第13話 キューピット
それからの剣士はバイトに明け暮れて目の回るような忙しい毎日を送っていた。バイトの時間を作るために練習は朝と帰りに分けて、それからバイト。帰ってくるのは毎日九時過ぎだった。それから宿題、課題を片づけて寝るのはいつなのか私達はゆっくり話す時間もなくなった。
「剣士朗、なにをあんなにむきになってバイトしてるんだ。高校生の本分は勉強だろう」
相変わらず口うるさい父さんが剣士のことを気にしていた。剣士の忙しさは普通じゃなくて私も身体を壊すんじゃないかと気にはなっていた。
「父さん、でも剣士、勉強も真面目にやってるよ。この頃ノート写させろって言わないし」
その点は私も驚いている。人を頼ったりせずに頑張る姿勢にびっくりしていた。
「そうか、やることはやってるんだな」
どっかやけくそみたいな、身体を動かしてないとやってられないみたいなそんなとこはあるけれど……剣士と二人になるとこの前の続きが始まりそうで私も剣士を避けていた。
もう少し、もう少し剣士の気持ちが受け止められるようになるまで、私に余裕が出来るまで待ってて欲しいな……
今はそれより、なんとか先輩達の間がうまく行くと良いと毎日頭を悩ましていた。先輩のことが吹っ切れたお陰で元気も出たし、文芸部でもっとやれることがないかと探すのも楽しかったし、何もかも私にとっては始まったばかりだったから……
私は高校生活に没頭してみたかった。文芸部を校内で最大限利用してもらうには何が出来るかと思って色々考えてみて、選挙のポスターのコピーを考えたり。校内の清掃標語を作ったり。クラブ紹介のコメントを書いたり。考えるとやれることがたくさんあって、私はこっちの方が性に合ってて他の部からも依頼が来るようになった。
「ひみこちゃんのアイデア良かったよね」
「そうなんだよ文芸部って言うと部内でやっているだけでいまいち外向きじゃ無かったけれどこの頃他の部の人も出入りして活気が出て面白くなったよ」
高良先輩が明るく言うと、
「小説書いてるばかりが文芸部じゃないって自分達も新鮮だったよね」
幸乃先輩がつっこんだのを受けて、
「それちょっと嫌み?」
っていうのにも、
「そんなこと無いって」
と、軽く受け流す先輩達のやり取りもどこかゆとりがあってこの頃ホッとする。私も読みたい本の間に気楽に出来る作業が楽しくてはまっていた。
俳句の会も季節ごとに主催しようかなんて計画して毎日新しいことを探して活気があった。片思いの辛さを味わった私としては、どっかとどっかを繋いだり、うまくいってないところのパイプ役になったり、そう言うのがはまり役という気がした。
これで先輩達がうまくいったら言うこと無いな。私にはなにも出来ないけど周りでチャラチャラして先輩達の心が和んだらいいなと思った。
高良先輩の前向きな心があれば二人はいつかきっとうまく行くと思っていたし……
「先輩、私、美術部にポスターの絵の依頼にいってきます」
「あ、待って私も行く」
珍しく幸乃先輩が腰を上げた。私は歩きながら幸乃先輩の横顔を見ていた。落ち着いた綺麗な輪郭。ツルンとした頬。先輩って本と綺麗だな……
「私ね、今までずっと宗司のやり方に反発してたの。小説書きたいのはわかってる。でも、自分の中でそれだけで良いの?って思うことよく合って、その度に宗司を責めてた。
だけど、何も出来なくて、発想の飛躍がないのよね。あなた見ててやりたいことは自分がやるんだって気づかされた。今まで私のやりたいことはこんなことじゃないって宗司に押しつけてばかりで、小説書きたいって言う宗司の気持ち否定し続けてた。
宗司のやりたいことは宗司がやればよかったんだよね。私のやりたいことは私がやればいいんだってようやくわかってきたら、何か気持ちが楽になったわ。
良かった巻邨さんが文芸部に来てくれて、私そうじゃなかったらずっと宗司のこと認めてやれなかった。
ううん、自分のやりたいこと、人のせいにしてやれなかった」
幸乃先輩がそう言ったときすごく嬉しくてついお節介の虫がわいてきた。
「先輩……あ、ついでに高良先輩のやりたいこともう一つあるの知ってます?」
と言ってしまった。
「あら、いうじゃない。彼素敵よね……出会ったときのままの気持ちずっと持ち続けてるのって奇跡に近いと思うの。私こんなだから、生意気だし、反発ばかりしてるし、本当ならとっくに愛想つかされるところなんだけど、ずっとずっと同じ思いを抱いていてくれてるなんて信じられないよね」
幸乃先輩は優しい顔でそう言って私を見て笑った。
「二年間も待っててくれてありがとうっていつ言おうか考えてるのよ」
「そ、それ言うなら早い方がいいですよ。……高良先輩もてるから!」
慌ててそう言った私を見て幸乃先輩は嬉しそうな顔をした。
「あ、あの美術部この依頼受けてくれますよね?」
「大丈夫、大丈夫、これでも私顔がきくのよ。こういうことしたいって思ってる人結構いると思うし。本は本で出していきたいけど学校に関わって色々やっていくのもすごく楽しいよ。私もやりたかったことなの」
先輩の生き生きした顔はまだまだ駆け出しの私にとってビタミン。勇気百倍だった。
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