日頃みなれているものがネットで有名なアレだった

優美香

プロローグ

「あんたの東京弁が嫌いや!」

 公民館の集会室。隣家の婆さんが声を張り上げる。先々週に転居してきた挨拶に行ったときから、面白くなさそうな顔はしていた。あのときは、なにが気に入らないのかわからなかったけれど、そんな理由か。

「ここはヨソもんに住んでほしないんやわ!」

 あまりのくだらなさと情けなさに泣きそうになる。そんなわたしに、スクールヘルパーのお爺ちゃんが肩を叩く。

 お爺ちゃんは、そっと耳打ちをしてきた。

「あの婆さん、田舎者やから。気にせんとき」

「すみません」

 ちいさな声で会話をしていたつもりだったが、婆さんの理不尽な怒りの火に油を注いだようだった。

「どうせウチの悪口でも言うてるんやろ! 鶴野さんも、ちょっと若い女が引っ越してきたからて、ええ人ぶってからに!」

 スクールヘルパー鶴野さんは「まぁまぁ。落ち着きぃや田中さんもやぁ」と、うんざりした様子だ。周りの高齢者たちも、ドン引きである。

「せっかく自治会に、若い夫婦が越してきてんからな? また前みたいに半年で追い出したいんか? えー?」

 あくまでも、のんびりした調子の声色だったけれども。充分に威力があったらしい。田中の婆さんは鶴野さんを上目遣いしながら、顔を引き攣らせている。そして、ブツブツ攻撃に変えてきた。

「そんなん言うて、どうせ陰で『東京ではこうやのに、ここは田舎やから』って、いちいち文句ばっかり言うんやろ? 今まで引っ越してきたヨソもん全員そうやったわ」

 鶴野さんの隣に座っていた、同じくスクールヘルパーお爺ちゃん・瑞貴さんが口を出す。

「あのな婆さん? 今日は自治会のゴミ出しの場所を変える話し合いの場やろ。あんたの『ヨソもん憎し』文句に付き合ってる暇なんかないんやで? この人、毎朝ちゃんとワシらに挨拶もしてくれるし、バス停周りのゴミ拾いも進んでしてくれてるんよ。全然、普通のお姉ちゃんやわ。そんなことよりも、さっさと会議を終わらせるように協力してもらいたいわ。ワシ、はよ寝たいねん」

 瑞貴さんが「この人」といったのは、わたしのことだ。通勤のときに使う道が近所の小学校の通学路も兼ねているため、自然と挨拶もするようになる。

 バス停の辺りは交通量も多く、児童のためにスクールヘルパーも多めに置いているっぽい。引っ越してきてから二週間ほどしか経っていないけれども、気さくに話しかけてきてくれたりして有難いと感じていた。

 田中の婆さんは、瑞貴さんの他にも瑞貴さんからも窘められたせいか。ようやく唇をヘの字に結ぶ。他に集まっている自治会の住民たちは、何事もなかったかのような顔をしていた。

 内心ため息をつきながら、あらためて配布物を見る。A4版のコピー用紙に、大きめのフォントで綴られている文字が異国のもののように思える。

 ―—ゴミ収集日と、収集時間が変更になりました。各々は毎朝8時までに所定の袋に入れて、ゴミを出してください。

 ふと気がつくと、鶴野さんが。つんつんと、わたしの肩をつついていた。

「はい?」

 そちらに目線を映す。すると鶴野さんは子どものように頬をゆるめた。

「この会議が終わったら、ちょっと付き合ってくれるか?」

「えっ?」

「たいしたことないわ。外の自販機の前で、一緒にコーヒーでも飲もか、言うてるだけや」

「は、はあ」

 ぼんやりした返事をしたつもりだったけれども、さっきまでの反動なのか? ホッとしたように笑顔が出てしまう。

「アイスコーヒーがいいですね」

「年金生活者に、奢れって言うんかぃ」

 鶴野さんは楽しそうに肩を揺らす。

「ついでやから、近所のオモロイ話も教えたるわ。この夏も、暑ぅなりそうやからのー」



 




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