第2話

「(・・・一体俺は何処の部署に配属されているんだ?)」

 彼は休日明けで出勤して早々に自分のデスクに座って頭を抱えていた

「(俺が居た部署は、営業部だったはずなんだが)」

 そんな事を考えていると、ふっと休日に手伝った草刈りの事を思い出した

「(あれから放置田の『ダンジョン』内に入って、ラノベなどで

 有名なゴブリンとかいうモンスターを退治はしたが・・

 まさかリアルガチで、ネット小説よろしく『転移』させられたのか?

 だとしたら、ここは『異世界』?

 いや、そもそも現実なのか? いやいや、夢オチという可能性も・・・・・・)」

 彼はそこまで考えて、はたと気づいた

 目の前のパソコンのモニターに表示されている日付を見て、目を疑った

「・・・は?」

 彼が目にしたのは、紛れもなく2023年となっていたのだ

「おいおい、嘘だろ? 冗談キツイぜ」

 彼は思わず呟いていた



「ん?どうしたの、江崎君」

 上司が不思議そうな顔をしながら声を掛けてきた

 その声で我に返った彼は、慌てて姿勢を正すと

「何でもありません」と答えた

「そっか、ならいいんだけど。何かあったら遠慮なく言ってね」

 上司である女性は口を開いた

 彼女の名前は、新島 美香 年齢は30歳前後といったところだろう

「はい、ありがとうございます」

 彼は答えてから、ちらりと時計を見た 時刻は、朝の8時30分を過ぎていた

「(遠慮なく言ってねって言われてもなぁ・・・・『営業部からなんで

『ダンジョン課』なる名称に変わったんですか?』なんて

 聞けないしなぁ・・・それに、何より聞きづらいわぁ)」

 彼はため息をついてから、再び頭を悩ませた

「江崎、今日四号『ダンジョン』の初回調査に行くぞ」

 しばらくすると、そんな声がかけられてきた

「四号『ダンジョン』? 」

 彼は慌ててそう答えると、声の主の方へ視線を向けた

 そこには同じ部署の先輩である男性の姿があった


 彼の名前は、佐藤 正樹、年齢は三十代前半くらいだ

 背丈は高く80cmはあるように見え、髪はやや長めだが、

 清潔感があり爽やかな印象を受ける

 また、目鼻立ちは整っており、俗に言うイケメンだ

 服装は上下共に黒のスーツ姿だ

「そうだ、今から行くのは『ダンジョン課』が請け負っている

『放置田ダンジョン』案件だ」

 彼はそう言いながら、こちらに近づいてきた

「は、はい、わかりました」

 彼は戸惑いながら返事をするしかできなかった

「休日前に実家の『放置田ダンジョン』探索とか言っていたが、どうだったんだ?」

 佐藤は彼の反応に気にせず話を続けた

「え、あ、はい、まぁ、それなりに」

 彼は曖昧に言葉を濁した

「そうか、それはよかったな。あまり長く放置していると

 内部ではかなりの規模の広さになってしまう

 昨今だと農業後継者不足が大きな要因で、放棄地が増え続け

『ダンジョン』が増えてる・・・。

 さっさと準備しろよ」

 佐藤は淡々と説明してから、彼に催促した



「あ、はい、すみません」

 彼は謝りつつ、急いで荷物をまとめてから席を立った

「江崎、今回はお前は『前衛』か? それとも『支援』か?」

 佐藤は何かを思い出したかのように、そう尋ねて呼び止めた

 彼は思わず立ち止まって微妙な表情を浮かべた

 それもそうで彼が知っている先輩である佐藤なら、そんな

 RPG系の用語など絶対に使わないからだ

 しかし、そんな彼の困惑とは裏腹に、佐藤は真剣な眼差しで彼を

 見つめている

「えーっと、その・・・どっちも出来ますけど?」

 彼は自信なさげに答えた

「そうか、わかった。

 なら、今回お前が前々から通販で購入した『ネクロマンサーセット装備』で

 行ってくれ」

 佐藤は少し考える素振りを見せた後、彼に向かってそう告げた

「 (何を言っているのか無茶苦茶すぎて、理解できない)」

 彼はそれを聞いて固まった

「おい、江崎 調査用装備に着替えるぞ?」

 呆然としている彼をよそに、佐藤はすでに歩き出していた

「あ、はい、すみません」

 彼は慌てて返事をして、その後を追った



 2人がまず向かったのは男性ロッカールームだった

 室内には簡素なパイプ椅子と折り畳み式のテーブルが置かれている

 衣類収納用ロッカーが壁際にいくつか設置されている

 彼は自分の名が記されたネームプレートを見つけると、その前に立った

「 (こんなロッカー見覚えがないぞ・・・そもそもこんな

 ロッカールームなんて会社にあったか?)」

 戸惑いつつも、彼はゆっくりとロッカーの扉を開けた

 中は外からは分からなかったが、どういう仕組みなのか理解できないほど

 奥が深かった

「(ナニコレ・・・普通のロッカーじゃないのか)」

 彼は唖然としながら、恐る恐るロッカー内に視線を移した



 そこにはかなりの衣服類や武器防具などが収納されていた

 彼はそれを手に取り、一つ一つ確認していく

 そのどれもが、まるでRPGゲームやラノベ書籍から飛び出してきたかの

 ような物ばかりだった

 しかも、それらはサイズ的に自分に合うものばかりであった

 彼はそれらを手に取りながら、これは夢ではないかと頬を

 引っ張ったり叩いたりしてみた

 しかし、痛みを感じてしまいこれが現実だと認識せざる負えなかった

 彼は頭を抱えながらも、ようやく『ネクロマンサーセット』らしきものを見つけた

「江崎、前にも言ったがロッカーの中に仕舞いこんでいる私物類は、整理しておけよ

 通販購入した物を詰め込むのも考えようだが、いざ緊急時に必要な物を

 取り出そうとする時、22世紀の猫型ロボットみたいに四次元ポケットから

 取り出せるわけでもないし、ロッカー内を探さないといけなくなるだろ?」

 佐藤は淡々と彼にそう言い聞かせるように語りかけてきた

「は、はい、すみません・・・(というか、やっぱりこの人おかしいわ!)」

 彼はそう応えながら佐藤に視線を向けると、絶句した

 なぜなら、上下共の黒スーツからRPGゲームで言う所の

『前衛職』を思わせる軽装鎧に身を包んでいたからだ

 腰には剣を帯刀しており、背中には盾を背負っている

 その姿はまさに、ゲームでよくある冒険者そのものの姿だった

 彼は思わず二度見してしまった



「・・・高城課長から聞いたが、接近戦型『ネクロマンサー』を

 やってみたいんだな?」

 佐藤は少し間を開けてから尋ねてきた

 上司である女性は高城 美香という名前で、年齢は佐藤と

 同じ30歳前後といったところだ

 容姿端麗で、社内では密かに男性社員からの人気も高い

「へ!?」

 彼は突然の質問に間の抜けた声を出してしまった

「なんだ?違うのか?」

 佐藤は怪しげに目を細めながら、首を傾げた

「いえ、違いません」

 彼は慌ててそう答えるしかなかった

 本心は、『一体何を目指していたんだ? この世界線の俺は!』と

 言いたかったが、とてもそんな事を

 口にできる空気ではなかった



 そんな彼の心境を知ってか知らずか、佐藤は満足そうな笑みを浮かべると

 再び口を開いた

「そうか、なら良かった。

 これから向かう四号『ダンジョン』内では、未確認情報で

 悪魔系も出現しているらしい

 接近戦をしたいなら、随分前に言っていた通販購入した

『エクスカリバー』を使えよ。

 あれなら、近接戦闘でも十分に使えるはずだ」

 佐藤は彼に言い聞かせるよう説明した

 その言葉を聞き、またしても絶句した

 彼の知っている佐藤なら、決して『エクスカリバー』と言った

 ゲームに登場する聖剣の名を出す様な事はしないからだ

「エクスカリバー・・ですか」

 彼は思わず復唱した

「あぁ、そうだ。

 なんなら同じ通販購入したグングニルも持って行ってもいいぞ」

 佐藤はそう言ってくる



「・・・・・・(本当に俺が知っている佐藤さんなのか?

 まぁ、そんな事よりも何でゲームなどで登場する武器が

 通販で購入できるんだよ!?)」

 彼は疑問を抱きつつ、手に持っていた『ネクロマンサーセット』

 装備品に視線を向けた

「それと、これも忘れずに持っていけ」

 佐藤はそう言って、小さな小瓶を手渡してきた

「これは・・・?」

 彼は受け取った小瓶を見つめながら呟いた 中には透明な

 液体が入っているようだった

 が、見たことのないものだった

「それは『魔除けの護符』だ。

 中に特殊な霊薬が入っている もしもの時の為に、肌身離さず

 携帯しておくようにしろよ」

 佐藤はそう言うと、彼は素直に首肯して鞄にしまった

 ゲームやラノベ書籍で登場する言葉を言ってくる佐藤に、彼はただ

 困惑するしかなかった

 そしてさらに困惑するのは、『ネクロマンサーセット』装備品一式品だ

 見た目からして、間違いなくRPGやラノベ書籍に登場する魔術師が

 着ているようなローブやマント、杖などの装備だった

 しかもご丁寧に、胸元には髑髏のマークまで描かれている

 彼はため息を吐きながらも、ロッカーから取り出した『ネクロマンサーセット』

 装備品一式品を身につけた

 どうやらサイズもピッタリだった

 着替え終えた彼は、鏡の前に立つと再び溜息を吐きそうになった



 そこには、まさにRPGやライトノベルの悪役などで主人公に

 立ち塞がる如く登場する魔術師装備をした自分が映っていた

「 (・・・この『世界線』の俺は何を考えているんだ?)」

 彼は頭を抱えながら、そう思った

 すると佐藤が近付いてきて、肩に手を置いた

 反射的に彼はビクッと身体を震わせて、恐る恐る視線を向ける

「準備が終えたら、出発するぞ」

 佐藤はそう言って、先にロッカールームから出て行った

「えっ?あの、ちょっと待ってください!」

 彼は慌ててその後を追いかけようとして、武器を持っていない事に

 気づいて自分のロッカーから『ネクロマンサー』武器らしきものを

 取り出した

 それは短剣のような形状をしていたが、その刀身は漆黒に染まっており、

 鍔部分には紅い宝石のようなものが埋め込まれており妖しく煌めいていた

 また、柄の部分にも鞘部分も白銀に輝いており、まるで

 闇夜と炎のように妖しい輝きを放っている

 彼はそれを手に取ると、慌てて佐藤の後を追った





 2人がやってきのはある『放置田ダンジョン』と呼ばれている場所だ

 そこは山々に囲まれた盆地にあり、近くには民家もなければ

 コンビニもない田舎町だった

 そんな場所にある『放置田』は、雑草が生い茂る代わりに

 隕石でも落ちたかのようなクレーターが一つできていた

 穴は深く底が見えない程であり、直径10m以上はありそうだった

 佐藤は周囲を見渡した後、視線を彼に向けてきた

「これは7層まで続いているようだな」

 佐藤はそう口にしながら、地面を指差す

 彼の立っている位置からだと、ちょうど窪みの先が見えなかった

 視線を向けながら、ゴクリと唾を飲み込んだ

 その音は、静かな空間の中で妙に大きく聞こえた

 気がした

「7層ですか・・・」

 休日に手伝った『放置田ダンジョン』でも3層までしか無かった

 7層までとなると未知の領域だ

「では行くぞ。それと4層から徘徊するドラゴンにも警戒するようにしろ」

 佐藤はそう言うと、スタスタと歩き始めた

 彼はギョッとした



「ちょ、ちょっと待って下さい!ドラゴンって何ですか!?」

 彼は慌てて呼び止めようとしたが、佐藤は無視して

 そのまま歩いて穴の中へと入っていた

 佐藤の背中を見ながら、彼は慌てて後を追う

 ゆっくりと足を踏み入れた『放置田ダンジョン』内は、 薄暗く

 ジメジメとしていた

 時折、天井からは水滴が落ちてきて、ピチョンと音が鳴り響く

 そのせいか静寂に包まれ、どこか不気味さを感じた

 先に入った佐藤の姿は何処にもなく、まるで

 暗闇の中を一人で歩いている感覚に陥りそうになる

「本当に何なんだろうか・・・このガチガチRPGダンジョンは」

 彼は呆れた表情を浮かべながら小さく呟く

 実家の『放置田ダンジョン』とはまた空気が違った



(・・・さて、どうしよう・・・武器はテキトーに選んで持ってきたこの短剣)

 周囲を警戒しつつ、刀身が漆黒に染まっている短剣のような形状の

 武器を鞘から抜き出す

 ねじ曲がったぎざ刃は、ギラリと鈍く光を放つ

 傷口を壊し出血を強いるためにあるのか、それを誇るかのように

 切っ先は鋭く尖っていた

 彼はそれを見て、思わずゾッとした

 ぎざ刃から血濡れたような赤黒い液体が垂れてくるように

 見えたからだ

(まさか、これも通販で購入したとか言わないよな!?)

 彼は心の中で叫んだ

 その時、 前方の通路の奥で何かが動いた

 それは次第に近づいてくる 彼は緊張した面持ちで、手に

 手に持っていた短剣を構える



 そしてついに現れた それは、巨大トカゲだった

 全身は硬い鱗で覆われており、その眼は赤く、口からは絶えず

 ヨダレが溢れ出ている

 また長い槍を装備しており、先端の鋭利な穂先が怪しく煌めいていた

 明らかに爬虫類系モンスターだ

「あれは、ドラゴンなのか?・・・・というよりトカゲ?」

 彼は目の前に現れた生物を、RPGゲームなどに登場する竜ではなく、

 どちらかと言えば爬虫類系のトカゲだ

「(まぁ、とりあえず・・・やってみるか)」

 彼はそう思いながらゆっくりと一歩踏み出した瞬間、恐ろしい

 速さで巨大トカゲが迫ってきた



「うおっ!!」

 咄嵯に手に持っていた短剣のような形状の武器を横薙ぎに振るう

 すると鋭く尖っている切っ先から、赤黒い液体が飛び出した

 それが飛沫の様に巨大トカゲに直撃し、耳障りな絶叫を上げた

 強酸性の効果が付与しているのか、外殻から煙を上げている

 しばらく藻掻く様に暴れていたが、やがて力尽きたように倒れた

 それと同時に、巨大トカゲは光の粒子となって消えていった

「ナニコレ? というか実家の『放置田ダンジョン』だと倒したら

 地面に沈んでいったのに、ここでは光の粒になって消えるんだな」

 彼は不思議そうに首を傾げた

 しかし、それ以上に恐ろしいのは手に持っている短剣のような

 形状の武器だ

 今もなお赤黒く染まり、 よく見るとぎざ刃から血濡れたような

 赤黒い液体が滴り落ちていた

 しかも、その血のような液体は地面に触れるとジュワッと

 音を立てながら蒸発していく

 まるで強力な酸のような効果だった

 それを眼の当たりにした彼は唖然としていた

 だが、すぐに我に返ると慌てて周囲を見渡した

 なぜなら、複数の気配を感じ取ったからだ

 見渡せば5匹ほどの巨大トカゲがいた

 こちらを見つけると、一斉に駆け寄ってくる

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!! こっち来た!!!!」

 彼は悲鳴を上げると、慌てて武器を構えた

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