かしまし幽姫

凰太郎

かしまし幽姫と都市伝説

かしまし幽姫と都市伝説 其ノ一

「いらっしゃいませ~♪ 」

 今日も明るい笑顔で接客接客♪

 此処〈和風喫茶ヨシダ〉は、わたし〝更科さらしな菊花きっか〟にとって最高のアルバイト先なのでした。

 だって、お皿がたくさんですもの♪

 綺麗なお皿──

 可愛いお皿──

 大きいお皿──

 小さいお皿──

 食後に汚れた凌辱的なお皿──

 泡まみれに洗われている煽情的なお皿──

 お皿──お皿──お皿────!

 嗚呼、この世に〝悪いお皿〟なんていないわ!

 だって〝お皿〟ですもの!

 この世界は、お皿を中心に回っているんですもの!

 地球だってプレスすれば、お・さ・ら♡


 …………。


 ……………………。


 …………………………………………。


 ハッ! いけない!

 あまりにも可愛い〝お皿たち〟に夢想して、数秒トリップしちゃったわ!

 ……え?

 うん、そうよ?

 わたしの真名は〝お菊〟──あの『番町皿屋敷』もしくは『播州皿屋敷』の〝お菊さん〟よ?

 とにかくね?

 大好きなお皿に囲まれて、御給料まで頂けるんだから、それはもう天国のようなアルバイトなのです!

 わたし、もう昇天なんていらない!

 だから誠心誠意、頑張らなきゃ♪

 あっ……と、また新しいお客様。

 笑顔で接客接客~♪

「いらっしゃいませ~★」

「よぉ!」

「お帰りはアチラで~す★」

 そのまま満面の温顔で裏口うらぐちへと手を引いたわ。

「って、ちょっと待てぇぇぇーーーーッ!」

 チッ! 気付いたか!

「顔見知りが客で来たってのに、何でそそくさ帰そうとしてんだ! オマエは!」

「……だって、お岩ちゃんなんだもん」

「アタシが来ちゃ悪いのか!」

「うん、悪いよ?」

「ぅわあ? 屈託ない笑顔で肯定しやがったよ……コイツ」

 この〝右目眼帯娘〟は、わたしの顔見知り。

 不本意だけど、古くからの交友関係。

 名前は〝東海林しょうじ壱和いわ〟──真名は〝お岩〟。

 うん、そうよ?

 あの『東海道四谷怪談』の〝お岩さん〟よ?

 艶やかに長い黒髪と、くっきり通った鼻筋。

 鋭く切れ上がった左目に、右目にはドクロ意匠のスタイリッシュ眼帯なもんだから、否応なくデスメタル趣味っぽい心象を与える。

 適度に引き締まった肉付きは、彼女のアグレッシブな性格を反映したかのようにアスリート並の運動能力を醸していた。

「ま、いいわ」と、お岩ちゃんは脚組みながらソファにドサリと腰を下ろす。

 チッ、ひとが説明描写してる間に座りやがった。

「とりあえず──」

「お皿を使わない物にしてね?」

「──はぁッ?」

「出さないから、お皿」

「何でだよッ!」

「だって、お岩ちゃん絶対割るじゃん……お皿」

「割らねぇよ!」

「割るよ」

「割らねぇって言ってんだろ!」

「割ったよ? 来るたび、割ってるよ? 過去、四十九枚割ったよ? もう四十九日と同じ枚数だよ?」

「……イヤな例えすんな。アタシらにとって禁句だ」

「とにかく! お皿は出さない!」

「んじゃピラフやスパゲッティは、どうすんだよ?」

「手に盛る★」

「うわぁ? 温顔にっこりで、新種の拷問を提案しだしたよ……この皿フェチ娘」

 カランカランとドアベルが奏でられ、新たな来客を告げる。

 わたしは独眼竜の相手を切り上げて、明るく振り向き接客笑顔。

「いらっしゃいませ~★ お帰りはアチラで~す★」

 そのまま満面の温顔で裏口うらぐちへと手を引いたわ。

「いきなりですわね?」

「イダダダダッ! ギブッ! ギブッ! おつゆちゃん、ギブッ!」

 降参タップ!

 右腕を後ろ手に捻り上げられた!

 流れるような華麗な所作で!

「うう……酷いよ……お露ちゃん」

「あら? 感謝して下さいます? わたくしの機嫌が良かったら、四肢をへし折っていたところですわよ?」

 切り揃えた長髪を鋤き流しつつ、この上なく猟奇的な誇示をしだしたわ……この人。

 っていうか、機嫌良かったらへし折るのッ?

 へし折られてたのッ? わたしッ?

 この貞淑物騒娘は〝灯牡丹ひぼたん露奈つゆな〟──真名は〝おつゆ〟。

 お岩ちゃん同様、腐れ縁。

 え?

 うん、そうよ?

 あの『牡丹灯籠』の〝お露さん〟よ?

 元々、原典が中国産のせいか、清廉な印象に反して体術に覚えがあるのよね。

 うん、そうよ?

 日本の〝中国地方〟じゃなくて〝中華人民共和国〟の事よ?

 実は『牡丹灯籠』って、源流が中国なのでした★

 確か、元々は『牡丹燈記』とかナントカ……。

「よぉ! お露」

「……帰りますわね」

「お帰りはアチラで~す★」

「アタシの顔を見るなり何だ! オマエら!」

「だって、お岩ちゃんなんだもん」

「そうね、お岩ちゃんですもの」

「理由になってねぇよ!」

「「なってるよ?」」

「……祟るぞ、オマエら」



 わたしのバイト時間が終わるまで、二人ふたり店内てんないたむろに待っていた。

 うん、迷惑★

「それじゃ、店長さよなら~♪ 」

「「待て」」

 自然体で帰ろうとするわたしを見つけ、お岩ちゃんとお露ちゃんの制止がユニゾった。

「オマェよぉ? そりゃ無ぇだろ? コッチは、ずっと待ってたんだよォ? も少し誠意っての見せてもいいんじゃね? なぁ?」

 わたしの肩へと腕を回し、近付けた顔にスゴむお岩ちゃん。

 ……カツアゲ?

「とりあえず頸椎けいついから逝きます?」

 反対側から同様に、お露ちゃんの笑っていない冷笑が引き寄せた。

 ……殺害予告?

 くして、わたしはにえとして同席させられたのでした……シクシク。



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