第11話 飛竜の鑑定
翌日、ヒースは何やら仕事が入ったと言って、フロレンツと共に一日邸宅を空けた。ナターリエはユッテと共に、もう一度邸宅内のあちこちに顔を出して――執事のティートと行った時は使用人と話は出来なかったのだ――改めての挨拶をして過ごす。
使用人たちはみなナターリエたちに友好的で、ヒースが誰にも好かれていることがわかった。それを、女中頭ヘンリケに言えば、彼女もまた優しく微笑んで「みな、ヒース坊ちゃまのことを好いております」と答える。「坊ちゃまかぁ~」とナターリエは笑いそうになったが、そこはなんとか堪えたのだった。
更に翌日、ナターリエはヒースとフロレンツに案内をされて、邸宅の横にある騎士たちの宿舎に足を運んだ。土地はいくらでもあるとばかりの大きな建物だったが、それをしっかり建築出来るあたりがリントナー辺境伯領の力があるのだと思える。
「まあ、飛竜たちがたくさん……!」
当然、飛竜に乗るのだから飛竜たちがいる。おおよそ20体がずらりと並ぶ、いわば竜のための小屋。その一つ一つにナターリエは顔を出す。彼女のその行動をヒースは自由にさせている。
(あら? 3体分空いているのね?)
竜舎がぽつぽつと空いている。それは、もともと竜がいなくて空いているのではなく、そこに「いるけれど今はいない」状態なのだとナターリエは判断をした。
「ヒース様、3体はお出かけ中ですか?」
「うん? ああ、そうだ。今朝からちょっと、その、おつかいのような」
「おつかい?」
仕事ではないのか、と思ったが、あえてナターリエはそこは問わず、今並んでいる竜の鑑定を始めた。飛竜はスキルをほとんどがもとない種族だとはわかっていたが、未知のスキルがあれば……とヒースに言われたためだ。
「わあ~! ヒース様、この飛竜、凄いですねぇ」
「うん?」
「スキルに気配察知と高度飛行があります」
「何だって……?」
驚くヒース。フロレンツに「知っていたか?」と聞けば、フロレンツも首を横に振る。
「こいつは、何か怖がりだと思っていたが……気配察知?」
「ええ、ええ。きっと、他の魔獣などの気配を誰よりも過敏に察知するのだと思います」
「なるほど……それと、高度飛行? そんなものがあったのか……」
「はい。通常の飛竜の飛行はそこまで高くないですが、この竜はそれより高く飛べるんですね」
「……なるほど! そうか。お前はそんなスキルを持っていたのか。おい、ヴェーダを呼んで来てくれ」
「かしこまりました」
ヒースが声をあげると、フロレンツが建屋に向かっていく。ナターリエはそれを気にもせず、飛竜たちの顔を一頭一頭見て回り続ける。
「まあ! ヒース様、この飛竜……」
「今度は何だ?」
「凄いですね! 遠方監視のスキルがあります」
「えんぽうかんし……?」
「はい! 普段見えない遠い場所を一時的に集中してみることが……ああ、でも会話が出来ないから、そんなに意味がないですねぇ……」
「なるほどなぁ」
「……あっ、この竜も高度飛行のスキルがありますね!? こちらは、ヒース様の?」
「ああ。俺の竜だ」
「何か……ああ、時間が限定されているようですね」
「時間?」
ヒースの飛竜は、高度飛行のスキルは表示されているが、時間が限定されているようだ。だが、その時間がどれぐらいのものなのかまでは、ナターリエには見ることが出来ない。
(人のスキルだったら、そこまで見られるけれど……魔獣のスキルとなると、また違うのね。力が及ばないのだわ……)
と、いささか心が曇ったが、そんなことを言い出しても仕方がない、と思う。
「時間が限られているようです。どれぐらいの持続かはわかりませんが」
「なるほど。だから、今まで特に高い場所を飛べなさそうだったのかな……」
ヒースはそう言って自分の飛竜に「おい、どれぐらいなんだ?」と声をかけたが、飛竜は当然言葉を返すわけもなく、ヒースの言葉を気にしない。
「それから……こちらの竜は、潜在スキルで高度飛行がありますね……今はまだ、目覚めていませんが、そのうち覚醒するでしょう」
ナターリエは20体ほどの飛竜を次から次に鑑定をして、最後には
「ああ、しまった……鑑定をし過ぎました……」
と、その場にへたりこんでしまう。
「大丈夫か!?」
「は、はい~……すみません、ちょっと、気持ちが高揚しすぎて……一気にやり過ぎました」
自分でそれがわかっているのか、とヒースは「はは」と笑い、彼女の隣に座る。下は地面だが、彼は気にしないようだった。
「スキルがある飛竜は3体か」
「そうですね。潜在スキルを除いて、20体の中の3体ですから、案外いるのだなぁという感じですね……その、ほとんどが高度飛行なので、皆様にとってお役に立つスキルではないのですが……」
「飛竜は飛べばそれで良いので、スキルはそんなになくても大丈夫だ。だが……」
ちょうどその時、先程呼ばれていたヴェーダという騎士がフロレンツと共に慌てて走って来た。
「お呼びでしょうか!」
「おう、ヴェーダ」
ヒースは立ち上がってヴェーダを迎えたが、ナターリエは立ち上がろうとして、またふらりとする。
「いい。そのまましゃがんでいてくれ」
「は、はい、申し訳ございません……」
「水をお持ちしますか?」
そのフロレンツの言葉に「大丈夫よ、ありがとう」と答え、ナターリエは小さく微笑んだ。
「ヴェーダ、こちらの方は、ハーバー伯爵令嬢ナターリエ嬢だ。魔獣鑑定士なので、昨日から来てもらっている」
「えっ、魔獣鑑定士!? おおお、凄いですね……あっ、自分はヴェーダと申します!」
そう言ってヴェーダは頭を下げる。短い茶髪の青年で、彼もまたフロレンツと同じく、ヒースと年齢はそう変わらないように見えた。
「ナターリエと申します。ごめんなさい、ちょっと今、立てなくて……」
「ええっ!? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お気遣いなく」
そう言ってナターリエが微笑めば、ヴェーダは心配そうな瞳を向ける。それへ、ヒースが声をかけた。
「ヴェーダ、お前の飛竜なんだが」
「あっ、はい」
「気配察知と高度飛行というスキルを持っているらしいんだ」
その言葉にヴェーダの目が大きく見開かれる。
「高度飛行……ああ、やっぱりそうなんですね? 一番高く飛べると思っていましたが、それはスキルだったんですね。それから、えっと……気配察知ですか。もしかして、それであの谷に向かうのを嫌がっていたんでしょうか」
「多分な……ってことは、ヴェーダの飛竜が嫌がるような相手が、あの谷にいるということだ」
「なるほど……いや、よかった、言うことを急に聴かなくなったから、どうしたのかと……」
ほっとした表情のヴェーダ。しかし、それへフロレンツが話に入る。
「とはいえ、そう、よくもないですよね」
「そうだなぁ。飛竜よりも上の存在があの谷にいるんだな……俺の竜もなんとかあの谷に入る山岳を飛べそうだったが、時間制限があるらしい……」
「放置しても大丈夫でしょうか」
「今のところ、あの谷に入れるほどまず高く飛ぶことは、もし俺の竜が飛べるとしても二体にしか出来ないし、お前の竜はそれを嫌がるしな……それに、刺激をするのもどうかと思う。まあ、要検討案件だ」
と、ようやくナターリエは立ち上がる。
「その『谷』とは?」
「うん。古代種たちがいるエリアを越えると、更に大きな山があって、そこに谷間があるんだが、高すぎてこの飛竜たちではぎりぎりいけないぐらいなんだ。馬ならば入れるんだが、古代種のエリアが深いため、馬をそこまで連れていけなくて。かといって飛竜で行くにも、この飛竜でしかいけないので調査対象にはしていないんだ。だが、一度近くに行った時に、この飛竜がおかしな動きをして」
「……なるほど。そこに、飛竜が嫌がるような、魔獣か何かがいるのでは、ということですね? でも、飛竜より上位のものとなると……同じ竜族のトップか、古代種になりますね?」
「やはりそうなのか?」
「はい」
ナターリエはすっかり真剣な表情で2人に話す。
「飛竜は竜族の中でも比較的下位の存在です。空を素早く飛ぶことに特化をしているだけで、要するに逃げることは得意ですが、戦うことには実際は向いていません。ですから、上位の竜の中で遠隔攻撃を出来る竜を苦手としています。それから、古代種の中では大きなものは飛竜ですら餌にするようなものがいたと言います。勿論、飛竜もそこまで簡単には捕らえられないので大丈夫だと思いますが、本能として残っているのかもしれません」
その説明にヒースとヴェーダはぽかんとする。ナターリエはそれに気づくと、かあっと頬を紅潮させて大慌てした。
「あっ、あっ、あの、出過ぎた話をっ……そのう、わたしが言ったことは書物に記してありますので、その、本当かどうかはわかりませんが、きっと本当かなぁ~って……あっ、それとも、もうご存知でしたら申し訳ございません!」
「ああ、いや、驚いた。そこまではっきりとした情報を我らは持っていないので」
「そ、そうなんですか?」
ヒースのその言葉にほっとするナターリエ。
「試験の直前に読んだ部分でしたので、よく覚えていただけなんです。あの、グローレン子爵のところで竜を見ましたよね? あれから、もう一度竜について調べていて……」
「そうか」
「竜といっても、沢山の種類があるので、覚えきれなかったんですけど……こちらにいる飛竜は昔ながらの飛竜をそのまま産んで増やしたんですね? みんな立派で驚いています!」
と、話が逸れていることにも気づかずに、ナターリエは夢中になる。再び飛竜を眺めては「本当に綺麗な瞳!」と喜ぶ姿を、ヒースは微笑んで見守っていた。
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