コンクリートのすみ。
嗤猫
第1話
猫が。
下町でも珍しくなったコンクリートブロックで区切られた住宅の隙間から、のしのしと歩いてくる。
隣合う住宅の壁に窓は無い。
「にゃおん」
気にするなとでも言う様に猫は一声鳴いて、ブロック塀の上を進んで行った。
毎日同じタイミングで通るその路は、その猫の散歩道であるようで、週のうち3回程顔を合わせるのだけれど、やはりそこは猫。完全初見ですと言う様に無視されたり、旧知の仲かと思わせる素振りをしたりするので、そこを通る時には白地にグレーのハチワレの姿を探すのだ。
本日は気が乗らない日だった様で、何時もの如く壁を抜けて歩いて来たものの、立ち止まる事も鳴く事も無く私達はすれ違った。
違和感を覚えて振り返ってみたが、既にその姿を捉える事は出来なかった。
「にゃおん」
翌日、香箱を組んだ猫が何時もの所で声を掛けて来た。
おや。何時もより少し遅かったかしら?待っててくれたのかと思うと、ちょっと嬉しくなって表情筋が緩む。
つい手を伸ばすと、するりと立ち上がって歩いて行ってしまった。野良にしては長い尻尾で指先を撫でられて、見惚れたまま少し先まで見送った。
先程の雨のせいで、ブロックとブロックの隙間に生えた苔の香りが漂う。水分の染み込んだザラザラの表面から気化熱でひんやりとした空気が発せられるのを感じながら歩む。
とことこと、白い前脚が動いてブロック塀を渡って行く。
丁度顔の横を通り過ぎた辺りで何時もの隙間から猫が顔を出した。
脳が物凄い速さで画像を再構築してゆく。
白く、すらりと長い5本の指。
とことこと器用に動く血の気の無いグレーの爪先。
「にゃおん」
ブロック塀の上には、何も居無い。
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