In the crowd
ASA
第1話
「ねえねえ、知ってる?Sグレードっていつからあるのか」
ものすごく甘そうな飲み物を飲みながら、ユエが言った。ゴシップや都市伝説を披露する時、彼女はいつも自慢げに鼻をぴくぴくさせる。
「どうせ、また変な動画とかで見た都市伝説でしょう」
ユエの隣の席に座って、豆乳ラテを飲んでいるハナが呆れたように言う。
「違うって、いや、ネットで見た情報もあるんだけど、それだけじゃないんだって!」
二人の向かいの席に座るわたしは、黙って抹茶ラテをごくりと飲んだ。随分長くおしゃべりしてるから、大分冷めてしまったが、まだ少し温かい。
夕方のカフェは、わたしたちのような女子グループやカップルで溢れていた。店内にはクリスマスツリーが飾ってあり、なんだかみんなうきうきした感じに見える。
「昔はさ、グレードはAまでしかなかったんだって」
グレード。それは、わたしたちの持つ能力の高さをランクづけしたものだ。何かのウイルスの影響か、はたまた突然変異から始まったものなのか、原因はわからないけれども、全人類の40%が何かしらの特殊能力を持つようになってから、もう長い時間が経った。と言うか、21歳のわたしたちは、この世界しか知らない。ずっと昔には、特殊能力の存在自体が疑われていたとは聞くけれども。
特殊能力は大きく分けて、人の心や記憶を読んだりするような精神感応系か、物理的に物を動かしたり、自分が瞬間移動したりするような念動力系の二種類だ。稀に、両方とも持っているようなすごい人もいる。それこそSグレードの人たちのような。でも、大抵は取るに足りないような力だ。ちょっと勘がいいのに毛が生えたようなテレパス、ごみを捨てるのがめんどくさいときに便利程度の軽い物体を動かせるだけのテレキネシス。力が発現した子どもは、毎年グレードテストを受けて、A〜Fクラスに能力分けされる。政府の発表によると、能力者の80%がDグレード以下だ。Cグレードは18%、Bグレードが1.8%。残りの0.2%がAグレード。さらにその0.2%の中で、ほんの少しSグレードとされる人が出てくることがある。国に一人とか二人とかだと思う、たぶん。
Cグレード以上になると、国の機関への登録が義務付けられる。そして、公務員となる人がほとんどだ。公務員になるのは強制ではないけれど、自分の能力を活かして働けるし、安定しているし。
わたしとユエとハナは、Cグレード能力者だ。ふたりはテレキネシス、わたしはテレパス。今は大学3年生だけど、卒業したら公務員になろうと思っている。
「ねえ、ちょっと、聞いてる?」
ぼんやりとクリスマスツリーを眺めていたわたしに、ユエがちょっとしかめっ面をして言った。
「ああ、ごめんごめん。なんだっけ」
「もー!だからね」
急に声を潜めるから、わたしとハナはユエに顔を寄せて、三人で内緒話をしているような格好になった。もう大人なのに、馬鹿みたい。ちょっと笑える。
「昔は、Aグレードの能力上限を超える人の存在は隠されてて、見つかったら問答無用で軍事協力させられてたんだってよ」
「はあ?能力の軍事利用は国際法で禁止されてるでしょ」
「だから、秘密ででしょ」
またそんな陰謀論みたいなことを…と呆れた声を出すと、ユエはムッとした声を出す。
「軍事協力を強要されて、断った人は消されてたんだってよ!」
「消されてって…そんなスパイ映画じゃないんだからさ。そもそもSグレードの人を制圧なんて、軍隊でも出さなきゃできないよ」
「だから軍が兵器使って制圧して処刑してたって話なんじゃん。こわ!」
「それで?なんで今は違うの?」
ハナはもう、ユエの話を映画のあらすじみたいなものとして聞くことにしたらしかった。
「それがね、そのとき」
「そのときっていつよ」
「うーん、わかんない」
「あんた、本当に適当ね」
「もー、いいからとりあえず話聞いてよ」
わたしはマグカップの縁をがじがじ齧りながら、二人のやりとりを聞いていた。二人の後ろの席には、若い男が二人、テーブルに向かい合わせで座っている。うん、二人とも随分イケメンだな。
「すごい能力者がいたんだって。グレードテストで、Aの基準値をはるかに超える数値を叩き出して、それでヒミツリに軍事協力を求められて」
ユエ、ヒミツリって言葉を使ってみたいだけなんじゃ。
「でもその人はつっぱねたんだって」
「へえ」
「そんで、協力しないなら命はない的なことになって」
わたしたちの国、随分悪どかったんだなあ…。
「その人は強かったから、一個小隊相手にすごく抵抗して、それでもやっぱり制圧されちゃったんだって。でも軍は殺さないでコールドスリープさせたんだって」
「なんで?」
「能力が高すぎて勿体無いから、薬物かなんかで自我を奪ってコントロールしようとしたとかって」
ほんとに悪いじゃん、我が国。
そう思ったとき、頭の中に見たことのない風景が流れ込んできた。あ、まずい。意識共有してしまう。
テレパスの能力が認められた子どもは、幼い頃から能力をブロック、セーブする訓練をさせられる。それは、自分のためでもあり、周りのためでもある。わたしもずっと訓練してきたので、無意識に人の心に入ってしまったり、記憶を見てしまうことは普通はない。よっぽど強い思念を相手が持っていたり、同じことを考えていたりしない限り。
それなのに、入ってくる。防げない。
====
真っ暗な中で潮の香りがする。波の音。
夜の海だ。わたしは、険しい岩ばかりの海辺に追い詰められていた。
こんなことがあってよいはずがない。こんなこと、許されない。許せない。
沢山の武装した人間に取り囲まれている。身体中が痛い。自分から血の匂いがする。それでも彼らの言うことを聞く訳にはいかない。いっそのこと、自分で海に飛び込もうかと思ったとき、あの子のことを思い出した。
今までも、こんなことが行われてきたのなら。これからも行われていくのなら。あの子はどうなる。あの子は多分、俺よりも高い能力を持っているのに。
ひたむきな瞳と、ふっくらとした子どもらしい頬を思い出す。
あの子をこんな目に合わせるものか。
====
「ちょっと、ほんとに聞いてる⁉︎」
ユエの声にはっとし、わたしは頭を軽く振って、その強烈なイメージを自分の中から追い出した。
「ねえ、なんか……大丈夫?」
わたしの様子がおかしいことに気付いたらしいハナが少し心配そうにしたが、わたしは少し笑って答えた。
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと、強烈な思念の人が近くを通ったみたいで、一瞬持ってかれそうになったけど、もう平気だから」
「でね」
ユエはかまわずに話し続ける。
「その人、能力を使った業務中に事故で海に落ちて行方不明のまま死亡、てことにされてたんだって。だけど、その人が死んだことを信じないでずっと探し続けた能力者がいて」
……海?なんだかちょっとさっきのイメージを思い出して気になったけれど、そのままユエの話を聞いた。
「家族とかだったの?」
「ううん、家族じゃないんだけど、幼なじみだったんだって。結構歳下の。兄弟みたいに仲がよかったんだってよ」
兄弟、と言う言葉に何か違和感を感じたけれども、どうしてかはわからなかった。もしかすると、わたしの感情ではないのかもしれない。さっきのイメージのせいで、わたしのガードがゆるくなってしまっているようだ。
頭がくらくらする。
====
あのひとは死んだりしない。あんなに強かったんだから。彼がいなくなってもう五年。もう、俺はあの時の彼とほぼ同じ歳だ。学校の帰りに彼が消えた海に来ることは、俺の日課になってしまった。
彼がいなくなってすぐの冬の日、小さかった俺は彼を探しにこの海へやって来た。真っ暗になるまで探しても彼はいなくて、でもどうしても一人では帰りたくなかった。その内雪が降ってきて、それでも帰りたくなくて、海辺の岩場に座り込んで眠ってしまった。岩陰に隠れた俺は翌朝まで見つけられず、凍死してもおかしくなかったと思う。
だけど、俺は無事だった。寒くもなかった。周りにはどっさり雪が積もっていたのに、俺はまったく濡れもせず、陽だまりの中で寝ていたみたいだった。
誰かが守ってくれたんだ。こんなことができるひとは、一人しかいない。
あのとき、俺はあのひとはどこかで生きていると確信した。そして、何があっても見つけ出すと決めたのだった。
====
「……え、ねえ!大丈夫?」
気づくと、ゆさゆさ、とハナがわたしの肩を揺さぶっていた。
「大丈夫?なんか、うまくガードできてないんだったら、あれ付けた方がいいよ」
あれ、とはテレパスが周囲の強すぎる思念や記憶を遮断するためのイヤホンのような器具で、ガードが下手な人はいつでも付けていたりする。でもわたしは、今までほとんど必要なかったので、一応持ち歩いているだけだった。
「ん、大丈夫。大丈夫だから、その後どうなったのか、教えて。ユエ」
「え、ああ、うん。ほんとに大丈夫…?それでね、その幼なじみは、六年かけてコールドスリープさせられてる彼を見つけたの。その幼なじみの方もAグレードだったんだけど、実際はSグレード同等の能力があったんだって」
気を抜くと、また誰かに頭を乗っ取られそうになる。わたしはこめかみを押さえながら、ユエの話を聞いた。
「それで、コールドスリープ装置から引っ張り出した彼を連れて逃げようとしたんだけど、軍に追いかけられて」
「……殺されちゃったの?」
「ううん。Sグレードが二人でしょ。ものすごく強くて、全然手が出せなかったんだって。でも、さすがに生身の人間だから追い詰められて、それで」
ユエは一拍置いて、続けた。
「空間を歪めて逃げたんだって」
「ハア?」
わたしとハナは、怪訝そうな声を出した。いくらSグレードだからって、そんな非現実的な。
「あ、信じてないでしょ!ほんとなんだって。あのさ、I県のM海岸てあるじゃない。封鎖されてるところ」
「ああ、なんか有害物質が発生してるってところでしょ」
「違うんだって。今も空間の歪みが残っていて、入り込んじゃうと別の次元か時間軸か、とにかくどこに飛んじゃうかわかんないんだって」
「ええ……」
「で、その事件がきっかけになって、きちんとSグレードってものが制定されて、軍事利用もしないことになったんだって。沢山犠牲者が出たから、内部告発とかもあって」
がたり。ユエとハナの後ろのテーブルの男二人が立ち上がった。ユエとハナは彼らに背を向けているから、わたしだけに彼らの顔が見えている。二人とも、二十歳をいくらか超えてるくらいに見えた。つまり、わたしたちと同じくらい。そして、二人はなぜか、わたしを見て少し笑った。
ひとりは、背は高いけれども華奢な身体付きをしていて、細くて長い首の上に小さな顔が乗っている。溢れ落ちそうに大きな瞳を細めて、にこりと笑った。口元の黒子が目を引く。もう一人も背は高く細身ではあったけれども、肩はがっしりとしていて、いかにもスポーツをしていそうだった。通った鼻筋に切れ長の目をしていて、わたしを見てにやりと笑った。
知らないひとたちに理由もなく笑われて、普通なら腹を立てたかもしれない。でも二人は、なんていうか、ムッとする気も起きないくらいに美しすぎた。
「でね!見てよこれ」
ユエが、じゃーん!と言ってスマホの画面を差し出して来たので、わたしは二人からユエへと視線を戻した。二人の男たちは、カフェの出口の方へと向かって行く。
「これ、その二人の写真て言われてるの」
ユエが見せてきたのは、随分古い2枚の写真をスマホで撮影したものを、さらにネットにアップしたらしきものだった。つまり、かなり不鮮明だ。けれども、1枚目の写真を見たわたしは、その中の一人の男に釘付けになった。
集合写真らしく、5人の男女が並んでいて、その端の背の高い男。ほぼ白黒のような、不明瞭な画像でも整った顔立ちなことが見て取れる。溢れ落ちそうに大きな瞳に穏やかな笑顔。口元に黒子が見えるような、見えないような。
わたしは急いで2枚目の写真にも目を向けた。そちらは、若い男一人だけの写真だった。挑みかかるように鋭い、切れ長の瞳。この顔は。
「ちょっと、どうしたの⁉︎」
ユエとハナの声に答える余裕もなく、わたしはものすごい勢いで立ち上がり、カフェの出口へと向かった。
あの二人は、と出口から出てきょろきょろする。
空はもう暗くなっていたけれども、クリスマスの飾りに彩られた街は明るかった。わたしの吐く息が白い。通りの向こうに、あの二人の後ろ姿が見えた。行ってしまう。
そのとき、二人が振り返って、またわたしを見た。頭の中に、声が聞こえる。笑いを含んだような。
<俺たちは自分たちを守っただけだったけど、なんだか役に立ったみたいでよかったと思ってるよ。きみみたいな子の>
<わたしみたいな?>
<きみがCグレード?>
面白そうにくすくす笑う声が頭の中に響いた。
<きみが俺たちみたいな目に合わない世界に生きているのならよかった。でも、たまには本気を出してみてもいいんじゃないかな。応援するよ>
黒子があるほうの男がわたしの目を見てにっこりと笑った。隣でもうひとりの男はつまらなそうな顔をしている。でも、不思議と彼ももうひとりの彼と同じように思ってくれているのが伝わってきた。ふたりとも、ひとことも言葉は発していないけれども。
彼らはまた前を向いて、そして歩き出した。ふざけて肩をぶつけ合ったりしながら角を曲がり、そして見えなくなった。
追いかけてみる?わたしもビルの角を曲がって?
少し迷ったけれども、やめておくことにした。あの二人はただの力の強めなテレパスで、わたしたちの話を聞いていてわたしをからかっただけかもしれないし。
まあでも、あんなレベルの二人のイケメンが仲良しなところを見れただけで、ちょっと寿命が延びた気がするかも、と思いながら、わたしはカフェへ戻ることにした。
ユエとハナには、飛び出したことをなんて説明しよう。
そして、いつもなんだか怖くて本気を出せなかったグレードテスト、次回はちょっと真剣に受けてみよう、と思った。もしかして、わたしも少しだけ誰かのために何かできるのかもしれないなら。
END
In the crowd ASA @asa_pont
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます