第13話 アイダ先生の危機


日曜日にランディは、ぼくの家に遊びにきていた。


なんだか、ふたりでいっしょに生活しているみたいだけど、ほんとうにあいつとぼくは仲がいいんだ。


ぼくはあるミュージシャンのギタープレイを、スピーカーでならした。


新しくリリースされた曲だ。


ランディは、ぼくとちがってどちらかというと、アイドルユニットが好きみたいだ。


ぼくが聞く音楽のことを、うるさいと言っている。


「おまえ、その音楽やめろよ。頭が痛くなる」


ランディはイヤホンを耳につけて、自分のスマホで音楽を聞き始めた。


「おまえこそやめろよ。アイドルなんて子供っぽい」


ぼくはスピーカーの音量を上げた。


「子供っぽいって言うなよ。アイドルは夢と希望を与えてくれるんだ」


ランディはイヤホンのコードを引っ張って、スマホを手に持った。


「夢と希望?おまえ、そんなの信じてるのかよ。現実見ろよ」


ぼくはランディのスマホを奪おうとした。


「現実見ろって言うなよ。おまえは夢も希望もないのかよ」


ランディはぼくの手を払って、スマホを守った。


「夢も希望もあるさ。でも、アイドルじゃなくて、科学者とか宇宙飛行士とかさ」


ぼくはランディの顔を見て、笑った。


「科学者とか宇宙飛行士とか?おまえ、そんなの無理だろ。勉強もできないくせに」


ランディはぼくの顔を見て、怒った。


「無理だって言うなよ。勉強もできるさ。おまえよりもできるさ」


ぼくらは口論しながら、部屋中を走り回った。


目くそ鼻くそを笑うって、まさにコレだな。


 


お昼ちかくになって、台所へ行った。


ぼくたちはお母さんが作ってくれたサンドイッチを、むしゃむしゃ食べた。


食べながら、テレビを見ていた。話すことといったら、ハメット先生とアイダ先生のことばかりだった。


ふたりがうまくいけばいいと、ぼくらは思っていた。


子どもがあんまりこんなことに首をつっこむのはよくない、とぼくのお母さんは言った。


その通りかもしれない。


サンドイッチがほとんどなくなったころ、テレビがりんじのニュースにきりかわった。


「マーキュロ町のデパートが、盗ぞくにせんりょうされました。 一階のお客さんはにげだしたのですが、二階衣料品売り場のお客さんは、盗ぞくにつかまっています。


盗ぞくにつかまっているお客さんのうち、名前がわかった方をお知らせします」


「まあ、わたしもきのう、このデパートで買い物をしたのよ」


ぼくのお母さんは言った。


画面はデパートにかけつけた警察官を映していた。


アナウンサーは名前を読みあげた。


「カワダ・コウサクさん。 カワダ・ジュンコさん。 シマダ・マサトさん。 アイダ・クレストさん…」


ランディは食べかけたサンドイッチをふきだした。


ぼくも目を丸くした。たいへんなことになった。


アイダ・クレストが盗ぞくにつかまったなんて…。


「えっ、アイダ先生?」


ランディはテレビに近づいて、画面を見つめた。


「うそだろ、アイダ先生がなんでそんなところに…」


ぼくはすぐに電話をした。


もちろん病院へだ。


ハメット先生は、ねむそうな声をしていた。


「たいへんだ、先生。 テレビを見たかい。 アイダ先生が盗ぞくにつかまったんだ」


ハメット先生は声がひっくりかえるくらいびっくりしていた。


「なんだって、それはほんとうか。テレビがないのでわからないが、ほんとうにアイダ・クレストって言っていたんだな」


「ほんとうだよ。どうしよう、先生」


いきなり電話が切れた。


ハメット先生はどうするつもりだろう。


ぼくはランディの顔を見た。


ランディは立ち上った。


ちくしょう、デパートへ行ってみるしかないじゃないか。


「おまえも来るか?」


ランディはぼくに聞いた。


「ああ、もちろんだ」


ぼくらはお母さんに気づかれないように、家をぬけだした。


 


デパートまではバスで行った。


バスの中では、他の乗客もテレビのニュースについて話していた。


「あのデパート、よく行くんだよな。今日も行こうと思ってたんだけど」


「ええ、私もそうです。あの盗ぞくたち、何を考えてるんでしょうね」


「警察は早く解決して欲しいわ。人質の人たちが心配だわ」


「そうだよな。あの中に知り合いがいたら、そりゃあ心配だろうな」


ランディとぼくは黙って聞いていた。


知り合いがいるかもしれないというより、知ってる人が確実にいるんだ。


アイダ先生がどうしてそこにいたのか、どうして盗ぞくに捕まったのか、どうしてこんなことになったのか、わけがわからなかった。


 


デパートに着くと、まわりは騒然としていた。


警察車両や救急車が並んでいて、進入禁止のテープで封鎖されていた。


多くの人が集まって、様子を見ていた。


中には記者やカメラマンもいて、インタビューや撮影をしていた。


「すみません、ここから立ち退いてください」


警察官が人々に声をかけていた。


ランディとぼくは人混みの中を進んで行った。


 


                       つづく

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