翡翠の主と銀の騎士
柏陽シャル
第1話 騎士団
「……朝練には間に合うな」
壁の時計を眺めながら言う女性が一人いた。彼女はニイナ・カシミア。シャルティア王国の歴代最強とも呼ばれる騎士団長。
騎士団の朝は早く、朝練があるのが日常。午前五時には騎士団本部に着いてなくてはいけない。
そして特に遅刻をしてはいけないのは騎士団長。
起きては髪を整え、歯磨きをし、正装に着替えて誰よりも早く騎士団本部に着くそれが、騎士団の朝の仕事である。
「そろそろ行くとするか」
ニイナは相棒の白馬に乗り騎士団本部へと走った。
「騎士団長〜!」
「遅い、全くレオン様だったら怒られるだけでは済まないぞ」
「すみません…」
へとへとになりながらニイナの方向に走ってくるのは副騎士団長のウィル・イーテス。ウィルは腕は良く、周りをまとめるのもしっかり出来ているがお喋りなため隠し事が苦手だ。
レオン・ルルオン。ニイナが騎士団長になる前の騎士団長でニイナはレオンに時々稽古をつけてもらっている。現在、レオンは第一王子のアルベルト・イ・シャルティアの近衛騎士だ。
本来はアルベルトの近衛騎士はニイナで国王陛下のベルハルト・イ・シャルティアの近衛騎士のはずだったのが第一王女のリリア・イ・シャルティアの願いによりニイナは第一王女の近衛になりレオンが第一王子、国王陛下の近衛はレオン時代の副騎士団長のカイタス・ガータになった。
「お前ら!腰が引けてるぞ!それで何が守れる!国王陛下はもちろん民すらも守れんぞ!!」
「「「「「はいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」」」」」
「団長…厳しすぎやしませんか?」
「ならお前らが見本を見せれば部下もやる気を出すんじゃないのか?」
「そういうのは団長の仕事では…あっ、いえ…ナンデモナイデス」
ウィルは隣にいるニイナの顔を見ることもなく溢れ出る殺気と逆らってはいけない雰囲気を読み取り言いかけた言葉を遮り足を動かし団員の皆の前へと立った。
ニイナは女という事もあり、なめられる事も多々あったが全て実力でねじ伏せてきた。今や彼女に逆らえる者など誰も居ないのだろう。
「ふふっ。そんな怖い顔したら…ふふっ」
淑女の笑い声が汗臭くむさ苦しい訓練場に静かに響く。怖いもの知らずとその少女の正体を知らない人は言うだろう、だがこの王城では知らない者は一人も居ないのだろう。
それは純粋無垢という言葉がとても似合う翡翠色の髪をなびかせながら歩いてくるこの国の第一王女のリリアだった。
「リリアお嬢様。早い起床ですね、学園の時間はまだのはずですが」
「普段から早起きですよ!今回は支度が早めに終わったので様子を見に来たんです」
「なるほど。それと気配を消そうとしても無駄ですよ。アルベルト様」
ニイナは壁の後ろに隠れてたアルベルトを見つけ少しため息をつく。
「ははっ!やはり君には見つかるか。レオン殿には見つからなかったんだがな」
「それはわざとでしょう。あんな感じやすい気配をレオン様が見逃すはずがないので」
王子に同じ立場で物申す事が出来るのは彼女だけだろう。ニイナは王子の同級生で王子が十歳の時に近衛として働いていた為か王子自身も気楽に話せる相手だろう。
「相変わらずの正直者だね。本当は様付けなんてしたくはないんじゃないのか?」
「えぇ。ですがここではそうしないといけないと決められています」
「じゃあ、私のこともリリアと呼んでくれる日が来るっていう事ですか⁉」
「え?いえ…リリアお嬢様はお嬢様ですので………」
リリアの言葉に戸惑いながらも自分の意思を素直に伝えるとリリアは少し拗ね、頬を膨らませながら下を向く。
「リリアお嬢様が来週のテストで十位以内をとれたら呼び捨てで呼びましょう」
「ほんとに⁉お兄様!私、お勉強頑張りますわ!」
「エル殿を困らせないようにね…」
リリアの家庭教師兼王宮魔法使いの所長のエル・サイタン。彼女はアルベルトとニイナの同級生であり親友だ。
他愛もない会話をしている隙に時間は過ぎていき、リリアの登校時間へとなった。
「リリアお嬢様。そろそろ時間です」
「もう少し話したかったのだけど…」
「馬車の中で話しましょうか」
「本当に⁉いつものように馬で行くのかと思ってたのだけれど」
ニイナは騎士団の訓練や報告、執務などあるため普段は学園に送り迎えだけして帰ってしまう。
「今回は、レオン様に騎士団の仕事を任せたので暇なのです」
「え!れ、レオン様が我々の訓練をするのですか……?」
「ビシバシやっていただいて構いませんと言っといたから今回はきついかもな」
ニイナは何かを感じ取ったのか、それだけ言い捨ててリリアと歩き出した。
すると、明るい勢いのある声が訓練場に響き渡る。
「ははははははははははは!!!!!お前ら、ニイナに甘えていては強くはなれんぞ!王城五十週だ!さぁスタートだぁ!」
髭の生えた顔にいかついガタイをしたおっさんことレオンが団員の者たちの顔を絶望の顔へと変えていく。
リリアは後ろが気になったがニイナが「見てはなりません」と念を押されたため見ることをやめた。
(今頃、私の後ろは醜い姿になった男たちが汗水たらしながら走っているのだろう)
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