杜若は颯爽と去る

「あ、お帰り」

 

 ビンカは押し倒されたまま幼女に挨拶した。幼女は青みがかった紫の髪に黄色の瞳をしている。青紫の髪は三つ編みにされていた。


(驚いて瞳孔が小さくなっている)


 福寿は冷静に瞳を観察した。


「ビン姉ちゃん、それは同意したの?」


 幼女が青い顔をしながらビンカに問いかける。


「いや、この人が勝手に押し倒してきた」


 それを聞いた幼女は声を張り上げて叫ぼうとする。


「誰か! 強姦......」


 そこまで言ったが慌てた福寿に口を塞がれた。


「いやいやいや、まずこの人がここで生活するなら、体で払えっていったの!」


 そう言いながら福寿はビンカを指しながら弁明する。


(あれ、幼女にこんなこと言うべきじゃなかった)

 と少しだけある良心が痛くなった。


「どんな生活しとったらソッチ方面に受け取んねん」


 と言うとビンカは立ち上がりスカートを整える。


「普通、体で払う言うたら肉体労働やろ」


 そう言いながら乱れた布団を整える。


(いや、言い方がややこしい......)


 福寿は心の中でツッコんだ。ビンカは布団をポンポンと叩く。


「まだ、体調悪いやろうから寝とき。あとで診察とかするから」


  そう言われた福寿はおとなしく布団に戻った。


「そういえばアイラヴェ、なんで帰ってきたん?」


 ビンカが聞くと幼女は慌てだした。


「あ、今日は師匠のところに泊まるの。早く戻らないと」


 幼女もといアイラヴェは慌てて部屋を突っ切り障子を開け放つ。右側に消える。そして間もない瞬間に荷物を持って戻ってきた。


「じゃあ、ビン姉ちゃん。そういうことだから」


 そうしてアイラヴェは足早に去って行った。


「いってらっしゃい」


  そう言いながらビンカは障子を閉めた。ビンカはあ、と言い何か思い出したように福寿に話した。


「さっきの子はアイラヴェ。うちで暮らしてる子。てぇ、出したあかんで。私の娘みたいなもんやからな」


 そうビンカは福寿に釘を刺した。その瞳は福寿を激しく睨んでいる。


(別に僕はロリコンではないんだけど)


 福寿は心の中で否定した。


「じゃ、診察とかの準備するからおとなしくしといてな」


 ビンカはそう言い、部屋を出た。


(とりあえず保護はしてくれるのか? あのビンカって言う人瞳孔が見にくい。嘘かどうかの見極めがほかの人より断然やりにくいな。それに肉体労働って何をやらせる気なんだ)


 そんな事を考えているとビンカが部屋に戻ってきた。少し重そうな鞄をドスッと床に置く。中から何かを取り出し、謎の液体につけられた綿をピンセットで取り出すと棒状の物を拭く。そしてそれを福寿に渡す。福寿は渡されたものをマジマジと観察した。棒状のガラス、中には銀色に輝く液体が入っており目盛りが刻まれている。


「これは…… 体温計?」

「そう、体温計。それ脇に十分ぐらい挟んどいて」


(十分…… 長いな)


 そう思いながらワイシャツのボタンを少し外し脇へと挟む。


「じゃあ、した、出して」


 そうビンカが言った。福寿は深く考えずにズボンを脱ごうとする。


「いや、あんたのソコに興味ないから。ベロ見せて。ぜつ、タン」


って舌のことか)


 福寿は舌を出す。ビンカは、なんでソッチ方面に捉えるかな、などブツクサと言いながら舌を観察している。


「歯痕がある。それに色が淡白。次、舌の裏見して」


 福寿は大人しく舌の裏を見せる。


「静脈が怒張しとる。次、腕出して」


 両腕を出すとビンカは福寿の右手首を掴む。しばらく握りっぱなしだがビンカは何も言葉を発しない。福寿はそれが気まずく思えた。暫くすると左手首を掴まれる。そこにあった傷にビンカは顔を顰めるが特に何も言わなかった。


「脈は異常無い」


 そう言うとビンカは福寿の腕を離す。そしてビンカは福寿に問いかける。


「あんた、よく寝れとる?」

「不眠気味ですね」


  ビンカはそれを聞くと次の質問をする。


「じゃ、乾燥肌、便秘気味とかは」

「どっちもありますね」


 ビンカは静かに考える。


「あの、十分経ちました」

「ああ、体温見して」


 ビンカは体温計を受け取ると数値を確認し、綿で念入りに拭いた。


「典型的な陰虚いんきょ体質やね。しかも貧血気味。何か自分で気になることとかない?」


 そう言われ福寿は考える。


「えっと、眠りが浅いこととか?」

「なるほど、とりあえずハーブティーとかから出していくか。改善が見られんかったら漢方出す。多分規則正しい生活しとったら少しずつ改善してくるやろ」


 ビンカはブツブツと呟く。


「不眠とか眠り浅いの、自分で原因思いつく?」

「えと、寝ると悪夢を見るんですよ。だから、また悪夢を見るんじゃないかと……」

「不安からか」


 ならカモミールとかリンデンがいいか、とビンカがブツブツ呟いている。


「あの、お風呂ありますか」

「ああ、お風呂。ちょい待って。温め直すから」


 そう言って鞄を持ち上げ部屋を出る。


(あの人、本当に薬屋みたいだ。意味不明な単語を言っていたし。正直まだ信じがたいけど。こういう世界では回復魔法とかあるもんじゃないのか)


 そう考えていたらビンカの声が聞こえる。


「あんた、浴衣着れる?」

「着れます!」


 福寿はビンカに聞こえるように声を張り上げた。福寿は布団に寝転びながら思考する。


(えっと、薬屋で肉体労働するんだよな。というか薬屋に肉体労働あるのか?)


 そう思いながら天井を見つめる。自分のどうしようもない人生を振り返りつつ苦笑する。


 しばらくするとビンカが襖を開けた。


「お風呂温まったで、ついてき」


 そう言われ福寿は立ち上がりビンカに着いていく。部屋を出ると床張りの部屋に続いていた。四畳半の真ん中にダイニングテーブルらしきモノがある。右側には時代劇などで見るような土間があった。かまどはレンガばで作られたものである。水場にはタイルで装飾されたシンクに手押しポンプがつけられている。また台座の上では植物が育てられているが、福寿にはどれがどのような植物かわからない。珍しい光景に福寿は目をキョロキョロさせる。ビンカは福寿の前に草履差し出す。


(履き替えろということか)


 福寿は草履をビンカのあとについていく。土間の奥の扉を開けると脱衣所があった。


「ここが風呂場な」


 そう言いながら右側の引き戸を開けると正面には桶や固形石鹸、瓶の置かれた台がある。左側を向くと大小の鉄砲風呂があった。


「えと、シャンプーは? シャワーは?」


 現代に生きてきた福寿には当たり前にあったものが無い。


(固形石鹸だけでどうやって髪を洗うんだよ。ギシギシになるぞ)

 と突っ込むしかなかった。


「うちにシャワーとかないで。体とか頭流すときは小さい方からお湯すくて使って。あと、体洗うときはそこの石鹸使って、頭は石鹸使ったあとに瓶の中のレモン果汁をお湯に入れて髪漬けて」

「は、はあ」


 福寿はそういうのがやっとだった。福寿が固まってるうちにビンカは浴室を出る。


「浴衣は脱衣所に置いとくから、じゃ」


 そう言って脱衣所の扉を閉める音が聞こえた。福寿は大人しく服を脱ぐ。言われたとおりに髪を固形石鹸で洗う。思った通り髪がギシギシになった。そのことを不満に思いながら桶にお湯を入れレモン果汁を一周させる。それを頭の頂点から均一になるように流す。


(髪のギシギシがマシになった。これはちょっと感動だな)


 そう思いながら体を洗う。それから湯船に入った。湯船には何やら草が浮かんでいる。


(背中の引っかき傷が痛い)


 福寿はそう思いながら湯船の温かさを堪能した。


 

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