名ばかり部も放課後に活動する
@tamaki_78
第1話 あちこちにいる幽霊
周囲一帯の高校がそうであるように、我が銀崎高校も例外なく応援練習たるものがある。
何をするのかと聞かれれば「銀崎高校の校歌及び応援歌を一年生が覚えるための時間」であり「夏の高校野球に出場する野球部ための全校をあげて行う応援の練習」というのが建前的な回答であろう。
最初は自分もそう思っていた。しかし実際にはそうじゃないと分かった。昨日の放課後に「明日は一年生全員早く登校するように。」と言われ、銘々が早めに教室に入り雑談をしていると上級生の応援団員達が大声を上げて教室に突入して来た。
竹刀を持ち壁や机を叩いては蹴り「目を閉じろ」と声を荒げた。映画やドラマでみるヤンキーだった。
そして「今日の放課後から応援練習が始まるから体育館に来い。」と言った。返事がないとすぐさま「返事!!」と大きな声で催促した。それでも声が小さかったらしく「声出せ!!」と叫んだ。ひとしきり騒ぐと竹刀で床を叩き騒がしく出て行った。その様子を見てまだ仲がそこまで深まっていないクラスメイトは、やばいだの怖いだのヒソヒソ話出したが、後ろの席の三城君だったかは「竹刀をあんな雑に扱うなんて…。」と飽きれと憤怒が入り混じった声を漏らしていた。そう言えば彼は剣道部だった。彼は良い剣士なのだと確信した。
このことから、応援練習は言葉通りの意味より「入学して来た新入生を応援団がただの上級生によりいじめやストレス発散」の方が適した表現に思える。
どの高校も、こんな通過儀礼はあるのかと辟易していたが、調べてみると他県ではないというではないか。生まれて初めて、この県に産まれた事を後悔した。
一年生は、実に5日間も朝夕に上級生によるいじめ、もといご指導に耐えなければならない。
初日の放課後は、体育館へぞろぞろと列を成して向かい、準備体操をするのかという程一人一人の感覚を空けて立たされ「目を閉じろ!」と叫ばれ「声を出せ!」と叫ばれ、40分程経つと「お前は声が出てるな、よし帰れ」と歩合制で帰宅する仕組みであった。
そして人数が少なくなると残った全員を集めてステージに登らせ、一人一人声を出させ始めた。
ステージに登ることなんて、高校生活で一度もないだろうなと思っていたが、入学して20日前後で登ってしまうとは想定外だ。
そう考えながら半ば適当に声を出した。結局、自分は最後から数えて7番目で帰らされた。残った男女6名は全力でやる人もいれば、明らかに手抜きをしている人がいた。
今までやるべきことはちゃんとやって来たが、「これはやるべきことじゃない、いや、やりたくない。」とこれまで行事をサボった事が一度もない自分は翌朝の応援練習をサボった。
クラスの全員が疲れた顔をしてる中、悠々と一本遅い電車で登校し教室に入った自分を見て、まだそれ程親しくない友人皆が「お前やるな。」と賛辞のようなものを送ってくれた。
応援練習は放課後の方が時間が長く、そちらがメインであるようだ。
廊下でクラス毎に列を作り、体育館へ移動する。その間に自分は担任や応援団の目を盗みトイレに逃げ込んだ。そして辺りが静かになったらトイレから出て、こっそりと帰った。
翌日の朝練もサボったが、友人達はもう何も言わなかった。昼休みに1人の友人に「今日もサボるのか?」と聞かれ「一生行かない。」と言った。友人は呆れたような顔をしたが、行きたくない気持ちが勝ったのだから仕方ない。
放課後になると、昨日と同じ作戦で練習をサボることにした。
トイレの個室に入り、しばらく携帯の時計だけをぼーっと眺めて5分程経ち、周囲の音を聞いてやがて遠くから生徒の叫び声に似た怒号が聞こえ始めたのを確かめトイレから出た。
すると隣の女子トイレから1人の生徒が同時に出てきた。この階のトイレは男女共に一年生しか使わないためおそらく一年生だろう。目線を下に上げ靴を見る。靴のデザイン一部が学年によって色が違っており、緑色は同じ学年だ。そして、緑色のそれを見て彼女は一年生だと判明する。
顔を見ても名前は分からない、かろうじて同じクラスではばないとは分かった。如何せん、入学してまだ一ヶ月も経っていないため、他のクラスの女子生徒まで把握できないでいる。
一年生であれば、当然今の時間帯にトイレにいた理由は自分と同じだろう。
「応援練習サボっちゃったね。」
すると彼女は、
「昨日の君を見て、私もそうしようと思ったの。」
と言った。
なるほど、自分の行動が誰かに影響を与える事があるんだなと思った。
同時に、サボるだけやる気がない人だ。昨日の練習はどうしたのだろうと思う。
「昨日はどうしたの。」
「トイレに入ってく君を見て、なるほどと思って私は体育館に向かう途中にある特別棟のトイレに入ったの。」
「なるほど、じゃあ朝練は?」
「遅くに来てサボった、君は?」
「おんなじだよ。」
と言って2人で少し笑った。あまり大きな声で笑うと誰か来てしまいそうだったが、応援練習に行かなかった2人とは思えないほど大きな声で笑った。
「君は5組だよね。」
と聞くと、
「あれ?私の事知ってたの?」
と少し驚いた顔をした。慌てて
「いや、俺が4組で、整列して体育館に行く時にトイレに入るのが見えるのは後ろに並んでた5組だけかなと思っただけ。」
と答えた。最初は少し不思議そうな顔をしていたが、やがて合点が言ったようでああと呟いたのが聞こえた。
彼女は制服を崩さず着ていて、黒い髪が肩あたりまで伸び、白い肌との色合いが綺麗だった。清楚や真面目というような印象の彼女が行事をサボるということが少し想像できなかった。
そんなことを考えながら彼女を凝視していたためか、彼女は居心地悪そうに
「私は5組の相楽 合(さがら あい)、よろしくね。」
と自己紹介をした。そうすると自分も自己紹介をしなければなるまい。
「俺は4組の南 統次(みなみ とうじ)、こちらこそよろしく。」
「ところで南君、この後どうするつもり?」
いきなりそう聞かれたが、するべき行動は決まっている。
「直帰。」
そう答えると相楽さんは少し顔を顰めて言いたくないんだけどいう顔をする。
「私もそうしたいんだけど…。昇降口出てから校外に出るまでの道は職員室の視界を掻い潜って行く必要があるよ。それに自転車で来てるならチャリ置き場の脇は体育館だから運悪かったら見つかって連行されちゃう。あんまり良い手だとは思えないな。」
なるほど、考えると確かに今の時間帯では迂闊に外を出るだけで身に危険が迫る。
「昨日、直帰した僕は運が良かったのかもしれない。」
「きっとそうだよ。」
もし昨日職員室や体育館の誰かに見られたらと思うだけで身震いした。
「でも、トイレで暇潰しも出来ないし逃げ隠れる場所もない。」
と言うと、相楽さんは待ってましたとばかりにニヤッと笑い
「いい場所があるの、ついてきて。」
と言った。
相楽さんに連れてこられた先は、特別棟4階の狭い部屋だった。部屋の名前を示すプレートには第2準備室と書かれていた。なんの準備室だろうか。準備室というわりに物は少ない。椅子と机は4セットあり、あとはキャビネットが一つだけだ。
「ここは新聞部の部室。私は新聞部に入ったの。」
なるほど新聞部か。そんな部活があるとは、知らなかった。
「俺がここに居てもいいの?先輩とか迷惑じゃない?」
そう聞くと相楽さんは少し悩んだ様な顔をして少し俯いてから喋り出した。
「先生が持ってる部員名簿には3年生の佐々木祥太郎って人がいたんだけど…。」
そう言うと尚も次の言葉を探してるようだった。沈黙をそれでという合いの手に代えると相楽さんは困った顔で
「その人、一回も部活に来ないの。」
と言った。
「へー。忙しいのかな。」
「そうだとしても新入部員が来たら一回くらいは顔出しそうなもんじゃない?それもないの。」
なるほど確かにそうだ。そして相楽さんは続けた。
「しかも、その人数日前に退部したの。」
「じゃあ部員は相楽さんだけになったの?」
「そういうことになるね。」
「なら別に、幽霊部員だった佐々木先輩が新入部員が入ったのを知って気まずくなってやめたんじゃないのか。」
そう聞くと、
「普通はそうなんだけど、おかしい事にその佐々木先輩、写真部にも幽霊として所属しているの。」
と答えた。
写真部、そして退部してしまったが新聞部にも佐々木先輩は幽霊部員で所属していた。
「それはどうやって調べたの?」
「そりゃもう新聞部のリサーチ力と教職員の方々の部員名簿で。」
「それなら情報は確かなようだね。」
そういうと相楽さんは自分の手柄だと言いたいのか小さくVサインをした。
この事案の真相として最初に思い付いたものは随分と簡単なものだった。
「随分と多趣味で飽き性な先輩が居たんだな。」
「うーん。やっぱそう思う?それが1番まともであり得る結論だよね。」
と相楽さんは悲しそうに言った。
体育館からは未だに大声が聞こえてくる。時折、バンバンという音も響いている。これはさぞかし後ろの席の某君はお怒りだな。
「でもそれだとあまりに普通過ぎて、ジャーナリストは悲しいよ。」
「そう思うなら直接、佐々木先輩に真相聞いてきたら?」
「いやいや、それはあまりに芸が無いよ。」
「普通ジャーナリストは真相究明のためにより確かな情報源にへばり付くもんじゃないの?」
そう言うと相楽さんは苦笑いして、
「へばり付くってなかなか酷いね…。」
と言った。確かに少し表現が下手だった。しかし相楽さんは直ぐに顔から苦さを消す。
「確かにそうするのが1番確かでジャーナリストらしいけどさ。一応、新聞の問題でもあるから、なんとなく挑戦されてる気分なんだよね。」
はにかんでそう言う。
どうやら相楽さんは自力でその理由を見つけ出す事でジャーナリストの力を付けるつもりらしい。与えられた情報から推論を展開する能力もジャーナリストには求められるだろうが、それは基本が出来てからではないだろうか。そうは思ったが言い出しはしなかった。
しばらくの沈黙の後で彼女の方から話し始めた。
「私、しばらく色々聞いて回ったり考えたりしたけど、やっぱりわかんなかった。」
「じゃあ、本人に…?」
「いや、それは嫌だなぁ。」
どうやら相楽さんは一度決めてしまった事を曲げる事が嫌なのだろう。
「どうせ応援練習終わるまで暇だし、部室にかくまってる恩もあるでしょ?南くんも考えてみない?」
別にかくまってくれと頼んだ覚えはないが、断る理由もない。少し考えてみよう。
現3年生の佐々木祥太郎先輩は、新聞部の元幽霊、そして写真部の現幽霊だ。
「その佐々木先輩の活動記録とかはないの?昔作った新聞のバックナンバーとか。」
「私も調べたけど一つもないの。そもそも、この部屋にはバックナンバーみたいなのはパッと見ないから、名ばかり部だったんだろうね。」
聞き慣れない単語が出たため質問する。
「名ばかり部って何?」
相楽さんは組んでいた腕を解いて、身振りを加えて説明してくれる。
「作ったのは良いけど、部員が少なかったり、活動目的が不明でろくな活動をできない部。それらを全部総称して名ばかり部って呼ばれてるみたい。」
「なるほど、変な部活が多いわけだ。」
なにか佐々木先輩が自分自身のことを新聞部の活動に書いていないかと思ったのだが、そんな簡単にはいかないようだ。
「それじゃあ名ばかり部の新聞部は別段、活動しなくていいの?」
「名ばかり部に限らず人数少ない部や同好会は活動免除になってるみたい。免除というよりは自発的にやらないみたいだけど。」
相楽さんの言うことが少し分からなかったので
「どういうこと?」
と聞くと、ええとねと言って下を向き少し考えた後、話し始めた。
「文化部は、文化祭で展示ができるのね。でもそれは部がやりたいって言ったら出来るもので、やりたいって言わなかったら文化祭は何もしなくていいの。運動部も大会に出るとか出ないとか自由みたい。だから何もしない部活があって、新聞部はずっとそうだったみたい。」
「なるほど。」
しかし、まだ分からないところがある。
「同好会と部とはどう違うの?」
そう聞くと相楽さんは、ああそうかと言って教えてくれた。
「うちの学校、文化部は異常に多いでしょ?確か30ちょっとくらい。」
それは知っていた。
「部紹介時、文化部だけいっぱい出てきて驚いたよ。」
新入生歓迎会たるイベントでは、1年生に部活動を紹介するというコーナーがあった。運動部はいつもの練習を見せたり吹奏楽部は演奏をしたり美術部は作品を見せたりしていた。
化学部は炎色反応を大規模で見せて歓声と先生と怒号がとんでいた。確かにその時は文化部の数が異様に多いなと思った。
「その理由は部と同好会を簡単に作れるからなの。」
また部と同好会だ。もう一度部と同好会の違いを訪ねそうになるが、それは今から説明するのだろう。
「まず、同好会を作るには成員5人以上いればいいの。」
それは簡単だ。
「常識的にダメな同好会はダメだけどね。万引き同好会とか詐欺同好会とか。」
相楽さんは例えが下手か極論過ぎるようだ。
「それで部の場合は、10人以上いればいいの。同好会も10人以上なれば部にランクアップするの。」
「そんな簡単な条件であればいくつでも出来るなぁ。」
「そうなの。それに部員は1人でもいれば存続し続けて、0になったら廃部になるの。廃部になったら、部の備品とか制作物とかは一気に処分されて、部室の空き待ちしてる次の名ばかり部に受け継がれていくんだってさ。去年も何個か名ばかり部が消えたらしいよ。」
なるほど。簡単に出来てなかなか消えないのであれば数は増していくのは必然だろうな。
そこで一つも思い当たる。
「それじゃあ正確には新聞部じゃなくて新聞同好会だね。」
そう言うと相楽さんは
「そうなんだけど、新聞部の方が言いやすいし語感がいいでしょ?だから新聞部でいいの。」
と言った。
「まあ、そこには固執しないけど。」
「部活動は多ければ良いってものじゃないし、名ばかり部ばかりで実態が伴ってるのは半分以下じゃないかな。」
「そう言えば、名ばかり部ってこの学校で一般的な名称なのかな?」
「それで。」
そう言いながら少し間を置き、考えた事を口にした。
「新聞部と写真部の共通点はもしかして、部員が佐々木先輩だけだったりする?」
そう言うと相楽さんは両手を机に叩き付け
「なんでわかったの!」
と言った。身を乗り出しながら言うものだから、俺は上半身を仰け反らせる。
「いや、相楽さんのさっきの話を聞いたら大体わかったよ。それに部員が佐々木先輩だけって知ってたらそうはもう答えだよ。」
相楽さんは何がという顔をして何も言わない。勿体ぶるつもりもないので一息吸って言った。
「佐々木先輩は、部活延命の為に所属していただけなんだよ。」
そう言ったが、相楽さん一瞬固まった。しかし、直ぐにああ!と言って一歩詰め寄る。
「部員は1人でもいれば廃部はしない、だから佐々木はそれぞれの部に居ながら活動はしなかったんだ。」
そう、佐々木先輩の目的は廃部にさせないこと。それだけであるため、活動をする必要はない。そして新聞部に相楽さんが入部したことにより佐々木先輩は新聞部に対しては役目を終えた。そして退部した。きっと新入生が入学するこの時期は小まめに入部の状況を確認したのだろう。
しかし、相楽さんは明るい顔からあれ?と言い
「でもなんで佐々木先輩はそんなことしてるんだろう。」
「さあ、先輩に頼まれたとか、知り合いに頼まれたからとかなんじゃない?」
「いまいちスッキリしないね。」
「折角手伝ったのに。」
そう口を尖らせると、相楽さんはごめんごめんと言いながら笑った。そして
「じゃあ、この説を検証しようか。」
と言った。
「検証?」
訝しんでそう聞くと相楽さんはさも当然と言わんばかりに
「そう検証。南君、写真部に入りなよ。」
と言った。
「嫌だよ。」
「そうしないと、南くんの説は実証されないよ!どこか分からないけど、校内で自分だけの部屋が手に入るんだよ」
「それは悪くないかな。」
小さな声でそう言うと、体育館から一際大きな声で「声出せ!」という声が聞こえた。
数日後、相楽さんは僕の名前で写真部の入部届けを書き、先生に「南くんが用事で出せないそうなので代わりに出しにきました。」と言って出してしまった。
非常に緩い先生であり、更に入部届けの提出期限一分前に出すという相楽さんの作戦により、俺はは写真部へと入部することになった。そして3年生の佐々木祥太郎先輩は俺の入部3日後に退部した。
なお、退部する為には1年間はその部活に所属していないとダメだということもわかった。これではやはり部の数は増える一方だ。
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