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私は電子の世界にどっぷりはまり、自宅へ戻った後、回線契約の手続きを行った。
スマホでもネットはできるが、十分に堪能するためにはやはりパソコンはあった方がいいとのことだからだ。これは先日、例の掲示板で聞いた話だ。
両親はネットについてはからっきしのため、仕事のことで必要だからと話をして納得してもらった。
それから回線工事が済むまでの二ヶ月の間、
私は頻繁にネットカフェで過ごすようになった。
ただ入り浸ってる訳ではなく、ネットに出ている求人を調べ、実際仕事探しもそこで行った。
職安へ行くよりずっと気楽だし、内容の幅も広くていい。
工事に費用がそれなりにかかることもあり、仕事探しも本気になった。
正規雇用ではなかったが、賃金が高めの働き口も見つかり、それまでよりも遙かに仕事に身が入るようになった。
そして、自宅でネットが使えるようになると、徐々に外に出かける頻度は下がっていった。
仕事のための外出も例外では無かった。
当然両親は文句を言うが、もっと条件のいい仕事を探すためだと言い返すと、ネットに疎い両親は黙った。
それに、今までの貯蓄があるので回線料金も合わせて生活費を入れることは可能だ。これ以上文句は言わせない。
それからというものの、私はいくつかのSNSを利用し、
そこで今までに無かった交友関係を築くことができた。
世間ではネットによる害などが囁かれているが、なんてことはない。
現実ではなかなか腹を割って話せないようなことも語り合え、
本では知り得ない生きた情報も手に入る。
たくさんの物事を学べる最高の環境だ。
こんなに素晴らしい空間に出会ったのは、生きてて初めてかもしれない。
そのうち私は、多種の仕事に就いた自身の経験を綴ったブログを立ち上げた。
それほど大したことは書けなかったが、私がそれまでフォローしていた有名なブロガーが紹介してくれたことで、今では日記を書いてるだけで収益が入るまでとなった。
たくさんの読者が私のことを褒め称えてくれた。それが何より嬉しかった。
だがその中には、ブログの内容に対する批判のコメントもあった。
最初は、それも仕方ないと思い真摯に受け止めていたが、
「有名ブロガーに紹介されただけのくだらない人間」「お前の人生はからっぽだ」
といった私自身に対する罵倒も現れ、心を大きく抉られた気持ちになった。
ブログの運営に通報をするなど対処しても、中傷がなくなることはなかった。
それから毎日行っていたブログの更新をやめてしまい、しばらく塞ぎ込んでいた。
ネットと出会って、ようやく見つけた自分の居場所を、無理矢理奪われたような思いだった。
それでも自分を賞賛してくれる快感を忘れることができず、SNS自体をやめるということはなかった。
だが、自身の意見に対して少しでも否定的な声があると、気が大きく沈むようになっていた。
そしてある時、私に懇意にしてくれるユーザーが、私を中傷するユーザーと仲良くしているのを見た。
互いにフォローし合っており、好意的なコメントを残し合う関係だったのだ。
なぜ?
どうしてそんなヤツと楽しそうにお喋りしているの?
それまでネットは楽しくて愉快な場所だったのに。全く見える景色が変わっていた。
また否定されるんじゃないか、そう思うとネットに文章を残すという行為が恐怖でしかなかった。
しかし私はもう、ネットをやめることはできない。生活の一部となっていたからだ。
そこで私は気付いた。一切、批判の声は残せない、運営によるコメントのチェックが厳しいSNSだけを利用すればいいと。
私に対して優しい言葉をくれる人だけが欲しい。
私のことを肯定してくれる人だけが傍に居てくれれば、それでいい。
「いつも応援しています」
ありがとう。
「それは許せないですね」
そうでしょ?
「貴方のようになりたいです」
私の言うとおりにすれば大丈夫。
「その人の考えも一理あるような気がします」
うるさい。
「流石に難しいかもしれませんね」
偉そうに意見するな。
同調する気のないコメントは削除し、そのユーザーもブロックした。
もう誰にも邪魔はされない。
これで、私にとって理想の世界を作り上げることができる。
何やら、両親は不安そうな顔で私を見ている。
心配は要らない、ネットでお金も稼げるし生活に支障はないから。
悪意のない、誰も傷つかない世界で、私は生きているのだから。
「楽園」 爆裂五郎 @bi-rd
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