第8話 急襲
央殿から少し離れた所にある、京都と滋賀の県境。その北東部に位置する山間の土地には、厳粛とした霊苑がひっそりと構えている。
夜天に昇った満月の光が静謐な空間を照らしだし、小さくざわめく木擦れの音だけが冴え渡っていた。
「もう帰りたくない……。あんなとこ、おれがおってもおらんでも何も変わらへん!」
霊苑奥にある墓前に蹲る、黄金の直垂が
もう一人の鎮守総監――桃也は両腕のなかに顔を埋めて
そんな彼を心配するかのように、傍にいた黄龍が案じの言葉をかけるように悲しげに鳴く。
桃也は顔をあげて恨みがましく黄龍を見た。
「何でお前は俺を選んだん?」
黄龍は答えず、只々真っ直ぐ主を見つめている。
「姉ちゃんと違って、おれは出来損ないや。お前がどんだけ力をくれても、おれはそれを上手く使いこなせんし、姉ちゃんみたいに格好よく大人相手にあれこれ命令したり、指揮することも出来ん。それやのになんでっ……!」
そこで何かに気づくように桃也ははっと我に返り、黄龍から視線を外して皮肉げに笑う。
「ああ、そうか。こっちが何回なんでなんでって聞いたところで、お前ら霊獣は言葉使えんもんな。ごめん、おれが悪かったわ」
黄龍の切れ長の瞳に悲哀が帯びる。
桃也は重々しく腰を上げて、父と母の双方が並ぶ墓石を恨みがましく見据える。
「……おれらを置いて異形なんかにやられやがって。その上母さんは『お姉ちゃんと仲良くね』って」
小さな拳を握りしめた瞬間、左手の小道から複数の足音が聞こえた。
桃也は驚いて、すぐさま音のする方向を振り向く。黄龍も彼に続いた。
そこには、二十代後半くらいの男性を先頭にして十数人の鎮守官が駆けてきていた。
「天雷……!」
「やっと見つけましたよ。桃也様」
龍麒一門専用の装束である直垂に、荷風と同じ眼鏡をかけた長髪の男性。
荷風の実兄である鳴見天雷は、安堵するように笑みを湛えた。
桃也は居心地が悪そうに天雷から目を逸らす。
「……何でここが分かったん?」
「先ほど妹から連絡がありまして、こちらに桃也様がいらっしゃるかもしれないと李様が仰ったそうです」
「やっぱり姉ちゃんか」
嘆息混じりに呟き、桃也は顔を上げて眦を吊り上げる。
「おれは央殿に帰らん!」
天雷を始めとした鎮守官たちが一斉にどよめいた。
「何を仰るんです、桃也様!」
「もう疲れたんやっ‼」
天雷は息を呑み、言葉を詰まらせる。
「どこにも遊びに行けんし、友達作って会うことも出来ん。おれがああしたい、こうしたいって思っても、全部総監やからって我慢せなあかん。おれ自身が総監になりたいって言ったんちゃうのに! それに――」
桃也は自嘲しながら続ける。
「おれは姉ちゃんと違って物分かり悪いから、いつまで経っても霊術は上達せえへんし、自分の役目を受け入れることも出来んかった」
踵を返し、桃也は天雷たちから遠ざかろうとする。
「我儘だけは一丁前な役立たずの総監は迷惑やし、要らんやろ。だからとっとと退散するわ」
「待ってください桃也様! 私たちは今、他でもない桃也様の御力を必要としてるんです」
「えっ……?」
天雷の制止に、桃也は目を見開いて振り返る。
その刹那、大鬼門がある方角から大きな爆撃音が轟き、追って小さな地響きも桃也たちを襲った。
「何⁉」
その場にいた全員が息を呑み、どよめきが走る。
すると、鎮守官たちの背後で大きな火炎玉が着弾し、辺り一面が火の海と化した。続いて
桃也たちの視界に映ったのは、紅黒の体毛をした巨鳥。
霊苑の一部を火の海にしたのは、高位異形の
波山は桃也たちに向かって、更に大きな火炎玉を放つ。
「桃也様!」
天雷が桃也を庇おうとしたところで、突如放たれた火炎玉が三本の水矢に射抜かれる。
そして、全て水滴に変換されて雨のように地面に降り注いだ。
全員が矢の飛んできた方角に視線を移すと、三本の水矢を番えて波山を狙う槐斗の姿が。彼の背後には
「槐斗!」「槐斗様!」
桃也と天雷が同時に呼んでも、槐斗は顔色一つ変えずに波山を見据える。
「玄武は火を消して。僕は
指示を受け、玄武は緩慢な動作で頷く。
そのまま尾となっている大蛇を火事場に向け、口から水を吐かせて消火する。
「
矢が放たれ、そのまま波山の頭部、胸部、右翼に直撃する。
矢が刺さったところから徐々に凍結していき、波山は苦悶した。最後には氷塊となって砕け散った。
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