推して参る!

Ryu

第1話 推しのためなら死ねる

 推し。


 何か人に物事を薦めるときに使われたりするが、昨今は推しと言う時は別の意味で使われる。簡単に言えば、一番好きな芸能人やアニメキャラクターに対して、メチャクチャ好きですというような意味で使われる言葉となっている。


 例文をあげると、〇〇ちゃんを一番推してる。俺は○○推し。○○が最推し、〇〇しか勝たん、などなど。


「はぁぁぁぁぁぁぁ、今日も推しが輝いている……」


 ここにも一人、アイドルグループのメンバーの一人を推している若者、高校2年生の芦屋侑李あしやゆうりがいた。


 朝登校するまでの時間、朝番組で侑李の好きなアイドルグループ『アイ☆テル』がピックアップされて放送されていた。


「あぁ、しんどい。というか本当に彼女たちは俺と同じ人間なのか? あまりに尊い、あぁ、呼吸するのもしんどくなってきた」


「本当に好きねぇ、ゆーくん」


「おにぃ、キモチ悪い」


 お淑やかな雰囲気で長髪の方が6つ年上の姉のりん。近頃難しい年頃になったツンツンして髪を左右にちょこんとまとめているのが4つ年下の妹の咲希さき。二人に冷たい目で見られつつあるが、侑李は気にしない。なぜなら、推しがこんなにも輝いているからだ。


「全く……早起きしてテレビの前で正座待機しとるから何事かと思ったら……アイドルだったとは」


「この子達昨日も出てなかったかい? 最近の子達はみんな同じ顔に見えるわねぇ」


 祖父の宗一そういちと祖母の八千代やちよも侑李の勢いに圧され、引き気味だが、それでも侑李は気にしない。なぜなら侑李は今、最高にハッピーだからである。


「ねぇおにい。どうせ録画してるんでしょ? 私別の番組見たいんだけど」


「馬鹿なことを言うな。録画は後で観る用だ。生で見るから価値があるんだろうが」


「はいはい、言うと思いましたよー」


「はぁ……一生推せるな」


「カレンちゃん、だっけ? ゆーくんが一番好きな子」


「は、はぁ!? す、すすす、好きとか! あー恥っず! 推してるって言ってくれよな姉さん! あー! 恥ずかし! 俺は純粋にレンレンを応援してるだけだっつーの!」


 めちゃくちゃ早口だしめちゃくちゃキョドってしまう侑李。咲希からゴミを見るような目で見られてしまった。


「図星じゃん……きしょ」


「ぐ……」


 ここまでストレートにきしょいと言われると冷たい視線に慣れている侑李でも流石に傷つく。


「ばあさん。今日の祓い仕事は来てたか?」


「来てませんよ。ここ最近は平和ですねぇ」


「むぅ……平和なのはいいことじゃが……人が来ないのもなぁ」


「ウチのお寺、お参りに来る人少ないもんね」


「この前はお賽銭箱取られちゃったしね〜」


「盗人が……見つけ次第嬲り殺してやるわい」


「まぁ中身は入っていませんでしたけどね」


 家事情の会話をよそに、侑李はテレビに釘付けだ。


「じゃあ、私はそろそろ行くから」


「おう、気をつけて行くんじゃぞ。ほれ、咲希も侑李もそろそろ出なきゃ間に合わんぞ」


「はーい」


「先に行ってていいぞ。俺はダッシュで学校行くから」


「はぁ……その懸命さをもう少しウチの家業に向けてくれればのぉ……」


 祖父のぼやきをよそに、侑李は変わらずテレビから目を離すことは無かった。



「やばいやばいやばい……!」


 テレビにすっかり夢中になりすぎた。いや、テレビに夢中になるところまでは良かったが、その後余韻に浸りながら学校に向かっているとあっという間に時間が経ち、気づけば遅刻の可能性さえ出てきてしまったのだ。


「せ、セーフぅ……」


 全速力の甲斐あって、遅刻することはなく教室にたどり着くことができた。


 息を整えてからゆっくりと教室の扉を開くと、もうすでに生徒のほとんどが教室にはいた。談笑をしていたり、本を読んでいたりといつもより騒がしい光景だった。


 できるだけ人の多い通路を避けながら自分の席に辿り着く。これで遅刻回避は確定だ。


「お、侑李氏〜。今日はギリギリですなぁ」


「あ、おはよう金山くん」


 侑李の前にいる金山くんは侑李がクラスで気兼ねなく話せる数少ない友人の一人だ。メガネをかけて七三分けの髪型をしていることから、クラスの陽キャ連中からは『博士くん』と呼ばれている。ちなみに本人は知らない。侑李の趣味にも共感してくれて、毎日オタク談義で盛り上がっている。


「なに、あれですか? もしかして今日の『アイ☆テル』特集を余すことなく見てたってオチですか?」


「いやぁ、仰る通り……」


「くはぁ〜、やりますなぁ! 羨ましい……俺は録画で我慢することにしよう……ふぁ」


「眠そうだね……。あれ、昨日深夜アニメなんかやってたっけ?」


「いやいや、リアタイでアニメ見てたわけじゃなくてだな。一挙放送がニコ動でやっていたものでつい……」


「はははっ、それは長丁場になるね」


 なんていうような、何気ない会話を繰り広げる。興味のない人からすれば呪文のように聞こえてしまうかもしれない。


「あ、金山くん。肩に埃ついてる」


「ん。どこだ?」


「いや、取るよ。ジッとしてて」


 手で肩についている埃、ではなく微弱な悪意を持った霊魂をデコピンで祓った。


 危なかった。このまま放置していては霊魂は悪霊へと昇華し、金山くんに何かしら被害が出ていたかもしれない。


「うん、取れたから大丈夫だよ」


「おー、助かる。おや、なんだか肩が軽くなった気が……」


「気のせい気のせい」


 少しすると教師がやってきて朝のホームルームが始まった。そうして侑李のいつもの日常が始まるのだった。


 いつも通り授業を受けて放課後になった。部活へ行く生徒、帰らずに談笑している生徒、様々だ。


「それじゃあ」


「うん、また明日」


 金山くんは帰って早く寝たいとのことだったので、そそくさと帰っていった。きっと寝てからは深夜アニメに備えるのだろう。


「芦屋くん、ちょっといいかな?」


 自分もそろそろ帰ろうかと考えていた侑李に声がかかる。顔をあげ、声の主をする方を見るとそれは意外な人物だった。


「い、犬飼さん」


「わっ、覚えててくれたんだ。嬉しいっ」


「そ、そりゃあ同じクラスだし」


 話しかけてきたのは犬飼陽子いぬかいようこだった。綺麗な赤みがかった色の髪とボブの髪型が彼女の明るい性格に似合っている。誰とでも気兼ねなく友達のように話しかけてくるため、勘違いをしてしまう男子が多いと聞く。


 実際、今もクラスで目立たない存在の侑李にこうして話しかけてくれている。勘違いもしそうになっている。


「えっと、何か用、かな?」


「んーと……ここじゃちょっと話しにくいかも……ねぇ、この後って時間あるかな?」


(話しにくいこと……!?)


 侑李の体に電流走る。こんな陰キャに陽キャが話しかけてくる理由となれば、あれしかないと思ったからだ。


(……罰ゲーム、か)


 フッ、と鼻で笑う。漫画やアニメで見たことある展開だ。どうせクラスの陰キャに告白しよう、みたいな罰ゲームなんだろうと侑李は察した。


「いいよ。別に予定はないから」


「ほんとっ!? やった!」


 あぁ、演技とは思えないぐらい眩しい笑顔ではないか。一番いけないことは、場をシラけさせることだ、ここは乗ってやろうじゃないかと自分に言い聞かせ、侑李は陽子に引っ張られるようにして後をついていくのだった。



「……」


 連れてこられたのは超おしゃれなカフェ(スタバ)だった。侑李一人では決して入ろうなどとは思わない。周りの人たちもお洒落で店の雰囲気に馴染んでいる。


 侑李は席を確保し、注文は陽子に任せていた。初めて来た店で一人で注文するのは難易度が高い! なんて思っていたが、こっちも別の地獄が広がっていた。客層はほとんど二人組かおしゃれな雰囲気を漂わせている人たちばかり。学生服の侑李は少し、いやかなり浮いているように思えた。


(い、犬飼さ〜ん! 早く戻ってきてくれぇぇぇぇぇ!)


 心の中で叫びながら、スマホの画面と睨めっこして他の景色を入れないようにする。


(あ、レンレンが写真アップしてる)


 SNSを見ると通知が来ていた。『アイ☆テル』のメンバーであるカレン、通称レンレンがツイートをしていた。


『今朝のニュース特集見てくれたかな? すっごく緊張したけど、楽しかった〜!』


 という文章とともに写真がアップされていた。


「お待たせ〜! 席ありがとね!」


「い、いや! こ、こちらこそありがとう……」


 サッとスマホをホーム画面に戻す。心の叫びが通じたのか、割と早めに陽子が注文を終えて飲み物を持ってきた。


「ごめんね、急に付き合ってもらっちゃって」


「い、いやいや。どうせ帰っても暇だったし、ははは」


「ねぇねぇ! さっき見てたのって『アイ☆テル』のカレンちゃん!?」


「ウェっ!?」


 自分とは全く共通点がないと思っていた陽キャから思わぬ話題が振られたため、思わず声が裏返ってしまう。


「あ、ごめんね。チラッと画面見えちゃって。えへへ、実は最近私も気になってるんだ〜。違ったかな?」


「そ、そうっ! 今は『アイ☆テル』のセンターで、3人組のアイドルグループでセンターって別にそんな、って思うかもだけど練習とかもすごく真面目にしてるみたいだしファンとの交流もかなり活発にしてくれてそういうところを見るとセンターは彼女しかいないというかなるべくしてなったというか──あ」


 やってしまった……オタク特有の早口。


 あまりの勢いに陽子はポカンと口を開いたままだ。侑李がサーッと青ざめる。


「い、いやっ! 今のは、その──」


「すごいねっ! レンレンの事めっちゃ詳しいんだっ!」


「へっ……」


 予想外の返答。へ、へぇ……そうなんだ、的な冷ややかな、生ゴミを相手にするような反応が返ってくるかと思いきや、目をキラキラさせて食いついてきた。


「そっかぁ〜、カレンちゃんが推しなんだ。かわいいもんね〜」


「そ、そうそう。あはは、ごめん、めちゃくちゃ早口になっちゃって」


「ううん、ちょっとびっくりしたけどねっ。芦屋くんって、面白いね」


 なんてことだ。この少女は気持ち悪いと思うどころか、自分の事を面白いと思ってくれた。これはクラスの男子たちが勘違いしてしまうのも頷ける。


 それから『アイ☆テル』の話で盛り上がり、楽しくもドキドキする時間は過ぎていくのだった。


「あははっ。あ……ごめん! そういえば、一番話したいこと忘れてたっ」


「あっ……」


 そこで侑李は思い出した。なぜ陽子が自分のような人間に話しかけたのかを。告白の時間がやってきたのだ。罰ゲームでした、と告白される時間が。


「あのね……こんなこと、芦屋くんに言うのも恥ずかしいんだけど……」


「うん……」


 あぁ……モジモジしている様子も可愛らしい。だが、これも演技なのだ。心の中で覚悟を決める。


「あのね……」


「……」


 少し間が空き、陽子が口を開いた。


「芦屋くんって、霊感あるよね?」


「……へ?」


 告白、ではない。斜め上の質問を投げかけられて面食らってしまった。


「れ、霊感……」


「あっ、ごめんね。ちょっといきなり過ぎたかも。えっとね、うーんと……」


 どう話そうか頭を悩ませている陽子。順を追って説明してくれた。


「私、というか私の家系かな、みんな霊感があるの。っていうのも、ウチの実家ってお寺だから厄除けみたいな事もしてて」


「へ、へぇ」


「それでね。私も良くないものとか、見えたりするんだけど……芦屋くんも、見えてるんじゃないのかなって」


「ま、まさかぁ……」


「でも、今日の朝、金山くんの肩についてるモヤモヤ、取ってあげてたよね?」


 まさか見られていたとは、と侑李は驚いた。侑李の目にはしっかりと霊の形が見えていたが、陽子はモヤモヤと言うようにぼんやりと見えているらしい。


「えっと……」


 侑李は迷っていた。素直に打ち上げるべきかどうか。


 脳裏に蘇るのは苦い記憶。この体質ゆえに、周りと馴染めず孤独と隣り合わせの日々が思い出される。


「……見間違え、じゃないかな。俺にはそんな、幽霊とかは見えないよ」


「……そっか。ごめんね! 変なこと聞いちゃって」


 それ以上、陽子は何も聞かなかった。少し後ろめたさを感じながら、侑李は味がわからなくなった何とかペチーノを喉に流し込んだ。



「今日は楽しかった! じゃあ、また明日学校で!」


「う、うん。また明日」


 陽子と別れを告げる。結局罰ゲームなんてことはなく、普通にお茶をしただけであった。


「はぁ……」


 まさかあんなことを聞かれるとは思っていなかった。侑李自身、この体質を打ち上げるのには気が引ける。打ち上げているのは家族ぐらいだ。


「おにぃ……」


「うわぁ!? って、なんだ咲希か……」


 その家族の1人である妹、咲希がいつの間にか背後に立っていた。


「おにぃがこんなとこいるなんて、珍しいね」


「ちょ、ちょっと寄ってみたくなったんだよ」


「嘘。おにぃ絶対に一人じゃこんなお洒落なところ来れないでしょ」


「ぐっ……」


 鋭い。流石に妹なだけあってお見通しらしい。


「さっき、女の人と出てきたでしょ」


「み、見てたのかよ……!」


「……もしかして、罰ゲームとか」


 こんなところで自分と思考が重なるとは。嬉しいやら悲しいやら。


 咲希が心配そうにこちらを見てくる。冷たい態度を取ってきがちだが、根は優しい事は分かっている。


「……大丈夫だよ。そういうのじゃなかったから」


「……じゃあ、なんだったの? あの人、おにぃみたいな陰キャじゃなかったし。めちゃくちゃ可愛かったし」


 また心配そう、というか不満そうな顔をする。容赦ない物言いは変わらないが、まだまだ兄離れできていない様子も可愛いものだ。


「幽霊とか見えるのかって、聞かれた」


「あー、そっち系の話か。納得」


 咲希にも霊感があり、姿形がハッキリと感じ取れるのだ。侑李とは違って日常生活ではうまく立ち回ってはいるが。


「それで、祓ってくれとか言われたの?」


「いや、見えるのかって聞かれただけだよ。まぁ誤魔化しておいたけど」


「ふーん、まぁその方がいいかもね。そっか、それだけか。ま、そんなところだろうと思ってたけどねー」


 それ以上咲希は何も言ってこなかった。やけに機嫌が良さそうだったのは何故だろうか。



「「ただいまー」」


「はい、お帰りなさい」


 家に帰ると八千代が出迎えてくれた。


「おじいちゃんは?」


「まだお仕事中よ」


「へぇ、今日は仕事あったんだ」


「えぇ。張り切ってたわ」


 咲希と八千代が話しているのを横目に、自分の部屋へと直行する。


 部屋の電気をつけて、荷物を置いて制服をポイポイと適当に脱ぎ散らかし、部屋着に着替えてパソコンの前へと向かう。


「さて、アーカイブでも見ようかな……」


『アイ☆テル』は動画サイトでも動画を投稿している。動画サイトは非常に便利なもので、投稿された動画は何度でも繰り返し見ることができるため、推しの定期的供給が可能とすることができるのだ。


「はぁ……生きてるって感じがする……」


 推しが楽しそうに話している。それだけで自分の生きる糧となっているので推しは本当に偉大だ。


「ゆーくん、何見てるの?」


「何って、アーカイブだけ、どおおおおおおお!?」


 振り返ると姉の凛がメチャクチャ近い距離にいた。思わずパソコンの画面を閉じてしまった。


「びびびびびっくりしたなぁもうっ! ノックぐらいしてくれよ!」


「ノックはしたんだけど、ゆーくん返事なかったんだもん」


 侑李が動画に夢中になり過ぎていたせいで、ノックの音は全く耳に入ってこなかったらしい。


「それで、何見てたの?」


「な、何でもいいだろ」


 自分の推しの動画を見てた、といえばいいものを、中々家族には言いづらいものがある。変なちょっかいをかけられても面倒臭い。


「なんでもって──はっ!?」


「な、なんだよ?」


 みるみる凛の顔が赤くなっていく。髪を指で弄りだして、視線もあっちこっち泳いでいる。


「そ、そういうことなのね……ごめんねゆーくん。年頃の男の子だもの、そういうのを見たくなる時もあるよね」


「……なんか変な勘違いをしているようだけど、違うから。姉さんが想像してるものとは全く違うから」


「だ、大丈夫! お姉ちゃん、そういうことには理解ある方だから! 近親相姦モノとかでも許容範囲でオールオッケーだからっ!」


「何の話!? 頼むから落ち着いてくれ! あと近親相姦はオールアウトだ!」


 こうなると埒が明かないと思い、パソコンの画面を開いて説明する。そしてようやく姉の誤解を解くことができた。


「なぁんだ。びっくりした……」


「びっくりしたのは俺の方だけどな……」


 姉の口から近親相姦とか聞きたくは無かった。


「それで、何の用だったんだ?」


「あ、そうそう。お姉ちゃん、肩が何だか凝りやすくて……もしかしたら取り憑かれたりしてないかなーって」


 チラリ、と凛の肩を見るが取り立てておかしなところはない。というか、家の敷地内は寺なのだから、不浄な魂はよっぽど寄り付かないと思うが。


「おじいちゃん、今仕事中でしょ? ねぇ、ゆーくん。お姉ちゃんの肩に何か憑いてたりしない?」


 肩が凝りやすいのは絶対に胸のせいだろう。凛は年齢に反して滅茶苦茶な巨乳だ。それはもう道行く人、男女問わず一度は釘付けになってしまうほどに。どうやら巨乳は肩が凝りやすいというのは本当らしい。


「……はぁ、マッサージするよ、すればいいんだろ」


「え! してくれるの!?」


「へいへい、やりますよー。動画見ながらでもいいか?」


「やったっ」


 姉を椅子に座らせて肩を揉む。除霊を言い訳にマッサージしてもらいたいだけだろうが、と心の中で毒づく。


「んっ……はぁ……」


「おい……変な声を出すな。動画の音が聞こえないだろ」


「でも、声出ちゃう……」


「我慢してくれ」


「んぅ……んんぅ……んっ……!」


 なぜだ。なぜ我慢するように言った方がエロい声を出すのか。


「も、もうダメェ……!」


「もうダメはこっちのセリフなんだが……そろそろ出て──」


「……何やってんの?」


 部屋の入り口を見ると、咲希が覗いていた。


「ゆーくんに気持ちよくしてもらってて……」


「誤解を与えるようなことを言うな! ただの肩揉みだっ」


「……それにしてはエッチな声が」


「あーもうっ! ハイ終わりっ! 今日はもう店じまいっ!」


 姉と妹をやや強引に部屋から追放したところで、おばあちゃんから晩御飯の用意をしろとお声がかかった。どうやら家にいても供給は自由にできないようだ。



「侑李、お前には言っておきたいことがある」


「何だよ」


 顔を真っ赤にした宗一が声を大にして叫んだ。


「お前には、才能があるっ!」


 こりゃ相当酔ってるな……と家族から冷たい目を向けられるが、宗一は構わず続ける。


「頼む……! ウチを継いでくれぇ……!」


「ちょ、おじいちゃん。泣くの早いって」


「頼むぅ……!」


「まぁ気が向いたら」


「そんな遊び約束感覚ではなく……!」


 今日はいつもよりしつこい。さては仕事で少し手こずったのだろうと予想する。


「確かに……お前には酷な願いであることは重々承知している。実際、お前の父さんと母さんは今現在大忙しだからな」


 侑李の父と母は知る人ぞ知る霊媒師コンビだ。その需要は引く手数多で日本のみならず世界中を旅して除霊をしているぐらいだ。


「お前には……寂しい思いをさせてすまない……」


「いや、今はアプリで会話もできるし、時々ビデオ通話で顔も見て会話してるから大丈夫だよ」


「あぷ……? びで……? うおおおおおおおおおん! すまん侑李ぃ! ワシが難しい話をしたばっかりにおかしくなってしまったんじゃなああああああ!」


「いや、おかしくなってるのはおじいちゃんだから」


「ほら、宗一さん。そろそろお水飲んで」


 八千代が宗一の介抱に入る。これで少しは落ち着くだろう。


「むっ……」


 突然、宗一の顔つきが変わった。何か危険なものを探るように目ん玉をぎょろぎょろさせている。


(不浄の気配……どこじゃ)


 宗一が感じたのは怨霊になる可能性がある不浄の気配だった。かなり気配が薄く、どこにいるのか見当がつかない。


(くっ……祓い損ねたか……一体どこに……)


 宗一が血眼になって探すが、見当たらない。すぐに実害があるわけではないが、早く祓っておくに越したことはない。


「くそう! 一体どこにいるん──」


「咲希、ジッとしてて」


「え?」


 侑李が咲希の頭についていた不浄の塊を握り潰した。潰した後に予防の意味も込めて咲希の軽く頭を撫でてやる。


「ちょ……急に何すんの」


「悪い悪い。髪にゴミがついてたから払っただけだよ」


「……いいなぁ」


「別に、良くないし……」


 指を咥えて羨ましそうに侑李と咲希を見る凛。そして、口をあんぐりと開けて驚いている宗一。


(ワ、ワシが見つけられなかった不浄の気配を一瞬で……! しかもあんな簡単に祓いおったぁ……!)


「ん? どうしたのおじいちゃん」


「侑李ぃ……! お前というヤツはぁ……! お前は、ワシの自慢の孫じゃああああああああ!」


「うわぁ!? まだ酔ってるのか!?」


 宗一が抱きつこうとダイブしてきたので華麗に避ける。


「とにかく、俺は家を継ぐと決めたわけじゃ無いから。それに、今だって家の手伝いしてるじゃないか」


「あーんなのただの境内の掃除じゃろがい! どうじゃ! 明日からでも祓い仕事をやってみんか!?」


「明日は生放送あるからやだよ」


「ぐぬぬぅ……」


 宗一は目をウルウルとさせる。


「そんな可愛げを出されても……じゃ、そういうことで」


「あ、こら待たんか侑李!」


 宗一から逃げるように二階へと逃げる侑李だった。



「ふぅ……」


 風呂から上がり、ベッドへと倒れ込む侑李。


 風呂に入る時宗一がいないか警戒していたが、あの後飲み直したのだろうか、居間で大の字になって寝ていた。


 白い天井を見つめて、宗一に言われたことを思い返す。


「継いでくれって言われてもなぁ」


 確かに、自分は霊が見える。その霊に対しても、どうやったら祓えるかも感覚で理解している。しかし、それが自分の才能かと言われても全く実感がない。もしかしたら宗一が煽ているのかも、なんて考えてしまう。それに、普通の人からしたら気味悪がられるに違いない。


「あー、やめやめ」


 宗一の話に入れ込み過ぎたと思い、ベッドから起き上がりパソコンを開く。椅子に座り、自然と姿勢が正される。


 画面の中では数え切れないほど繰り返して見た『アイ☆テル』の新曲、『恋だよっ!』が流れている。初めはイントロを聞いただけで膝から崩れ落ち、歌い出しと同時に涙が零れ落ちて、サビからラストまで視界が涙でぼやけてほとんど見えなかったが、繰り返し見るうちにしっかり見ることができるようになった。


「うーん、やはり何度聞いてもいい。これを聞けば生きてるって実感が持てるなぁ」


 推しが輝いている。それだけで侑李は今日生きていて良かったと思えるのだ。これからもずっと、推しが俺の支えとなってくれるだろうとこの時は思っていた。



『えー、速報です。人気アイドルグループ『アイ☆テル』のセンターであるカレンこと遠山カレンさんですが、芸能活動を休止すると情報が入りました』


「……」


 ……何だって? よく聞こえない。確かに、アナウンサーの言っている言葉の意味は分かる。意味は分かるが、分からない。頭が理解していない。理解を、しようとしていない。


『えー! 初めて聞きました! ショックですぅ』


『えっ!? マジっすか!? 人気だったのに……残念ですね、えぇ』


『うわー、マジですかぁ……俺結構好きだったんすよ、うわー』


 街頭インタビューで一般人の反応が流れる。


『私たちは、カレンが戻ってくるのを信じて待っています』


『カレーン! 絶対またライブで一緒に歌って踊ろうねー! 待ってるからー!』


『アイ☆テル』のメンバーも遠山カレンの活動休止に対して前向きに捉えている。


 そう、前向きに、芸能活動休止を受け入れている。


 受け入れられていないのは、この場で自分だけだ。


「おにぃ」


「ゆーくん……」


「え、あぁ」


 凛と咲希、二人で固まっている侑李を見る。昨日はしゃいでいた姿はどこにもなく、ただただぼーっとテレビを見ている侑李がそこにはいた。


「侑李、早く食べないと間に合いませんよ」


「あ、あぁ。そ、そう、そうだよな」


 八千代はそう言うが、全く食欲が湧かない。自分がお腹が空いているのかも、よく分からなくなっている。


「……まぁ、なんじゃ。活動休止なんじゃろ? だったらひょこっと戻ってくるじゃろ」


「そうだよおにぃ。大丈夫だって」


「うんうん、きっと戻ってくるよ。ほら、メンバーの人たちもそう言ってるし」


「……」


「……? おにぃ、どうし──」


 そこで、侑李の意識はシャットアウトしてしまった。遠くの方で家族が呼びかけてくれているようだが、侑李には届かず、ただ意識は闇の中へと落ちていった。

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