第3話 姉弟喧嘩

 そこで、今まで沈黙を貫いていた槐斗が淡々と言い放った。

 進んで発言する性分ではない彼の参入に、李だけでなく他の兄姉たちも一様に驚く。


「私も探しに行きたいんですけど、総監二人がここを留守にしてしまったらそれこそ本末転倒なんで……。これ以上、指揮系統を崩すわけにはいかれへんのです」

「なるほど、それもそうだね」


 ごめん、忘れて。


 槐斗が再度静聴に徹すると、次に柳義が尋ねた。


「既に央殿の敷地内は隈なく探されたのですよね?」

「ええ。でも、やっぱり何処にもおらんくて。今敷地外の方を皆さんに探してもらってるとこです」

「桃也様が他に行きそうな場所に心当たりはありませんか。あと、どうして突然央殿を飛び出してしまったのかも」

「行き場所に心当たりがあるんなら、とっくに桃也は見つかってるはずだろ」

「……確かに、そうだな」


 口を挟んだ要梅の鋭い指摘に、どこか悔しげに首肯した柳義だけでなく、その場にいた全員が黙した。

 ややあって、李がおずおずと告白する。


「……でも、あの子が何で央殿を飛び出したんかは分かります。以前、あの子と口論になってしまったことがあって」


 それは、央殿敷地内にある屋外修練場で、李と桃也がそれぞれ霊獣を召喚して霊術の鍛錬に励んでいた時のことだった。

 最高位の霊獣、龍麒を従える彼らとて、経験や技術がまだまだ未熟な子供。ゆえに、彼女たちには指導役である数人の鎮守官が付き添っていた。


『もう嫌やっ‼』


 鍛錬の最中、突如桃也が手にしていた短刀を地面に叩きつけた。

 彼の隣で扇を構えていた李や他の鎮守官たちが、何事かと驚いて同じ方角に視線を向ける。

 李とそっくりの面立ちをした——けれど、彼女と違い年相応の幼さが顕著に表れた、姉と同色の直垂を纏ったその少年。


『何でまだ子供のおれらが、命がけで異形と戦わなきゃあかんの⁉ ただでさえ結界二つ張って維持するのもキツイのに、その上鍛錬とかっ』

『桃也様……』


 桃也を指導していた男性鎮守官が、憂慮の念をそのかんばせに滲ませる。

 一方で、姉の李は僅かに怒気を露にして弟を諭した。


『桃也。鍛錬は一般人を守るためだけじゃなくて、自分自身も守る上で必要なんよ。結界張るのも龍麒に選ばれた私らにしか出来ん仕事や。そもそも、私ら自身そんな前線に立つこと無いやろ? 他でもない総監うちらが指揮せなあかんから、部下が命張って戦ってくれてるんやで』


『じゃあ、おれらがわざわざ鍛錬する必要無いやんか!』

『万が一の時に備えるためや。それに、最強の霊獣を従えてるうちらが最弱の鎮守官で皆に守られてばっかりやったら、示しつかへんやろ』


 弁駁べんばくしても正論を突き返されて、反論の余地も無い。

 桃也はわなわなと肩を震わせて、更に声を荒げる。


『大体、おれはなりたくて鎮守官になったんちゃうわ。総監とか以ての外や!』

『なっ、あんた何言って……』

『姉ちゃんは良いよな。総監として生まれてきたことを普通に受け入れて、当たり前のように仕事熟してるんやから。麒麟の力も上手く使えてて、流石李様やって皆からも慕われてる。そうやろ?』


 桃也が心配そうにやり取りを見守っていた鎮守官たちを見渡すと、彼らは図星を突かれて俯いた。

 ほらな、と自嘲交じりに桃也は李に向き直る。


『対しておれはまともに黄龍の力使えてへんし、姉ちゃんみたいに皆を纏めることも出来ん。……せやったらもう、姉ちゃん一人で総監やればええやんか!』

『何言うてんの!』


 李の怒りも頂点に達し、姉弟の口論は益々苛烈なものとなっていく。


『おれはもっと普通の生活がしたいんや! 同い年の子は普通に学校行って、友達作って、一緒に遊んでる。やのに、何でおれは毎日汗だくになりながら鍛錬して、難しい本ばっかり読んだりせなあかんの? なんでおれには自由が無いん⁉』


『確かにうちらの生活は普通とはかけ離れてるし、不便な事も多い。でも、龍麒だって無作為にうちらを選んだんとちゃう。何かしらの理由があって……うちらに適性があったから力をくれたんや。その天職を蔑ろにすることだけは許さへんよ』


『何かしらの理由って何⁉ 適性とか言うけど、そんなの麒麟が直接姉ちゃんに教えてくれた訳じゃないやろ!』

『そ、それはそうやけど……』


 虚を衝かれ、李は言い淀む。


『それに、姉ちゃんは優秀やから天職なんてことが言えるんや! 出来損ないのおれの気持ちなんか分かるわけない!』

『桃也! 駄々こねるのもいい加減にし‼』


 李が怒鳴った瞬間、突然桃也と黄龍を囲うように地面が円錐型に隆起した。

 興奮状態になると時折発生する、霊力の暴発だ。


 天を穿うがつ勢いでそびえる、峻厳な地の剣山。

 濃密な霊力が放たれているそれに、桃也は愕然としつつも畏怖を覚えた。


『李様!』


 鎮守官たちもどよめき、その中の一人が李に向かって叫んだ。

 女性鎮守官の呼声に、李は我に返る。


『あ……』


 瞬く間に顔面蒼白になった。

 恐る恐る桃也を見ると、彼は隆起の隙間からこちらをめつけていた。


『ち、違う……。わざとやったんや……』


 姉の弁明に耳も貸さず、桃也は歯噛みして隣にいた黄龍を呼ぶ。


『黄龍!』


 主の意志を汲み取り、背を低くする黄龍。

 桃也は素早く乗龍し、そのまま剣山を超える。

 一旦地面に降り、再度姉を強く睥睨へいげいした後、すぐさま自身の部屋の方へと駆けだした。黄龍もその後を追う。


『待って、桃也!』

『桃也様!』


 李や鎮守官たちの制止の声が、小さくなった黄金の少年に向かって放たれる。

 だが、桃也は振り返りもせず、そのまま修練場を去った。

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