かしまし幽姫と都市伝説 其ノ六

「お岩ちゃん、ダメ!」

 背後から羽交い締め!

「止めんな! お菊! イライラしてんだよ! とにかく誰でもいいからブン殴りてぇんだよ!」

 この幽霊ひと、生理が本当の意味で〝危険日〟なタイプだ。

「ダメだってば!」

「昨日、競馬で〈於岩おいわ稲荷いなり〉の賽銭を擦ってんだよ! 六万も! だから、ウサ晴らしてぇんだよ!」

 トンデモない理由が白日の下にさらされたわ。

「それこそ八つ当たりじゃない!」

「アタシは、いいんだ! 世界はアタシを中心に回ってる!」

「違うよ! お皿だよ!」

「アラアラ♪  クスクス♪ 」

 お露ちゃん、他人事ひとごとに楽しんでるわね?

 毎回ながら、このドタバタ展開を楽しんでるわね?

「頑張って! 皿フェチさん!」

 口裂くちさけちゃんから必死こいた応援。

「わたし、欲しい大皿があるの! 十二万するヤツ! それを買ってもらえるなら、何だってするもん!」

「え? もしかして、私に『買え』……と?」

「ダメ?」

 呑み込みの悪い口裂くちさけちゃんに無垢顔コクン★

 ついでに捕縛を少しゆるめたわ。

 途端とたんケダモノが一歩踏み出した!

「グルルルル……」

「ドゥドーーゥ★」

「ひぃぃ? 買います! 買わせて頂きます!」

 商談成立♪

 やっぱり世界の中心は、お皿よ!

 よし!

 そうと決まったら、この野獣ケダモノ……じゃなかった、お岩ちゃんをどうにかしなきゃ!

 んー……でも、わたし一番戦闘力低いのよね。

 逆立ちしても、お岩ちゃんに勝てるはず無いのよね。

 どうしよう?

 ……やっぱアレ・・しかないかなぁ?

 ヤダなぁ?

 お岩ちゃん相手に、あんまり使いたくないなぁ……アレ・・

 でも仕方ないか?

 お皿のためだもん!

霊異れいい顕現けんげん・お菊井戸!」

 わたしの叫びに呼応して、足下の地面がクワリと大口おおぐちけた!

 そして、あっと言う間に〝井戸〟へと形成される!

「ん?」

「お岩ちゃん! ごめん!」

 一瞬の不意打ちで状況が呑み込めないままのお岩ちゃん。

 そんな彼女を羽交い締めにしたまま、わたし達はヒュ~~……と奈落へ墜ちて行ったのでした★

「お菊~~~~! テメェェェ~~……!」

「だから、ごめんってばぁぁぁ~~……!」

 エコーを帯びて闇に呑まれ失せる声……。

 一蓮托生いちれんたくしょう呉越同舟ごえつどうしゅう……シクシク。

 この技は〈霊異れいい顕現けんげん〉と言って、わたし達全員が使える霊力奥義。

 自身の霊力をよりどころとして、個々の関連怪異を具現化する技なの。

 で、わたしの場合は、当然〝井戸〟になる。

 うん、そうよ?

 原典怪談『皿屋敷』で、わたしが投げ捨てられた〝井戸〟よ?

 通称〈お菊井戸〉──。

 姫路城を始めとして、至る地区に現存するけど……アレ・・ほとんどが模造名所フェイクだから。

 わたし、そんなに別荘持ってないから。

 そこまで器用じゃないから。

 そもそも日本漫遊してないし?

 水戸の御隠居様じゃないし?

「クッソ! そっちが、その気なら……霊異れいい顕現けんげん磔戸板はりつけといた!」

「お岩ちゃん! 此処・・それ・・ダメェ!」

 遅かった。

 次の瞬間には〝戸板〟が顕現けんげんし、私は裏面へはりつけにされてしまう!

 ……で、表面にはお岩ちゃん。

 両面に白装束幽霊が張り付いていた。

 うん、そうよ?

 コレ・・も、お岩ちゃんの原典怪談『東海道四谷怪談』にある霊障よ?

 お岩ちゃんのガサツさに辟易へきえきした旦那さんは、按摩あんまの〝宅悦たくえつ〟って人をけしかけて不倫の濡れ衣を着せようとしたの。

 でも、そこはお岩ちゃん。

 看破にブチ切れて、宅悦たくえつさんタコ殴り。

 さながら〈大●神〉のように暴れ狂う中、刀が首に刺さってジ・エンド。

 で、旦那さんは毒薬を盛った共犯者〝小仏こぼとけ小平こだいら〟って人も証拠隠滅に殺して、二人ふたりを戸板にくくけて川に流すんだけど……しつこく流れて帰って来たわ。

 旦那さんが「小仏の戸板が?」って動揺しているとクルッて回り、ズブ濡れ血塗ちまみれお岩ちゃん登場。

 ギンッとけて、こう脅したの──「テメェ……ありったけの慰謝料請求すっから覚悟しとけよ」(本人談)。

 旦那さん、腰抜かしたらしいわ……。

 え?

 知っている『東海道四谷怪談』と違う?

 うん、そうよ?

 伝説の真相なんて意外とこんなモンよ?

 ともかくね?

 この戸板は、それ・・顕現けんげん

 お岩ちゃんの強力な念力が背中越しに磁極のごとく働いているから身動きが取れないの!

 でも、厄介なのは……此処・・で使われたって事!

 さて問題です★

 井戸の底は、どうなっているでしょーか?

 答えは……ボッチャーーーーン!

 うん、そうよ?

 水張ってるわよね?

「ぷはぁ!」

 わたしは全身の力で戸板を引っくり返して、水面をキープする。

 浮力の安定に目一杯空気を吸い込んだ。

 別に〈幽霊〉だから呼吸の必要は無いけど……心理的に苦しいの!

 わたし達〈幽霊〉は思念が総てだから、心が「苦しい」って先入観をいだくと、実際に苦しくなる・・・・・のよね。

「ハァ……ハァ……うわっ?」

「ぷはぁ!」

 戸板が引っくり返ったわ。

 お岩ちゃんが水面制圧したから。

 なんの負けるか!

「ぷはぁ!」

 引っくり返したわ!

「ぷはぁ!」

 ……引っくり返された。

「ぷはぁ!」──引っくり返し──「ぷはぁ!」──引っくり返され──「ぷはぁ!」──返し──「ぷはぁ!」──返され────。

 何よ! この無限拷問!

 何で自分の霊障れいしょうで溺死しなけりゃならないのッ?

 普通〈合体技〉って切り札的なものになるんじゃないのッ?

 新手の〝自殺用拷問〟って、どーゆー事ッ?

 もうイヤ!

 お岩ちゃんと絡むと、いつもこう・・だ!



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