【短編】子供ガチャ。【5000字】

湊月 (イニシャルK)

子供ガチャ。

「いらっしゃいませ! 今日は『ドリームフェス』で、SSR・URの子供の排出率がなんと二倍となっております!」



 ある夫婦が揃って来店し、獲物を見つけたとばかりに、狐の面をつけた性別不詳の店主が声をかけた。



 品のある柄物のスーツを纏い、高価そうなアクセサリーを身につけた、いかにも婦人といった妻。


 整えられた髭がダンディーさを醸し出す、黒のスーツが良く似合う、いかにも紳士といった夫。



「知ってるわよ。だから来たんじゃない」



 勢いよく突っかられ、女は不機嫌そうに顔を顰める。


 そして腕を組み、ヘラヘラと笑う店主を偉そうに見下した。



「これはこれは失礼致しました。それでは私がご案内させていただきます。今は『優等生ガチャ』もございますが――」


「もちろんそれよ。『ノーマルガチャ』なんて誰が引くもんですか。わたくしたちがそんな貧乏人に見えて?」


「いえいえ滅相もない! しかし、なるほどなるほど。頭の出来が良い子供がご所望ですね」



 それではこちらに、と言って店主は二人を案内する。


 殺風景な一室には、巨大なガチャガチャが構えている。


 これから自分たちが産む子供を決めるガチャだ。



 看板にはレアリティ毎の排出率が記されている。



・N……5パーセント


・R……15パーセント


・SR……50パーセント


・SSR……28パーセント


・UR……2パーセント



 社会的に良い子供とされるのは「SR」以上。


 それ以下は素行不良や成績不振、引きこもりやニートなど社会的に出来の悪い子供となる可能性が高いため好まれない。



「1回4000万円となります」



 ノーマルガチャは1回3000万円だが、優等生ガチャはそれよりも高い。


 22年ローンで支払うとしても、一般の家庭ではなかなか手の出せない代物だ。



「いいけど。本当に知力値の高い子供が出るんでしょうね」


「はい。ですがこの看板の通り、20パーセントの確率で『N』か『R』の子供が排出されます」


「その場合はもちろん破棄するわよ。流産手術リセットは可能なのよね?」


「費用は10万円となります。しかしリセマラはあまりオススメはしませんよ?」



 破棄した時点でガチャ料金は返金されるため、中には「UR」が出るまでガチャを引き続けるものもいる。


 実際、単純計算で500万円あれば引き当てられることになる。



「安心したまえ。私は外科医でね。お金には余裕があるんだ」



 夫がネクタイを締めながら自慢げに宣う。


 と、裾からブランド物の腕時計がチラリと顔を出した。


 なるほど。妻がこれほどに傲慢になるわけだ。



 難関大学を首席で卒業し、学歴や職業で人を差別する夫。


 夫マウントで他人を見下す、プライドだけは一丁前の妻。


 そんな夫婦が『優等生ガチャ』を選択するのは当然のことだった。



「子供には医学の道に進んでもらおうと思っていてね。知力値が低い不良品ではダメなのだよ。それにバカな子を持つと私の顔に泥を塗ることになるからね」


「そうよ。わたくしたちの子供になるからには、優秀な子でなくちゃいけないわ」


 

 欲望とプライドが肥太った顔面が笑う。


 店主は狐の面に隠れた眼で、二人を冷たく蔑視した。



「それではこのレバーをお引き下さい」



 妻の方が前に出て、レバーを力強く引っ張る。


 ガチャガチャが轟音を立てて震え、奇怪な光とともに一つのカプセルが転がってきた。



 青のカプセル。青の燐光。


 その光景を眺めて夫婦は揃って顔を顰めた。



 「SR」は銀、「SSR」は金、「UR」は虹と確定演出が異なっているため、低レア度……彼らが言うところの『ゴミ』が出たことは明らかだった。


 カプセルの中の紙には、無情にも「356番 レア度 : N 性別 : 男」の文字列がある。



「な……ッ! ノーマルですって!」


「しかも能力値がゴミだな。知力、身体能力、理解力、判断力、協調性、全てが平均値を大きく下回っている。加えて『特筆すべき事項 : なし』か。正真正銘の不良品じゃないか」


「その子供でよろしければ、こちらの――」


「冗談じゃないわ! もちろんこんなゴミクズはリセットよ!」



 そう言って母親は紙をクシャクシャにして放り捨てた。



 店主は落ちた紙を眺める。


 あの子供はもう産まれることがないのだ。


 霊魂はこれからも天界を彷徨い続ける――。



「……では、もう一度レバーをお引き下さい」



 今度は夫の方が前に出て、レバーを力強く引く。


 ガチャガチャが轟音を立てて震え、虹色の燐光を放ち、虹色のカプセルが転がってくる。


 先程とは裏腹に、その光景に二人は歓喜して声を上げる。



「やったわ! ウルトラレアよ!」



 虹色に煌めくカプセルの中の紙には、同じく虹色で「25番 レア度 : UR 性別 : 男」の文字列が刻まれている。



「これは素晴らしい! 知力、身体能力、理解力、判断力、協調性、全ての能力値が桁違いに高い! しかも『芸術的センス : ◎』『リーダーシップ : ◎』とは! まさに日本の未来を背負って立つ逸材だ!」


「ええ! わたくしたちの子供に相応しい能力値よ!」



 夫婦は歓喜し、興奮を分かち合う。


 先程捨てた紙を踏みつけていることにも気づかず。



「それではこちらの書類にサインを。子供の名前はいかがなさいますか?」


「ああ、もちろん決めているさ。日本の未来を背負って立つ男だからな。勇ましい名を授けてやらないと」



 二人は声を揃えて高らかに宣言する。



「「名前は――騎士斗ないとだ(よ!)」」



 そう宣言した瞬間、「25番」の代わりに「騎士斗」という名が刻まれる。


 この子がこれから、ゆりかごから老人まで、一生涯背負うことになる名前だ。



「大切に育てましょうね。いっぱい本を買ってあげなきゃ」


「ああ。帰ったら息子のために人生計画を立ててやらねばな。そうだな……まずは知り合いに頼んで、名門小学校への席を用意してもらおう」


「それより先に幼稚園でしょ。凡人と関わらせるのは、この子にとって悪影響になるわ」


「それとアニメや漫画といった腐敗芸術からは遠ざけよう。芸術的センスがあるのなら、クラシックを聞かせたほうがいい」


「美術館にも積極的に通って、感性を養わせましょう」



「「――この子のために!」」



 二人の声が重なる。


 子供のため。子供のため。子供のため。


 羽をもぎ、自由を奪い、鳥籠の中に閉じ込める。


 現代社会が生んだ典型的な毒親。善意の皮を被った悪意。


 あなたのためと、子供に理想や価値観を押し付けるタイプだ。



 店主が呆れ返り、嘆息したその時――




『足、どけてもらっても構いませんか?』




 二人の感涙に水を差すように、女の足元から、鈴の音のような綺麗な声が響いた。


 見下ろすと、質素なスーツを着た華奢な女性が、ハイヒールに踏まれた紙を取り出そうとしている。


 年齢は二十歳前後だろうか、まだあどけなさが残る女性だ。


「何よ、急に! 人の足元から、失礼だとは思わないの!」


「……足を、どけてください。命を踏んでいます」


「あら、これは失礼。ゴミを捨ててくださるのかしら?」



 不必要にハイヒールを拗らせ、女は足をどける。


 華奢な女性は、クシャクシャになった紙を優しく拾いあげると、破けないようにそっと広げ、愛おしそうにその文字列を読み始めた。



「ゴミじゃないです。命です。どの子も、私たち大人が愛さなければならない尊い存在です」



 彼女は苦しそうに言葉を絞り出した。


 目じりに薄らと涙を貯め、唇は憤るように震えている。



「何、この女」


「放っておきなさい。教養の乏しい下々の人間の考えだ」



 二人は彼女の言葉を一蹴し、蔑むように睥睨する。



「君のような低俗な人間には分からないだろうが、私たちにはこの国の未来の支える義務がある」


「だとしても、子供がその義務を背負わなくちゃいけないなんておかしいですよ」


「さっきからあんた何様なの! 他人の家庭に口出さないで頂戴!」



 確かに、彼女は他人でしかない。


 他人の家庭に口出しすることもまた、同じく価値観を押し付ける行為だ。


 しかしそれが認められてしまえば、虐待は消えない。



「子供は、自分をよく見せるためのアクセサリーでも、出来栄えを競い自慢するための作品でもないんです。生きてるんです。それぞれが幸せの形を見つけ、自由に羽ばたいていけるんです」



 彼女は拳を握りしめ、震える声で訴える。


 それは上辺だけの言葉ではなく、本物と呼べる心の叫び。



 『淀み世代』――それは加速する経済不況と学歴社会に伴って、成績不振の子供が不良品やガラクタと罵られ、虐待の件数が膨れ上がった世代のことだ。



 その夫婦もまた、その世代の被害者であった。


 夫の方は、子供の頃から英才教育を施され、娯楽は排除され、友達を選ばされ、親の理想のために外科医になった。


 妻の方は、幼い頃に父親から虐待を受け、水商売を営んでいた母親から、女は男に縋って生きていくのだと教えられた。



「何を言っている。子は親の所有物だ。育ててやった恩に報いる義務がある」


「やめてください、そんな言い方! 親は子に愛を与え、子は大人になって我が子に還元する。そうやって命は紡がれているんです。子供に与えた愛情に見返りを求めるなんて……そんなのは残酷過ぎます!」



 虐待を受けて育った親は、虐待に走る確率が高くなる。


 愛情を与えられなかった子供は、愛し方を知らない。


 その夫婦の歪んだ考えは、育った環境ゆえのものだ。



「親の役目は、子供のためにレールを敷くことじゃないんです。一人で壁を乗り越えるための知恵と力を与えて、自由に選択させてあげることなんです」


「理想論だな。この実力主義の現代社会において、能力の低い者は見限られ、『存在価値』を幾度となく問われる。そして生きる意味を見い出せなくなり、それこそ、生まれない方が幸せだと感じることになる。――ならば我々親の役目は、より洗練された能力を持つ子供を世に送り出すことだろう」




 そう偉そうに持論を展開するその男は、生まれつき物覚えや要領が悪く、何度も親に見放されていた。


 それでも愛されるために、血のにじむ努力を重ね、有名国公立を主席で卒業するに至ったのだ。



 その過酷さを知っているからこそ、男は能力値の低い子供は産まれない方が幸せだと思い込んでいる。



「……そんなの、絶対に間違ってます。子供は望まれて産まれてくるものであって、望んで産まれてくるわけじゃないんです。だから『産まれてきてよかった』って、そう思ってもらえるように愛さなきゃいけないんです」


「愛すさ。我々の形でね。――君にもいずれ分かる。能力の低い子供を持つことが、どれだけ残酷なことか」



 心の叫び虚しく。その夫婦は手続きを済ませ、脇を通って帰っていく。


 立ちすくみ、今にも泣き出しそうに唇を噛んだ彼女は、それでも優しく微笑んだ。



「店主さん。私、この子にしてもいいですか?」


「別に破棄される前なので構いませんが……それでいいんですか? その子供はノーマルレアですよ」


「関係ありませんよ。親にとって、子供は等しくかけがえのない宝物ですから」



 彼女は慈愛に溢れる笑みを浮かべる。


 それはまさしく、今は失われた本来あるべき母親の在り方。


 出産をメリットデメリットでしか論じれなくなったこの現代社会にも、まだ希望はあるのだと思える。



「それに、確かにこの紙に書かれているのは正しいのかもしれません。でも、これが全てじゃないですよ。ここには一番大切なことが書かれていませんから」


「一番大切なこと、ですか?」


「心です。この子が何を感じ、何を考え、何を好み、誰を愛し、どう生きていくのか。それはこの子だけのもので、誰にも分かりません」



 その全てが愛おしい、と彼女は微笑む。



 家族と言えど、他人は他人だ。親が子の考えを完全に理解することなんてできない。


 であれば、親が子を幸せにするなんてこと自体が、もしかしたら傲慢なのかもしれない。



「では、書類にサインを。そしてその子の名前を」


「はい。生前の夫と話し合いました。この子には元気に明るく育って欲しいですから。――陽向ひなた、と」


「良き名ですね」



 「356番」の代わりに「陽向」と刻まれる。


 子は在り来りでつまらないと感じるかもしれない。


 だけど、どこか温かみを感じる名前だ。



「……旦那さん、亡くなったのですか」


「はい。先月、他界しました。……店主さん。私、この子を育てられるでしょうか」


「大丈夫ですよ。息子さんは立派に育ちます。私には未来が見えますので」


「ふふ。ありがとうございます、店主さん」



 彼女は嫋やかに微笑み、丁寧に会釈する。


 そして踵を返し、家庭へと帰っていった。


 その門出を祝福するように、どこからか鐘の音が鳴った。



「強く逞しい、うら若き母に幸あれ。我々一同、天界より見守っております」




 ――その四年後、陽向と騎士斗は、揃って同じ幼稚園へ入園することになる。

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