第四幕 たぶんソレはちょっとだけ予想外の結末(その六)

「ステキ・キック!」

 素っ頓狂な声と共に目の前のサイケデリックな男が消えた。

 いや、蹴っ飛ばされて横向きに吹っ飛んでいったのだ。と、同時にオレはそのまま地面に崩れ落ちた。打撃で無理矢理立たされていて、その支えが無くなったからである。

 倒れ伏したオレの目には真っ黒な夜の空と、校庭を照らす眩いスタジアム照明だけが見えていた。全身がくまなく痛かった。頭の中で小刻みな火花がまだパチパチと爆ぜている。「ぐう」と低く呻いて視界の端に映った人物に顔を向けた。打たれ過ぎて半ば意識が飛びかけていたけれど、声の主が誰であるのかくらいは知ることが出来た。

「ごめんなさい、遅くなりました。大丈夫ですかビューティーダー!」

 あ、もうその呼び名はご存じだったんですね。

 地面にひっくり返ったオレの目の前には既に変身し終えていた芳田さん、ステキ・レディの姿が在った。


 背中に届くまでの黒髪をたなびかせて、彼女は真夜中の校庭に立っていた。

 銀と黒とを基調にしたボディスーツを身に纏い、ティアラを模したヘッドギアを着けていた。どちらもデザインのセンスが良くて実に格好良い。相対するゴールデンなんたらとの差は明白だ。ネーミングセンスはどっちもどっちって感じだけれど。

 芳田さんは素顔ではあった。だがその顔つき表情は普段とまるで違う。夜の校庭を灼く真っ白な照明を背にし、凜とした佇まいと引き締まった眼差しはステージに立つモデルかロックスターのようだった。

「あなた方の悪行も此処までですっ」

 びしりと指差す先にはちょうど立ち上がるところのサイケなヒーローが居た。

「ようやく真打ちの登場ですか」

「正義を詐称し世を乱し、偽りの姿で人々を惑わすなど正に許しがたき所業。真の愛と世界平和の名の下にあなた方へ天誅を下します」

「大きく出ましたね。悪事を働く者が己の行いを正当化するのはよく見る光景ですが、それでもこうして対峙すればやはり呆れます。侵略者の走狗が愛だの平和だのとおこがましい。気狂い歪んだ己を鏡に映して見るが良い。その愚かな妄言、正して進ぜましょう」

 なんだかなぁ、と思った。お互い自分の言っていることがブーメランになっているという事に気付いているのだろうか。それとも分かった上で空とぼけ、相手をなじっているのだろうか。

「大丈夫ですかご主人様」

 血相を失ったニュートさんが駆け寄ってきて、直ぐさまオレの首筋に件の注射を突き刺した。お陰で再び「ぎゃあ」と叫ぶ羽目に為った。

 そして目の前ではステキ・レディがアピールモードに入っていた。

「わたしは平和と愛の守護者」

 そこで芳田さんは両手をバンザイするように天空に掲げるポーズを取ると、足を拡げて斜め回し蹴りをするかのようにその場で一回転した。

「ステキ」

 とん、と踵を揃えて胸の前で両手を交差し、

「レディ!」

 と叫んで今一度四肢を拡げ、所定の位置でぴしりと決めて大見得を切る。

 見事なポージングであった。以前ビデオで見た姿と寸分の狂いもなく、実に美しい登場シーンであった。金色のゴーグルを着けた相手は微動だにせず、腕組みをしてじっとそれを見守っていた。

 古来、名のある武将は互いに名乗りを上げてから一騎打ち勝負を挑んだのだという。その美学が今も此処に息づいているのである。文化とは、世代を超えて相続される社会的行動規範や思想様式を指す。ならばコレは立派な伝統文化の継承と云えよう。

 でもしかし、である。無粋は承知で突っ込みたくもなるのだ。

 あの芳田さん。ポーズを決めるのも大事かもしれませんが、オレの気のせいじゃなければ、さっきからキャプテン・グラージが二号とかおっしゃる方にボコられているのですけれども。ちょっと前から想像も出来ない一方的な展開で傍目から見てもヤバいんじゃないかな、フォローに入った方がイイんじゃないかなと思っちゃうほどなんですけれども。

 実際キャプテン・グラージはボコボコだった。反撃はことごとくカウンターを取られ、相手の攻撃はガードを擦り抜けほぼ全てがヒットしていた。為す術無しという形容がこれくらい当てはまる光景はない、見事なまでのサンドバッグ状態であった。

 あの二号さんも実は強かったのね。

 ひょっとして、さっきまでワザと弱いふりをしていたのだろうか。

 いや、師匠とか呼んでいたあの男と同じく何某かのパワーアップ状態なのかも知れない。その証拠に彼女の腰のベルトバックルが、その師匠と同じく気狂ったように激しいネオン光を放っていた。

 ワンアクションごとにビカビカッと無駄にフラッシュを放ち、まるでパチンコ店の看板かライブハウスのミラーボールのよう。七色の輝きがなんともド派手に過ぎて実に鬱陶しい。今宵はアイドルのコンサートかと言わんばかりのケバケバしさである。

 まぁそんな場所に入ったことは無いのだけれども。

 一撃毎に彼女もまた「正義、正義」と叫んでいた。正に彼の弟子であるのだと身をもって表現しているのである。あの子、ノリノリだなと思った。絶好調も良いところである。対するキャプテンはもはやボロ布同然だ。負ける寸前疑い無しっていう感じで。

 ひょっとしてコレはオレが助けに入らなきゃいけないパターン?

 視点を変えれば、ポーズを取り終えた芳田さんとサイケな彼との対決はすでに始まっていた。速いわ激しいわ、跳んで跳ねて体を躱して打撃を入れて攻守目まぐるしく入れ替わり目が付いていけなかった。到底オレの出る幕、入る余地など在りそうにも無い。

 ならば此処は毛先ほどの幸運に賭けて、キャプテン・グラージの助勢をするのが筋なんだろう。

 オレはヒキガエルが呻くような声を漏らしながら身体を起こした。

「ご主人様、まだ動いてはいけません。医療ナノマシンのプラント構築と体内損傷箇所の修復が完了するまで待機すべきです。スーツのマテリアルテクスチャも再構築中ですし、今しばらくこのままでご辛抱を」

 何だかよく分からない専門用語を交えてニュートさんがオレの機先を制した。

「いや、でも、ぼんやりひっくり返っている訳にもいかないし」

「彼女にはよい薬です。あれだけ大口叩いたのですから、少しはホンモノとしての意地を見せていただかないと。逆境を跳ね返してこそのヒーローヒロインなのです。あの程度で根をあげてはまさに掲げた看板に偽りあり、彼女の上司に虚偽申請を提出させていただきます。

 そんな些末な事柄よりも、ご主人様のお身体の方が百億倍も大事です」

 随分だな。オレのことを心配してくれるのは嬉しいけれど辛辣なご意見である。まぁ先刻のアレがあるからなんだろうけれども。

「とは言え、仲間の窮地を見て見ぬ振りなんかしたらスーパーヒロインは名乗れないんじゃないかな」

「それは」

「見習いでもソコは最低限のラインなんじゃない?」

 ニュートさんが実に複雑な表情になった。

「ご主人様はまだ研修中の身です。ここでこのままお休みになっていても誰も咎める者は居ません。実際つい今し方まで正規ヒーローの攻撃を真っ向から受けて、ステキ・レディ到着までの貴重な時間を稼ぐことが出来ました。コレだけでも充分賞賛に値します」

 オレは軽く目を瞑ると唇だけで苦笑した。

「このスーツに必殺技は無いの?」

「・・・・」

「黙っているということは有るんだね。言えばオレが使おうとするから言いたくないんだよね」

 と同時に嘘もつきたくないという事か。

「ニュートさんは真面目だなぁ」

「何故そういうところばかり察しが良いのですか」

「ダメ元でもやれること全部やってから駄目だったって言う方が、まだ諦めもつくじゃない」

 ニュートさんが溜息をつく。そんな表情を見たのは初めてのことだった。

「ステキ・レディとゴールデン・ゴーグルとの闘いは一件拮抗しているように見えますが、彼は直にパワーダウンするでしょう。あの悪趣味師弟コンビは相手の放つ膨大なエネルギーを吸収し、自分の身体能力へ上乗せできるスーツスキルを持っているようです」

 あ、成る程。それで赤毛の彼女の必殺技もしのげた訳ね。そして現在の状態は、あのとんでもないバチバチから得たエネルギーでブーストが掛かっている状態ということか。

「打撃毎に周囲へ放出する波動が徐々に減少し始めてます。限界が来ているのです。本人もそれが判っているからこそ勝負を急いでいるに相違ありません。相手はもはやじり貧、このままステキ・レディは現在のラッシュを持ちこたえるだけで良い。それでもうこの闘いは勝ったも同然です。

 それに彼女は相手の自滅を待つほど呑気でもありませんからね。このまま一気にたたみ掛けトドメを刺すつもりでしょう」

「待てば直ぐに決着が着くと、そう言いたいんだね」

「はい」

「でもオレはソコまで待てないんだよ」

 キャプテン・グラージはもう本当に危うくて、一瞬先すら分からぬ有様なのだ。

「そう言うのではないかと思っていました」

 そしてニュートさんは諦めたような口調で一つ、スーツの機能を教えてくれた。

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