檻の中の人間へ

黒羽 雨

檻の中の人間へ

僕は檻の中にいる

生まれた時から

僕の両親はクズだ

クズから生まれた僕ももれなくクズだ


僕の家庭は比較的裕福な家庭だった。

なぜなら両親ともに医者だから。

そんな二人の元に生まれたもんだから、将来どんな子になるのか期待されて生まれてきたわけだが、残念なことに僕には才能がなかった。

才能がないなら努力。

そう言って両親は僕を小さい頃から塾に通わせ、両親から医療技術を教えられることもあった。

しかし、僕はいくら努力しても一般人並み。

両親は落胆し、「なぜできない」「どうして普通なんだ」と徐々に僕を罵るようになる。

別に僕は医者になりたいわけでもないし、かといってなりたいものや、やりたいことがなかった。

ただ普通に生きていければいいと思っていた。

しかし、両親はそれを許さなかった。

成績が出るたびに父は激昂して怒鳴り散らし、母はヒステリックに喚き散らす。

父は罰だと言って何時間も正座させたり、ご飯を抜いたり、ひどい時には水責めをされたこともある。

しかし、決して体に傷がつくようなことはしてくることがなかった。

きっと、虐待がバレることを恐れていたのだろう。

本当にタチが悪い。

今思えば、なぜ抵抗しなかったのだろうと思う。

面と向かって抵抗しなくても、警察や児童相談所、学校なんかに相談することもできただろう。

でも、きっと僕は精神がすり減って、そんなことを考える余裕がなかったのだろう。

もしくは、こんなことをされても、まだ二人のことを親だと思っていたのだろうか。

両親という檻の中で、外の景色を知らないまま、一生懸命羽ばたいている。

檻の中でいくら羽ばたいても、外には出れないというのに。

それでも両親は努力しろという。

できないならできるまで努力。

才能がないなら努力で補え

できないのは努力が足りないからだ。

努力 努力 努力

寝るまも惜しんで勉強させられるから、次の日、学校で寝てしまう。

寝てしまうから、勉強ができなくなる。

できないから...

こんな悪循環にハマっていたら、まともに勉強なんてできるわけないのに。

うるさい うざい しんどい 苦しい 消えて欲しい

こんな負の感情が、年齢を重ねるうちに、だんだん殺意に変換されていった。

しね しね しね しね しね

一度考え出したら、もう止まらない。

毎日毎日どうやって二人を殺すか、凶器は?どんな殺し方をしよう?

こんなことを考え出したら、毎日が楽しくなった。

自分の知識だけでは足りないと思い、インターネットで色々検索してみた。

そこにはたくさんの情報があった。

人間の殺し方や弱点、はたまた死体処理の方法まで、ありとあらゆる知識がそこにはあった。

僕は、時間を忘れたようにネットの知識を貪った。

知識をつけるほどに、僕の手札は増えていく。

色々なサイトを見て回ったあと、ふとあるサイトにたどり着いた。

そこには、僕と同じように、親に虐待されているある子が愚痴をこぼしていた。

つらつらと、親にこんなことをされた。

こんな辛いことがあった。

と、日々更新している。

そんな言葉の雨の中、「私と同じような境遇の人は意外といる。」

彼女はそう綴っていた。

気になって調べて見ると、いくらかニュースになっているような事件や、体験談などが多くヒットした。

僕と同じような境遇の人は意外といるということを知った。

ここでふと思う、きっとこの人たちも少なからず、加害者を殺したいと思っているのではないかと。

彼らが一歩踏み出すのにはどうすればいいだろう。

簡単なことだ、洗脳を解いてやればいい。

生物はみな、自分の邪魔になるものは、自らの手で排除してきたのではないか。

弱肉強食

それが生物のあるべき姿ではないか。

人間は、幼き頃からの教育せんのうで他人を殺してはいけない。

他人を傷つけてはいけないと、聞かされてきた。

そうやって本能を抑え込んでしまっているのだと。

じゃあどうやって本能を引き出そうか...簡単なことだ、僕が見本を見せてやればいい。

僕は彼らの解放者ヒーローになってやろうじゃないか。

平凡な僕がヒーローになれる、最後のチャンスだ。

二人クズを殺して僕も死のう。

僕たちの死を持って世界から加害者クズを消していこう。

世間はきっと、僕を赦しはしないだろう。

僕の行動は非難されるだろう。

それでいい。

どんな小さな世界でもいい。

僕の力で、誰かの人生を変えることができれば...それが僕の生きた証だ。

そのためなら、僕は獣にでもなってやる。

僕は計画を練った。

まず、二人にされたことを、ノートにまとめよう。

誰もが読みやすいように綺麗な字で。

僕の殺人計画やその時思ったこともここに記そう。

そして最後にはこう綴ろう。

 『檻に囚われし獣たちよ、今こそ解放の時だ』

これで準備は整った。あとは時を待つだけだ。

僕は、解放の時を高校の卒業式にしようと決めた。

理由は二つある。

ちょうど18歳、少年法に守られず成人でもない。

大きく報道されるためには「高校の卒業式で両親を殺害後自殺」

こんな見出しなら広まると思ったからだ。

二つ目は学校で二人を殺したあと自殺するのに絶好の場所だからだ。

屋上に上がって飛び降りるだけでいい。

あぁ早く卒業式にならないかな。



高校の卒業式前日。

学校の屋上にて、僕は明日へ向けての準備をしていた。

鋭くきらびやかに太陽を反射するサバイバルナイフ。

本当はもっと大きなナタや斧なんかで、一気に殺したかったけど。

金銭的に厳しいし、手に入りにくい。何より隠し場所に困ってしまう。

二人はこういった公のイベントには必ずくる。

世間体を気にしてかわからないが、外見だけでもいい父親、母親を演じたいのだろう。

内面はどうしようもなく腐っているのだが。

ナイフを砥ぎながら、嘲笑する。

そこへ、一人の女が屋上へ上がってきた。

驚いた。本来屋上は立ち入りを禁止されているし、鍵がかかっているから、誰も入ろうとしないのに。

女は確か...そうだ、生徒会長の神崎 燈だ。

特に同級生には興味はなかったが、前で話したりするから、名前は覚えていた。

いや大事なのはそこではない、彼女が手に持っているのは僕のノートじゃないか。

どうして、明日のために、遺書がわりに、必要だから、家から、ロッカーに、移したのに、明日は、二人がいるから、バレないように、学校に、置いて、いたのに。

僕は震える声で「なんで...君がそれを...」と彼女に問いかけた。

彼女は僕をみて、驚愕と悲哀がこもった表情で「やっぱり...」「ダメだよ...こんなこと」

彼女がそれを持っているということは、中を読んだということだろう。

中には僕の全てが書かれている。読めば一発でわかる。

「お前に何がわかる」「僕の苦しみが、君なんかに理解できるか」そう言い捨てた。

「見られてしまったら仕方ない」「僕の邪魔をする奴は殺す」そう言って、砥ぎたてのナイフを彼女に向けた。彼女は一瞬恐怖の表情を浮かべたが、意を決したように、キリッと表情を変え、僕と向き合う。そして彼女はこちらへ歩み寄ってきた。

僕は反射的に後退りをしてしまう。まさか、自分から近づいてくるとは。

はっきり言って、この時僕は彼女を殺そうとは思ってなかった。最初に殺すのは、二人だと、決めていたから。いやそうとも違う、捨てたはずの人間の心が、殺してはいけないと、言っていたのだ。

「刺すなら刺して」彼女はそういった。「あなたが両親を殺すつもりなら、私は死んでもそれを止める」 「なんで」「生徒会長だからか?」 「違う」「あなたは自分が死ぬことであなたと同じ境遇の人を助けようとしているみたいだけれど、私もそう」「私も命をかけて誰かを救いたいの」 「あなたのしようとしていることは間違ってる」 「黙れ」 「黙れ黙れ黙れ」「俺の苦しみを分かった気になるなあ゛」そう言って彼女へナイフを振りかざす。 彼女の体にナイフが刺さるその瞬間、手が止まる。それ以上動かすことができない。 「それは...捨てただろうが」涙が溢れた、まだ僕にもそれが残っていたのかと。 彼女は震える手で僕の手を握った。涙を瞳に溜めながら。

「ほら、やっぱり。」「君は人を殺せない」 「だって君は、ノートに書いているみたいな、獣じゃない。」「人間なんだよ」 「その涙が、何よりの証拠」 僕は膝から崩れ落ちる。

        あぁ僕も人間だった。 

その後、僕は彼女に慰められながら、これからのことを話し合った。

彼女は今までのことを警察へ通報すべきだと言ったが、僕はそれを拒否した。

もう両親に振り回されたくないからだ。

独り立ちできるように準備をしよう。もう、彼らに縛られる人生はお仕舞いだ。

これからは僕の人生を歩む。今までとは違う苦労があるだろうけれど、多分僕は大丈夫だ。

一度地獄にいた僕なら、大抵のことなんて楽勝だろう。いつか偉くなって、両親を見返してやる。 そしていつか彼女と... いや、まだそれは先の話だ。

こんなにも空が綺麗だと思ったのは、太陽が眩しいと思ったのは。そして、生きたいと思ったのは。

いつぶりだろう。

もう、僕を取り囲む檻はない。

僕は解放されたのだ。


檻に閉じ込められていた雛は未来へ飛び立つ

『檻に囚われし人間たちよ、今こそ解放の時だ』


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苦しみの中にいる人が少しでも救われますように



黒羽 雨


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