしきものがあった

 小屋の周囲だけ木が伐採されており、薪割り用の斧や鍬などの道具が揃っている

 簡易トイレと水道もあるためか、近くには蛇口とバケツが置かれていた

 佐藤は周囲を見渡した後、地面を指差した



「どうやら、『ダンジョン』の外にオークやゴブリン、コボルトといったモンスターが

 ちょろちょろ彷徨いでているようだ

 まぁ、大した強さじゃないがやはり手入れが無いと手が付けられなくなる」

 佐藤はそう話しかけてきた

(やべぇ・・・何を言ったらいいのかわからん)

 視線を地面の足跡に落としていると、彼はそんな事を考えていた

 ゴクリと唾を飲み込んだその音は、静かな空間の中で妙に大きく聞こえた

「この四号『放置田ダンジョン』は、見た限りでは7層まで続いてそうだ

 本格的な内部調査は今回が初だが、ここに来る前にも言ったがこの

 四号『放置田ダンジョン』上層からでも悪魔系モンスターが出現する」

 佐藤は淡々とした口調で、そんな事を言った

「悪魔系ですか・・・」

 休日に手伝った実家の『放置田ダンジョン』でも3層までしかなかった

 7層までとなると、彼に取っては未知の領域だった

 また実家の『放置田ダンジョン』では、ゴブリン程度のモンスターしか

 幸い出現ししなかった

 ため、悪魔系モンスターと聞いて背筋に寒気を感じて身震いした

 そんな彼の心情などお構いなしに、佐藤は淡々と話を続ける

「恐らく、ここまで放置されているとなると4層より下の階層からはドラゴンも

 徘徊していると思う。警戒するようにしろ――では行くぞ」

 佐藤はそう言うと、スタスタと歩き始め穴の中へと入っていった

「えっ?ドラゴン!? ちょ、ちょっと待って下さい!」

 彼は慌てて呼び止めようとしたが、佐藤は無視して穴の中へと姿を消した



 江崎は慌てて、佐藤の背中を追ってゆっくりと足を踏み入れた

 穴の中は薄暗くジメジメしており、天井からはポタポタと水滴が垂れていた

 そのせいなのか、地面はぬかるみ歩きにくい

 時折、天井からは水滴が落ちてきてピチョンと音が鳴り響き、静寂に包まれた

 空間でその音が嫌に耳に響いた

 先に入った佐藤の姿は何処にもなく、まるで暗闇の中を彷徨っている 錯覚に

 陥りそうになる

「本当に何なんだろうか・・・このガチガチRPGダンジョンは」

 彼は呆れた表情を浮かべながら小さく呟くと、懐中電灯のスイッチを入れて

 足元を照らした

 地面に足跡が残っていたが、それが少なくとも人の様な

 足跡ではない事だけが確認できた




 また、実家の『放置田ダンジョン』とは空気が違う

 まるで、強い圧力を感じるかのようだった

 地面はぬかるみ歩きにくいが、気にせず進むことにした

 懐中電灯で辺りを照らしながら周囲を確認するも佐藤の姿は見えない

(・・・さて、どうしよう・・・

 武器はテキトーに選んで持ってきたこの短剣)

 周囲を警戒しつつ、刀身が漆黒に染まっている

 短剣を鞘から抜き出した

 ねじ曲がったぎざ刃は、ギラリと鈍く光を放ち、傷口を壊し

 出血を強いるためにあるのか切っ先は鋭く尖って刺しただけで、肉が裂けて

 肉が裂けて大怪我しそうだ

 柄の部分には髑髏のマークが刻まれており、まるで

 死神の鎌を連想してしまう

(・・・この短剣でモンスターと戦えるのか?)

 彼は思わず、そんな疑問を抱く

 ぎざ刃から血濡れたような赤黒い液体が

 垂れてくるように視えたため、彼は思わずゾッとした


(まさか、これも通販で購入したとか言わないよな!?)

 そんな不安を抱きながら、江崎は改めて周囲を見渡した

 薄暗い空間であるせいか、周囲の暗さには慣れたようだ

 周囲に人影や物音などはなく静かだ 耳を澄ませてみても、

 水の滴る音くらいしか聞こえなかった

 そのためか自分が発している足音以外には何も聞こえない

 聞こえてくるのは天井から垂れてくる水滴がピチョンと

 落ちる音だけだ

 彼は暫く奥へ進んでいると、前方の通路の奥で『何か」が

 動めく気配を感じた

 次第に近づいてくる気配を感じ取ると、懐中電灯の光を 前方から

 来るであろう 何かに当てないように通路の脇へと避難する

 薄暗い道をゆっくりと、しかし確実に近づいてくるのは

 巨大な何かだった

 全身は硬い鱗で覆われており、眼は赤く口からは絶えず

 ヨダレが溢れ出ている

 また長い槍を装備しており、先端の鋭利な穂先が

 怪しく煌めいていた

 それは爬虫類系の巨大なトカゲだった


「あれは、ドラゴンなのか?

 ・・・・というよりトカゲ?」

 目視で確認したモンスターは、RPGゲームなどに登場する竜ではなく

 現実でも大きなトカゲと認識されそうな個体だった

 江崎はそんな感想を抱きつつ、恐怖を押し殺すかのように彼は

 ギリッと歯を食いしばった

(こ、怖い!)

 手にした短剣を握りしめて、トカゲが通り過ぎるのを静かに待った

 しかし、通路の奥でうごめくそれは光の当たる場所まで移動すると、江崎存在に

 気が付いたようでノソリと身体を持ち上げて四足歩行で振り向いた

 そして、右手に持っていた槍を振り上げて大きく咆哮を上げた後

 江崎の方へと走って来た



「うおっ!!」

 咄嵯に手に持っていた短剣を横薙ぎに振るう

 すると鋭く尖っている切っ先から、赤黒い液体が飛び出した

 それに触れた瞬間、巨大トカゲは耳障りな絶叫を上げた

 赤黒い液体に強酸性の効果が付与しているのか、外殻から煙が 上がっている

 巨大トカゲはしばらく藻掻く様に暴れて苦しんでいたが、やがて

 力尽きたように倒れた

 それと同時に光の粒子となって消えていった

「ナニコレ?

 実家の『放置田ダンジョン』だと倒したら地面に沈んでいったのに、

 ここの『ダンジョン』では、光の粒になって消えるのか」

 彼は不思議そうに首を傾げた



 しかし、それ以上に恐ろしいのは手に持っている短剣だ

 今もなお赤黒く染まり、 よく見るとぎざ刃から血濡れたような

 赤黒い液体が滴り落ちており、切っ先から糸を引くように滴っている

 まるで死神の鎌のように見えて仕方ないのだ

 しかも、その血のような液体は地面に触れると

 ジュワッと音を立てながら蒸発していく

 まるで強力な酸のような効果だ

(怖っ!何だよコレ!?)

 江崎は素早く短剣を鞘に収めようとした時、複数の気配を感じた

 懐中電灯の光を、複数の気配を感じる先に向けると

 同種類の巨大トカゲが5匹もいた

 彼を見つけると、一斉に駆け寄ってくる

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!! こっち来た!!!!」

 彼は悲鳴を上げると、慌てて武器を構えた

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