第12話 古代種のエリア

 翌日、飛竜に乗って騎士団員3人と共に、例の「古代種がいるエリア」に向かった。ナターリエは再びヒースの前に乗る。二度目なので少しは慣れたようだった。


「飛竜に乗っている間は攻撃をされない。奥地に行かなければ攻撃的な魔獣はあまりいない場所なので、今日はひとまず手前を巡回する」


「わかりました」


 飛竜に乗っている間に攻撃をされない、というのは当然のことだ。飛竜は竜族の中では下位に近い存在だが、そもそも竜族は古代種の魔獣からしても、竜であるだけで上位だからだ。むしろ、警戒をして逃げられることも多いと言う。


「それにしても、森が広すぎて……」


「ああ、この辺りも実はリントナー領なんだが、未開の土地が広すぎて把握が出来なくてな……リントナー領の7割は山や森で、そのうちの8割はまったく手を出せていない」


「そうなんですか」


「うん。実際、辺境伯としては、他国に対する警戒と交易に力を入れるのが筋なのでな。それも、関所を設けて今は順調なので、少し未開の土地を探索しだしたら、こんなことになってしまった」


 そもそも飛竜騎士団も、もともとは他国へのけん制のために作られている。また、ヒースの姉が今は指揮をして、国境警備をしているのだと言う。


「ご家族の仲が良いのですね」


「そうだな。関所は姉が、領民たちの生活は叔父と父が面倒を見てくれている。そのうち、弟が姉の代わりになるかもしれない。俺は、魔獣に詳しかったので一時的にこの地に住んでいる。魔獣たちが徐々に人が住む町に近づくのも防がなければいけないし、昨年は魔獣が畑を荒らしまわって大問題になってな。おかげで、やることは沢山あるんだ」


 なるほど、話がようやくわかった、とナターリエは思う。そもそも辺境伯令息という立場でありながら、何故彼が魔獣討伐にいそしむのかわからなかった。それこそ別の人に任せれば良いのに……と思えたが、彼が魔獣に詳しいならば仕方がないのだろうと。


 ヒースの前に飛んでいた騎士団が、手で何か合図を送る。


「高度を下げるぞ」


「はい」


 森の中、ぱっくりと木々が割れて山岳地帯が現れる。そこへ、飛竜たちは次々に吸い込まれるように降りていくのだった。




 山岳地帯の中に、緑がそこここに生えている。飛竜は低空飛行を続けた。


「わあ!」


 同じく、空を飛ぶ魔獣が飛竜の下に飛んでいる姿を見て、ナターリエは驚いた。


「あれは、ヘーラウですね……!?」


「そうだな。あれが、一番行動範囲が広いので、この辺でも見られる古代種だ。最初にあれを発見したことで、古代種がいるエリアがみつかった」


 人間ぐらいのサイズで飛んでいるその魔獣は、竜のような翼をもつが、顔がずんぐりと丸い。あまり空を飛ぶのは得意ではないようで、すぐに降りていく。


「ヘーラウは既に捕らえて魔獣研究所に送った」


「なるほど……わあ! ああああ、あれは、ノースですね……恐ろしい……!」


 蛇型の魔獣がうようよと動いている姿が見える。ナターリエは背筋をぞくりと何かが走り、体を震わせた。


「あれは古代種ではないが、この辺に結構いるな。魔獣の中では珍しい蛇型だ。飛竜から降りると、姿を潜めてこちらに向かってくるので、出来るだけ近付きたくない」


「わ、わ、わたしも出来るだけ近付きたくないです……」


「蛇は嫌いか?」


「あまり得意ではありません……」


「はははっ、そうか」


 やがて、山岳地帯の中でも大きく拓けた場所に出る。


「ここからが、古代種が多く出る場所だ。細い谷間の中に住んでいるものが多いため、そちらにいるのだろう魔獣はこの飛竜では追えない。よって、この広い場所に出入りをするものだけに限るのだが……多分、ここに繋がるあちこちの谷間で、多くの古代種が生きているのだと思う。それらは、こちらに出てこない、要するにこの山岳地帯からは出ないので、問題が発生しないとは思うんだが」


 開けた場所にはところどころ緑がある岩場になっている。そして、あちらこちらには、閉ざされている道、いや、道ともいえない谷間に繋がる亀裂が多く見える。


「では、魔獣研究所に連れて行くのは」


「ここに現れた魔獣になる。今日はまだ古代種はまったく見えないが、数日に一度はどれも姿を見せるので、何日か通えば一通りは見られるんじゃないかなぁ……」


「わかりました。エルドと、あと、トルルークに、亜種なのかどうなのかわからないものがいるんですね?」


「ああ。俺達で確認をしたのはその辺りだ。エルドに似ているが、どうも違うようにも見えるものと、トルルークにも同じようなものがいてな……体の大きさから、その二体は是非とも捕まえたいのだが」


 前もって、ヒースたちが発見をしていた古代種の一覧は見せてもらっていた。そして、その中で、亜種らしきものがいるものも。魔獣研究所も施設に限りがあるため、同じ種族を2体は受け入れていない。亜種ならば番以外は受け入れないが、亜種ではなく「似ているが違うもの」だったら、それは受け入れるというわけだ。


「他の古代種も見て欲しい。俺が古代種だろうと思ったものだが、もしかしたら魔獣の亜種なのかもしれないし」


「わかりました」


「飛竜から降りずに見られるかな……?」


「ううん、とりあえずは、ここから見てみますが、そもそも魔獣たちの姿があまり見えませんね」


「そうだな、みな隠れているようで……ここで旋回を繰り返して様子を見ていよう」


 飛竜たちはばらばらに飛んで旋回を繰り返す。古代種の魔獣が現れるのを待つためだ。飛竜を倒すほどのものはここにはいないらしく、飛んでいれば何も危害は加えようとしない。


 だが、飛竜も一定の時間で降りたくなるものなので、ここでの活動時間は限られている。


「なかなか、いませんね……あら、あれはフーアですね」


「おう。水辺に現れる馬だな……ここには小さな水源があるので、よく姿を見せる。あそこには、リスの魔獣、ラタトスクの亜種がいる」


 そう言ってヒースは岩場を指さす。すると、岩と岩の間に、リスのような魔獣がちらりちらりと姿を見せていた。


「まあ……あんな小さい魔獣まで、ヒース様はよく見えますね。この距離では、わたしには鑑定が出来ないぐらい曖昧な小さな動物に見えてしまいます」


「うん。視力は良い。あれぐらいのサイズの古代種はいないとは思うんだが、もしも、いたら飛竜から降りないといけないな」


「ううん、そうですね……」


「時間がないな。仕方がない。今日は帰ろうか……うん?」


 見れば、前を飛ぶ騎士から何かの合図が。


「ナターリエ嬢。あれを」


「えっ……あっ、あれは……!」


 ナターリエは驚きで目を見開く。大慌てで指をそちらに向け、鑑定スキルを発動した。


「古代種、ハラーヌですね……! まあ、本当に今も生きているなんて……!」


 岩場の亀裂から出て来たのは、大体成人男性の腰より下程度のサイズの古代種だ。亀裂の先には亀裂から出て来られないものがいると思っていたが、そうとは限らないということがわかる。確かに、その中で多くの魔獣が共存をしていなければ、肉食のものは生きられないだろう。


 のっそりと四足歩行で歩き、犬のように見えるが犬ではない。魔獣であるケルベロスに近く見えるが、似ているだけでまったく違う種族だ。


「何匹も出て来たな」


「あれは、まだ捕まえていませんか?」


「おう。ハラーヌは警戒心が強いので、飛竜で近付くとすぐに逃げてしまう。飛竜から降りて捕獲する方法を考えなければいけないな」


 ナターリエは少しばかり考え込んでいるようだ。と、その間に、ハラーヌ数頭は姿を消してしまう。


「あっ、逃げてしまったわ……」


「ひとまず、今日のところは帰ろう。おおよそ、どんな感じの場所なのかを見て欲しかったから、今日はこれでいい」


「はい。わかりました」


 ナターリエが頷くと、ヒースはみなに合図を送って、ぐるりとやってきた道に戻った。その、彼らの背に響く鳴き声が。


――ケェェーーーーーーーーーーーーン――


――ケェェーーーーーーーーーーーーン――


「あの声は?」


「よくわからないんだ。亀裂の中から聞こえて来るようでな。だが、鳴き声の大きさから、きっと体のサイズも大きいのだと思うんだが……」


「確かに」


「どちらにしても、あそこからは出られないので、問題はない……よし、帰ろう!」


 そう言ってヒースは飛竜を操る。みなは、一気に山岳地帯を抜けて、森に戻っていったのだった。

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