出会った日々草

 福寿は気が着いたら教室にいた。不思議なことに教室には自分を含め唯一の友人である男がいるだけである。しかしなんの矛盾も感じない。


「福寿、大丈夫か? 肩をゆすっても起きなかったんだぜ」

「嗚呼、すまない怜央れお。変な夢を見てた」

「変な夢?」


  福寿は静かにうなずく。


「卒業式の帰り、異世界人に召喚された。だけど魔力が少ないからと追い出されたんだ」


 怜央はクフフと笑いながら答える。


「なんだそりゃ、そのラノベ展開」

「だよな」


  福寿も少し笑い始める。


「もしかしてこんな奴に追い出されたか?」


  そう言うと友人はあのに変貌する。


「は、なんで」


  友人だったものは笑いながら告げる。


「其処らで死になさい」


 友人だったものの顔に義父の顔が重なる。


「どうして俺がお前を愛する必要がある? 金を出すだけ感謝してくれ」


 隣に義母が出てくる。


「私が産んだわけでもないし、それにあなた杏子と違って取柄は顔だけじゃない」


 周りに数多の女たちが現れる。


「それはつらかったね」

「私はあなたを愛してあげられる」

「だから抱いて」

「お互い欲が満たされればいいでしょ」

「どうして、私を愛してくれないの! 私はあなたが好きなのに」

「あなたから誘ってきたのよ」


  最後に、自分に似たやつが出てきた。そして皆で言う。


「全部、君のせい。だから......」


「はあ、はあ、はあ」


 そこで飛び起きた。急いで深呼吸をして息を整える。悪夢から覚めた時の対処法はもう何度も経験しているため、すぐに平常時の呼吸に戻る。そして落ち着いて周りを見渡す。


(和室だ)


  六畳間の和室の真ん中に布団が敷かれている。正面は襖、左右は壁、背面は障子。


(ここはあの和風建築の一部屋か?)


  そう思いながら正面の襖を凝視する。するとスッと開ける音がした。福寿は少し目線を上げる。そこには福寿よりも年下であろう少女が立っていた。背は百五十センチぐらいだろうか。烏の濡れ羽色をした髪は内側に大きくはねており、前髪は真ん中で分かれている。格好は着物の下にブラウスを着ており、膝丈のスカートを履いている。構造としては漢服の方が近いのかもしれない。しかし、袖が着物のものである。福寿は少女と目が合った。ブラックスピネルのような黒い瞳であった。吸い込まれそうになるほど美しい瞳だと思った。


「あ、起きたんや。おはようさん」


  少女はそう言うと福寿の布団へと近づき腰を下ろす。木桶をそばに置き、掛布団に落ちている布を回収した。それは額に乗せられていたのだろう。


「あの...... えっと」


 福寿は言葉が出てこなかった。しかし少女は福寿の疑問へ答えるように言葉を発する。


「うちの近くの森で木を失ってたから保護した」


(やっぱりここはあの和風建築物みたいだ)


「あの、助けていただきありがとうございます。えっと貴女は?」


 福寿は感謝を述べ、少女に名を訪ねたが彼女は少し顔をしかめた。


「相手に名前を聞くときは自分から名乗るべきやない?」

「そうですね、すみません。僕の名前は七坂福寿と申します、貴女の名前を伺っても?」


  そういうと少女も不貞腐れながらも名乗ってくれた。


「私はオウサカ・ビンカ」

「えっと……ビンカさん、改めてありがとうございます」


 福寿は当たり障りのない笑顔を浮かべる。


「どういたしまして。ところでなんで森ん所で倒れとったん?君、昨日の夜に見つけてから今日の夕方まで起きんかったんよ」


 ビンカは福寿の顔を覗く。福寿はポツリポツリと話し始める。


「えっと、なんか聖女召喚の儀とかいうのに巻き込まれたみたいなんですけど、魔力が少ないとか言われて追い出されました」

「あー、大神殿から来たんか。それなら、森ん中結構歩かなたどり着かんよな」

「えっと、神殿の扉の前でこれからのことを考えていたら女性に出会って......」


 そこまで話して福寿は思い出した。


「あ、ここに来るように言った女性がこれを渡せば薬屋さんが助けてくれると言われて来ました。えっと薬屋さんは......」


  それを聞いたビンカは手のひら福寿に差し出す。福寿は訳も分からず少女の手に自分の手を重ねた。それを見ながらビンカが少し顔をしかめながら言う。


「天然ボケか? 手紙渡してほしいんやけど」


(たぶんこの子は薬屋の関係者だよな。でも多分大切な手紙だろうし薬屋本人に渡した方が良いよな)


「えと、大切な手紙だと思うので薬屋さん本人に渡したいいのですが」


  それを聞いたビンカは平然とした顔で言う。


「私が薬屋さんですけど」


  それを聞いた福寿は驚いた。自分よりも五歳ほど年下に見える少女が薬屋だと聞き自分の固定観念が砕けた。


 (薬屋と聞いたから勝手に自分より年齢は高いと考えていたが、そうかこんな年の子でも薬屋できるのか。にわかには信じ難いが渡すしかないか)


 福寿は警戒しながらビンカに女性から貰った手紙を渡す。ビンカは封筒を開け中の手紙を読み始めた。読み終えるとハーと溜息をこぼした。


「なるほどな、教会側はまだ腐っとんか。事情は分かった、うちで保護するわ」


 ビンカは面倒くさそうではあるが答える。しかしこの言葉を聞いても福寿は安心できなかった。


(瞳の色が瞳孔と同じような色で瞳孔を観察できない。言っている事は本当なのか? 瞳孔以外で判断するしかないな……)


 そのような考えを悟られないようにビンカに話しかける。


「そうですか、良かったです! それにしてもまだ若いのにしっかりしてますね。薬屋なんてすごい!」


 それを聞いたビンカは不思議そうに首をかしげる。


「いや、べつに、私と同じぐらいで勝手に拉致られた挙句、追い出されたあんたも大概すごいで」


  会話が少しずれているが福寿はそれよりも気になったことがあった。自分よりも年下に見える少女が自分と同じぐらいの年齢であるような言動をしたのである。


「僕、十八歳だよ」

「私、十九やで」


  少しの間沈黙していたが、ビンカがまた溜息をこぼした。


「おるよな、人の身長とか容姿から勝手に年齢推測する奴...... まあ、慣れてるからええけど」


 そう言いながら遠い目をしていた。だがすぐに切り替える。


「保護するといってもタダってわけにもいかん。アンタにはうちでの生活費は体で払ってもらうから」


  それを聞いた福寿もハーと溜息を吐く。


 (どこの世界でも僕に求めるものは同じか......)


 そう嘲笑しながら福寿は笑顔を取り繕いビンカを布団に押し倒す。ビンカはよくわかっていない様子である。


 福寿がビンカにキスをしようとした瞬間、幼女の悲鳴が聞こえた。


 「わっ、ビン姉ちゃんが男に襲われてる!」

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