かしまし幽姫と都市伝説 其ノ五

 正座させられた。

 公園ベンチの前に、シュンと正座させられた。

 口裂くちさけちゃんが……。

 その前に腕組み仁王立ちのお岩ちゃん。

 数歩背後から眺めるわたしとお露ちゃん。

 わたしのかたわらには、いつでも守れるように被害者の女の子。

 眼前の光景は、まるで生活指導の定番場面。

 シュールだわ!

 シュールな絵面えづらだわ!

 悄々しおしおと地面を見てるの、ボロボロにされた〈口裂くちさけ妖怪〉だもの!

 先生役、生足はだけた〝眼帯死装束姉御(三角巾付き)〟だもの!

「で? 何で無差別に人間襲ってんだ? テメ?」

「あ……の……このくちが…………」

「声が小せぇぇぇッ!」

「はぃぃぃいッ!」

 あ、ビクゥと畏縮した。

「このくちが! 忌まわしくて! 悔しくて! 少しでも思い知らせたかったであります!」

 シャンと敬礼。

 ……鬼軍曹?

「要するに、八つ当たりですわね?」と、お露ちゃん。

「ねぇ? それ・・って、やっぱり噂通りに〝整形手術の失敗〟なの?」

 追求するのは申し訳無くも思いつつも、わたしは事の原因をたずねた。

 すると、口裂くちさけちゃんは悲しみを噛み締めるように紡ぎ出す。

「……そう。整形手術の失敗で、私はこんな醜い容貌になってしまった。こんなはずじゃなかった。ただ、もっと綺麗になりたかっただけなのに……一生いっしょうを台無しにされてしまった!」

「ん~?」と、顎線あごせんへと人差し指を添え、わたしは釈然しゃくぜんとしない違和感を覚える。「だけど本来〝整形手術に失敗した人間〟なのに、何で年齢とし取らないのかしら? 確か〝昭和〟の都市伝説よね? それに『走るのも常人離れしてる』って特色を聞いたわよ?」

「鬼女よ」

「お露ちゃん? どういう事?」

「強烈な怨念や妄念は、時として〝正常なもの〟を〝異常なもの〟へと変貌させる」

「それって、怨念が強過ぎて〝人間〟から〈妖怪〉になったって事?」

「ええ。例えば、あんなにキュートだった〝ヒ●ニー〟が、やさぐれまくった〝ラビ●ット〟になるように」

「……解りづらいよ、お露ちゃん」

「クスクス♪ 」

 お露ちゃん?

 もしかして観てるの?

 あのキッズアニメ?

「……少しでも思い知らせたかった! 私の悔しさを! 無念を! 怒りを! だから、片っ端から人間を襲った!」

「くっだらねぇ!」お岩ちゃんは吐き捨てるように辟易へきえきを浮かべた。「テメ、矛先が違うだろうが! あぁん? このガキが何をした? 通りすがりの人間に何の罪がある? アタシはな、筋の通らないヤツァ大嫌いだ! 恨むなら、その整形外科医を恨みやがれ!」

「ア……アナタ達に何が分かるというの! この悔しさが……この無念が分かって? この酷すぎる仕打ちが!」

「浮気亭主に毒盛られて川に流されましたぁー」

「お皿一枚割っただけで叩き斬られて井戸に投げ捨てられました★ えへ♡ 」

「勝てねぇぇぇーーーーッ?」

 わたしとお岩ちゃんの身の上を聞いた途端とたん口裂くちさけちゃんの不幸とやらは掻き消えた。

 っていうか、失礼ね!

「はいはーい♪ 」

「はい、明るい挙手のお露ちゃん★」

わたくし、恋も知らずに死んだので、イケメンを逆ナンして道連れにしましたわ♪ 」

「外道ぉぉぉーーーーーーッ?」

 口裂くちさけちゃん、続けて驚愕大絶叫。

 うん、そうよ?

 お露ちゃん、悲恋物語のヒロインぶってるけどトンデモないよ?

 実は、わたし達の中でも一番外道よ?

 だって〝怨恨〟じゃなくて〝行きずり成り行き〟だもの。

 毎晩、夜這よばいするようなストーカー娘だもの。

「だいたいなぁ! こんな小さいガキに八つ当たりすんな! 可哀想に……怯えてるじゃねぇか! 生涯トラウマになったら、どーする!」

「え? わ……わたし……」

 いきなり蚊帳の内へと引っ張り込まれて困惑する女の子。

 うん、そりゃそうよね?

 いままで幽霊と妖怪の内輪揉めだったものね?

 人間が立ち入る雰囲気じゃなかったものね?

 ゴメンね? 放置少女しておいて?

 強くなってね?

「これからは毎晩、寝小便の日々だろうがッ!」

「行きますッ! 夜中のトイレぐらい!」

 お岩ちゃん、少しは辞書に『デリカシー』って言葉を登録しなよ。

「な? オマエ、怖かったよな?」

「あ……はい、それは……」

「コイツ、許せねぇよな?」

「え? いえ、あの?」

「……許せねぇよな?」

「いえ、もうしないって反省してくれるなら……」

「……ユ・ル・セ・ネ・ェ・ヨ・ナ?」

 ギンッとした強要。

「は……はいッ!」

 ピンッと背筋が張った。

 ……鬼軍曹?

「うしっ! ってワケで、これからブン殴る♪ 」

「ヒィィッ?」

 拳をピシィと叩き鳴らして、嬉々と死刑宣告。

 あ、口実こうじつ欲しかっただけだ。

 単に殴り足りなかっただけだわ、この幽霊ひと

「お露ちゃん、お岩ちゃん止めないと! このままじゃ口裂くちさけちゃん死んじゃうよ!」

「大丈夫、オバケは死なない」

「だけど!」

「仕事も何にも無い前向きなニート……クスクス♪ 」

「いきなり何言い出したのッ?」

 もう!

 こうなったら、わたしが止めなきゃ!



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