走光
Miyazawa5296
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何故、虫は自らの行動の齟齬に気が付く事が出来ないのだろうか。
好物の600gのミディアムレアステーキを前にして、どんなステーキソースをかけようかという当然かつ最善の思案を抱くより先に、佐柳は虫の思考について考えていた。
普段は食事時に虫の事なんて考えない。むしろ食欲が減衰してしまいそうになる為、頭の外へとバグをフェードアウトとするはずだ。
そのはずなのに今、この時だけは3ミリ程度の虫の姿が頭の中心から離れていかない。
佐柳は再度、目下のステーキを見つめた。鉄板の上で熱せられた牛肉の塊がジュウジュウと香ばしい香りと煙を上げていて、実に美味しそうだった。
口内に唾液が溢れる。
テーブルの端に置いてあった、冷水の入ったコップを掴み、佐柳は水を一口飲み込んだ。
街灯の光に集る虫を振り払うが如く、水で自らの体の奥底へと押し流してしまおうと思った。
無心でフォークとナイフを手に取る。
左手のフォークで肉を捉え、右手のナイフで肉を切っていく。刃を入れると肉汁が溢れ出し、程良く焼けた薄桃色の断面に艶を付けた。
肉の脂の香りがダイレクトに鼻に伝わってくる。佐柳は舌なめずりをした後、その肉を口へと運んだ。
咀嚼する度に解ける肉質。そして肉汁が口いっぱいに広がっていく感覚が全てを支配した。
美味い。やはり肉を喰らうという行為は素晴らしい。佐柳は一人囁く。
佐柳はある程度食べ進めた後、テーブルに置いてあるソースの数々の中からガーリックオニオンソースを把持した。
それを鉄板と肉の上に回しかける。
落ち着いていた熱もソースがかかった事により、再びジュウと声を上げた。
途端に周囲にガーリックの芳しい香りが立ち込める。
佐柳は肉の一切れを鉄板の上に広がったソースに目一杯絡ませ、頬張った。
それからの時間は至高の一言に尽きる。
だがそんな愛おしい時間ほど、過ぎるのが早く感じてしまうもので、ナプキンで口元を拭い、会計を済ませ、車に乗り込む頃には例の虫の事をぼんやりと考えてしまっていた。
佐柳は溜息をつく。
一息つこうかと煙草を胸ポケットから取り出した、その時だった。
携帯が激しく震える。画面に目をやるとそこには上司の名前が映し出されていた。
突然の連絡に取り出した煙草を助手席に放り投げ、佐柳は画面をスワイプした。
「佐柳です」
『今から、マリポサまで来てくれ。詳しい要件はそこで話す』
「分かりました。急行します」
たった二言の内容。
だが上司の命令は絶対だ。
佐柳はキーを挿し込み、エンジンをかける。
食後の一服はまた後か……。
佐柳はカウンターで貰った、ミントフレーバーの飴を口に含み、転がしながら目的地まで車を走らせた。
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