裂け口の怪

和扇

同窓会

俺が地元、岐阜を離れたのは結構前になる。


正月やお盆を除けば実家を訪れる事も無く、地元とは疎遠になっていった。

だが、だからと言って友人と疎遠になったわけでは無い。


今は便利な世の中。


手の中の端末スマホで簡単にメッセージを送り合える。

Web会議ツールを使えば、すぐに顔を見て雑談も出来る。


一秒で日本の端と端、それどころか世界と繋がれる世の中だ。


そんな時代でも、やっぱり直接会う事は恋しいもの。


小学校からの腐れ縁。

そんな三人が集まった。


蒸し暑い夏の日、俺が実家に帰ってきたお盆。


俺達はもう三十。

だのに、誰も結婚してない独身貴族。


飲み屋へ繰り出すのに、何にはばかる事があろうか。


名鉄めいてつ岐阜駅から北に少し。

居酒屋で賑わう玉宮町たまみやちょうで同窓会を開催した。




「「「乾杯!」」」


かこん、とジョッキが打ち合わされる。

なみなみと注がれたビールが、勢いに負けて少し零れてしまった。


「いやぁ、こうして集まるのは久しぶりだなぁ。」


ビールを一気に呷り、ぷはぁ、と酒気を吐く。


この茶髪でピアスを付けている男が幼馴染の一人、高橋だ。


もう三十路みそじだというのに、年齢よりも五歳は若く見える。

チャラい見た目に反して義理堅く、誰に対しても親切な奴。


見た目で損してるぞ、と何度も忠告した記憶がある。

が、妙に頑固でこいつは見た目を絶対に変えないのだ。


「ああ。だが、Webではよく話しているからそんな感じはしないが。」


随分と硬い表情で、黒髪オールバックで眼鏡を掛けた男が低い声で言った。


彼がもう一人の幼馴染、浅野。

見た目通りの真面目で、昔から頭の良い奴だった。


だが、決して人づきあいが悪いわけじゃない。

硬い表情は、そう見えるだけだ。


もう少し表情筋を使え、と何度も忠告した気がする。

善処すると言いつつ、全く変化が無いあたり生来の物なのだろう。


「まあ三人とも忙しいからな。俺に関しては距離の問題もあるけども。」


今度は俺が言葉を発する。


自然な感じに流した黒髪で、まあどこにでも居そうな人相、と自分では思っている。

特徴が無いのが特徴、みたいな人間だ。


俺達は今、中々集まる事が出来ない。

高橋は岐阜に残っているが、浅野は名古屋、俺は東京に出ているのだ。


人を引っ張っていく高橋、後ろをゆっくり付いて行く浅野。

そして二人をいい塩梅に調整する俺、である。


今回の同窓会は高橋が言い出しっぺで、浅野が店を用意してくれた。

地元で集まるなら地元の人間が一番いい、という事で珍しく俺は何もしていない。


近況や仕事の話、昔話に他愛のない話に花を咲かせる。

いつまででも話していられるが、残念ながら店はそうでは無い。


十分に飲み食いして、三人で店の外に出た。


「うぃ~、結構飲んだ飲んだぁ~。」

「おい、足元がふらついているぞ、しっかりしろ。」


よたよたと千鳥足の高橋の腕を、浅野が掴んで支えてやる。


だが、大きくふらついた高橋に引っ張られて浅野も転んでしまう。

酒に弱いのに調子に乗って飲みまくった高橋が悪い。


「おいおい、大丈夫か?高橋。」

ワリィ悪ィ。浅野、すまん。」

「構わんよ。昔からこういうのは変わらんな。」


含み笑いをする浅野につられて、俺と高橋も笑う。

二十年来の付き合いになるわけだが、昔から役割は変わっていないのだ。


「あ~、昔って言うと柳ケ瀬やながせにあれ有ったよな、お化け屋敷。」


酒に呑まれかけている高橋が赤ら顔で言った。


「お化け屋敷、ああ有ったな。確か口裂け女の奴だ。」


浅野の言葉で俺も思い出した。


柳ケ瀬の一角に口裂け女をテーマにしたお化け屋敷が有ったのだ。

当時は三人とも興味が湧かず、誰も中に入ってはいないのだが。


「なあ、柳ケ瀬行かね?」

「今行ってもどこもやってないぞ?」

「やってねぇのはいつもじゃん。」


高橋の言葉に俺が返す。

それに対して、コイツはあんまりな事を言い放ちやがった。


いや、実際のそうなのだ。


かつては隆盛を誇った柳ケ瀬商店街。

今となってはシャッターが目立つ。


だが、地域の人々は諦めずに様々な事を試しているのである。


「な、どうだ?」

「ふむ、まあいいんじゃないか?酔い覚ましの散歩にはなるだろう。」

「じゃ、決定だな!」


三人そろって北へと歩き出す。


「あれ、あそこの神社の鳥居、あんな色だったか?」


ふと、俺は口に出す。


道沿いにある神社の鳥居。

その色は、滅茶苦茶目立つ金色だ。


普通の鳥居と同じく、たしか朱色じゃ無かっただろうか。


「あーあれな。いつだったか金色になったんだよ。ビックリしたぜ。」


ぴっ、と高橋は鳥居を指さす。


「ま、お参りする必要もねえだろ。直進直進。」


大きく手を振って、高橋は前へ前へ。


夜なので流石に暗いが、既に正面には柳ケ瀬商店街のアーケードが見えている。

急かすほどの事でもない。


交差点を渡り、商店街の中へと入る。

一部の飲み屋を除いて、殆どの店は閉まっていた。


とりあえずは真っすぐ、柳ケ瀬の中心地である高島屋たかしまやの前へ。

入口から続く、赤いカーペットが印象的だ。


だが、別に目的地があるわけでは無い。

三人揃ってあてどなく歩いていく。


柳ケ瀬の中は結構入り組んでいる。

かなり細い道も沢山ある。


夜でシャッターが閉まっている店も多く、適当に歩いていくと簡単に迷ってしまう。


そう、我々はどこぞの小路に入り込んでしまった。

二人横に並んで歩くのが精いっぱいのような道だ。


「おい、ここどこだよ。」


俺の一言で二人も気付く。


「高橋が先導していたから何も考えていなかったな。」

「俺は二人が止めないもんだから、大丈夫かなぁ、と。」


随分無責任な幼馴染たちである。


こんな小路でじっとしていてもしょうがない。

歩いていれば大きな道か、外に出られるはずだ。


そう考えて歩き出す。

その時だった。


「うわっ!?」


高橋が声を上げる。


建物の影から人が出てきたのだ。


白いマスクを付けてベージュのトレンチコートを着た背の高い女性。

三人の中で一番身長が高い185cmの浅野と同じくらいの背、随分と長身だ。


危うくぶつかりそうになり、高橋はよろけた。


「おい高橋、何してるんだ。申し訳ありません、失礼しました。」


浅野が非礼を詫びる。


その人物は特に何も言わず、俺達の進む方向とは逆方向へ去っていった。


「もうちょっと気を付けろよ、高橋~。」

「いやビックリしたわ~。まさか人がいるなんて思わないじゃん。」

「まあそれは分かるがな。」


そんな事を話しながら歩き出す。


すぐに高島屋の前に戻る事が出来、俺達は柳ケ瀬商店街から脱出した。


そんな事があったのが一週間前。


俺は今、再び岐阜にいる。


高橋が酷い交通事故に遭って入院したのだ。

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