第3話
恋に落ちるきっかけはドラマや映画で語られるほど複雑ではないとは言うが、私の場合も同様だった。ただ講義で横に座り合わせ、わからない箇所を教えてもらった。それだけだ。
それですら、恋に落ちるには充分すぎるほどだった。
大地は黒の爽やかなショートヘアと細身の割に筋肉をつけた体が特徴的の、ザ・好青年といった感じの人だった。毎日のように青色系の服に身を包んでいたから、同学年の中では結構目立った方であったのを覚えている。
そんな彼と付き合い始めたのが2年生の秋のこと。私も彼も恋愛経験のれの字もなかったからか、最初はなにもかもが手探りだった。一緒に歩いた雪道で転び、バレンタインチョコレート作りに見事に失敗した。喧嘩もしたような気がする。
でも、その全てが甘酸っぱく、好きで満ち満ちていた。
彼が自分の趣味について語ってくれたのは、学年が変わった3年の梅雨だった。
「話してなかったと思うんだけど、俺、サーフィンの部活立ち上げようと思うんだよね」
――サーフィン?大学のラウンジで椅子に座りながら、私はきょとんとした表情で聞いたのを覚えている。それもそのはず、大学があるのは内陸県で、海なんてものは程遠い存在だったからだ。
現に、私も海なんてものは見たことがない。高校の修学旅行だって伝染病の流行で中止になったもんだから、そもそも機会がなかったのだ。
「え?サーフィン好きだったの?」
「まあ、うん。夏になったらよく海まで遊びに行ってたし」
「へえ〜、そうだったんだ」
ちょうどその頃は大学内でも就活やら進路やらの話が出始め、皆が辟易していた時期だった。私自身、なにをすればいいのか全くわかっていなかった。趣味すら胸を張ってはっきりと言えるものは思いつかなかった始末だ。
そんな状態だったから、趣味と目標の2つを持ち合わせている彼が、凄く羨ましかった。
「これ、俺のお気に入りの画像。いいでしょ」
彼が机越しにスマートフォンを見せる。画面に表示されていたのは、海をバックにサーフボードを手に持つ大地の裸姿だった。
「宮崎で撮ったやつ。よかったら
「ほんと?嬉しい〜」
スマートフォンの共有機能を使って、写真が送られてくる。私はそれを早速ホーム画面の壁紙にした。
「そうだ、今度私も海に連れてってよ。海見たことないんだよ」
「うん、いいぜ。じゃあ梅雨明けたら早速行くか」
「うん!」
私は写真の大地と同じくらい、満面の笑みで返事をした。きっとこの写真はすぐに置き換わるんだろうな。そう思いながら。
だけど、壁紙が変わる日は訪れなかった。
私とあなたと海とこの世界について JS2K2X/ @Yellowkicks
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。私とあなたと海とこの世界についての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます