第11話 四凶現る
時は現在に戻り、桃也が天雷と共に央殿へと引き返した頃。
霊苑と対峙するように、通常の鬼門の比ではない濃密な邪気が大きく渦巻いていた。
北東県境にある岩山の表面に張りついている大鬼門。
今では結界が解けてしまい、数多の異形が絶えず流出していた。
「
柳義の力強い一振りが青桜が狂乱する旋風を引き起こし、異形たちを一匹残らず薙ぎ払う。
主に負けじと、上空では青龍も異形と激闘していた。
「このままじゃ埒が明かない」
――早く桃也様がお戻りになって、結界を再構築出来ればいいんだが……。
「柳義兄さん」
背後から呼ばれて、柳義は振り返る。
そこには槐斗と玄武、龍麒一門の鎮守官たちが佇んでいた。
「槐斗。さっきの波山は始末したのか?」
「うん。あと桃也も無事に見つかったよ。さっき天雷と一緒に央殿に帰った」
「そうか。なら良かった」
先ほどの杞憂が取り払われ、柳義は安堵する。
だが、安心している暇は無い。
「あとは、結界が再構築されるまでここを鎮圧するだけだな」
柳義と槐斗が改めて大鬼門と異形たちを見据えると、鎮守官たちも一斉に武器を構えたり霊獣を具現化したりして、戦闘態勢に入った。
柳義は声を張り上げて鎮守官たちに指令する。
「皆は下位あるいは中位異形の相手を! 高位異形は俺と槐斗が引き受ける」
『はっ!』
鎮守官と霊獣たちは、言われた通り異形の討伐に向かった。
柳義と槐斗も戦いに身を投じながら言葉を交える。
「やっぱり、大鬼門そのものを封殺することは出来ないの?」
「さっき渾身の一撃を放ってみたんだが、びくともしなかった」
「そう……。四天王最強の兄さんでも全く歯が立たないとはね」
「誰が四天王最強だって?」
聞き慣れた声が
視界には武器を手にした要梅と桐玻、それから白虎と朱雀の姿が映った。
「要梅、桐玻!」
「お待たせしました、兄様、槐斗君。ご無事で何よりです」
「槐斗~、さっきテメエ四天王最強は誰って言ったよ? あ? 勿論アタシだよなァ」
「あー、はいはいそうですよ。ヤクザ顔負けの要梅姐さんが最強ですよ」
至極面倒くさそうに答える槐斗に、要梅は彼の首元に腕を回して
「ハハハッ! そーかそーか、分かってんじゃねえか!」
「ちょっ……姉さん痛いっ‼ 離して! ――っクソ、相変わらずの馬鹿力だね!」
「それを言うなら槐斗、お前は相変わらず貧相で華奢な体つきしてんなー。どうせ仕事の時以外は引き籠って、菓子摘まみながらゲームばっかしてんだろ」
「余計なお世話だよ!」
「ふざけ合ってる場合じゃない! 早く今いる異形共を始末していかないと、また新たな奴らが……」
柳義が叱責したところで、突如強力な邪気の気配が四兄妹を襲う。
全員反射的に武器を構え、警戒態勢をとる。
すると、大鬼門から見たこともない禍々しい異形が四匹出現した。
まるで、心臓を押しつぶされるかのような重圧と邪気、それから
「キヒヒヒヒッ! 久シぶりノ顕界ダ‼」
最初に大鬼門から飛び出したのは、体毛が黒一色で目だけは血のように赤い牛型の異形だった。
文献の記載と一致していることから、おそらく
「はて、ワシがここに来タのハ何年ブリかのウ……」
黒みがかった黄色の体躯に、六本足と四本の翼。
さらには顔が無いにもかかわらず喋っているという異様な二体目は、
「…………」
ずっと黙したままの三体目は、
羊に似た相貌だが鋭い牙を持ち合わせており、その形相も厳めしい。
「約千年ぶりの顕界……。今宵、再ビ人間と霊獣ドモを血祭にシテやろうゾ」
最後は猪の異形、
二本の大きな牙が天を穿つかの如く上向きに生えており、焦げ茶の体躯でやはり目は紅い。
「遂に四凶まで出てきたか……」
異形たちの頂点に君臨する四凶。
千年前、一度日本を滅ぼしかけた確信犯だ。
いつもは泰然としている柳義だが、今回ばかりは冷や汗を浮かべていた。それは社殿主として相応の実力を有する妹弟も同じで、一瞬身が竦んでしまうほどだった。
すると、窮奇が下卑た笑い声をあげながら長い尾を振り薙ぎ、邪気を孕んだ黒風が四兄妹を襲う。
「まずい、青龍!」
「朱雀!」
主の呼声に、青龍は青桜を伴った竜巻を起こして迎撃する。
朱雀も雄壮な両翼を羽ばたかせて、黒風を押しのけた。
「ホ? オレ様ノ攻撃を防いダ?」
こてんと首を傾げる窮奇。
そこでようやく柳義たちの存在に気づいた。
「青、赤、白、紫ノ髪印を持っタ人間。それニ四神……。キヒヒヒヒッ、こりゃあ運ガ良イ!」
狂喜する窮奇に続いて、他の四凶たちも四兄妹を見据える。
「何ト……!」
「…………」
「我ラが宿敵の四神と奴らを従エル人間共! 今日コソお主らヲ闇に葬ってくれル‼」
檮杌は声高に叫ぶや否や、四兄妹に向かって突進した。
「四凶の中では恐らく檮杌が一番厄介だ。奴は俺が相手する!」
「ハァ⁉ おい柳義テメエ、何抜け駆けしてんだ‼ ……ったく、しゃあねえな。それじゃアタシは窮奇だ!」
「ちょっ、要梅ちゃんまで⁉ もうっ……」
柳義に続いて我先にと窮奇の方へと駆けて行った要梅に、桐玻は嘆息する。
「仕方ありません。私は饕餮の相手をします。槐斗君は渾沌でいいですか?」
「ええ……結局僕が余り物を始末するの。しかも一番見た目キモイ奴じゃん。顔無いのに喋ってるし」
あからさまに辟易する槐斗に、やってきた渾沌が怒気を露にする。
「言わセテおけバ生意気ナ小童ジャの。ワシの力ヲ思い知らセテやルわイ!」
渾沌は槐斗たちに向けて黒い雨を降らせる。どうやらかの四凶は、槐斗の玄武と同じく水の力を主としているようだ。
槐斗はすぐさま弓の弦を打ち鳴らして水の帳を創成する。
「
打ち鳴らされた弦の音波が水帳となって槐斗と桐玻を覆い、黒雨を防ぐ。
「ワシの黒雨を防グとハ。フム……やハり小童と言えド四神に選バレし者とイウわけカ」
「何かあっちも僕を狙ってるっぽいし……。はぁ、いいよ。渾沌は僕が
槐斗は溜息をつきつつも、水矢を番え渾沌を標的に定める。
不承不承、役割を引き受けた槐斗に桐玻はくすりと笑みを零す。
「じゃあ手筈通り、私は饕餮の方を」
すぐに淑やかな微笑を消して、饕餮に炎弾を放つ。
予想通り、饕餮は鳴声一つ発さず厳格な面持ちのまま軽々と炎弾を
避けられた弾丸は偶々近くにいた餓鬼に被弾し、爆ぜて灰燼となる。
「これならどうでしょうか。
発砲した瞬間、炎弾が三つに分かれて赤い軌道を描きながらそのまま饕餮へと向かう。しかし、またもや饕餮が軽々と三弾を回避した。
通常の弾丸とは違い、三伏散弾は追尾能力がある。それゆえ確実に敵を仕留めるまで紅の光線を放ち続けるのだが、饕餮は空中を軽やかに駆け抜けて、上手く弾丸を誘導し他の飛行型異形に激突させていた。
「……やっぱり、四凶だけあって簡単にはいきませんね」
次なる攻撃手段を考えながら、桐玻は不敵に笑んだ。
「ですが、生憎私は狙った獲物を仕留め損なったことはありませんので」
凛とした――それでいて、
この場に要梅がいたら、見事に心臓を撃ち抜かれて卒倒していたことだろう。
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