第36話 瀕死の男
サライ村の宿営地がある西の海岸。
ココは夜空を見上げるなり、あっと小さく声をあげた。波の近くまで駆けより、口を閉じるのも忘れて夢中で遠くを見つめている。
「ココ、どうしたんだ?」
彼女の近くの岩場に腰掛けていたラピスが言った。聞えてくる小波の音の間から、ココの心臓の高鳴りが伝わってくる。思いが強いほど、その位置や行動を知ることは容易かった。それでも、ココの姿やその見つめる先に何があるかを知ることはできない。
「虹が見えるの。月の下に……」
月の光がやわらかく海を照らし出している。だが、生まれた時から目の見えないラピスには“虹”どころか“月光”というものですら想像することは難しかった。
「虹って夜にも見えるのか」
「前にもグラン・パープルへ向かう船の中で、これと同じ虹を見たよ。すごく大きくて綺麗な虹を」
ふうん……と、ラピスは気のない返事をしてみたが、
“
と、少し眉をひそめた。
「何だ、もう消えちゃった……」
つまらなそうにそう言うと、ラピスの元へココが戻ってきた。
「それはそうと、ココ、もう腕の痺れはとれたのか」
「あ、もう全然平気。腕の痺れなんて、あの大きな白い鳥で空を飛んだ時の緊張で吹き飛んじゃったもん」
「ああ、鳥ね。お前が空から降りてきたって、どんでもない騒ぎになってたもんな」
「なあ、ココ」
ラピスが言う。
「お前がエターナル城の迷宮をゴットフリーと一緒に通り抜けてきた話はスカーから聞いた。その時にランカの棘に刺されて、あの鳥に乗って帰ってきた話も。でも……」
「でも、何?」
いつになく真剣な声音のラピス。
「王宮の地下に水晶の棺に入って眠っているという“レインボーヘブンの欠片”それが、あの鳥だったのか」
ココは一瞬、言葉を詰まらせた。ゴットフリーと城の尖塔の最上階で見た、レインボーヘブンの欠片“
だが、ふと見上げたラピスの瞼を閉じた顔が、“樹林”の寝顔と重なった。
「ラピス……あのね……」
と、ココが重い口を開こうとした、その時
「ラピス、ラピス、 そこにいるのかいっ!」
息せき切って駆けてきたのは、フレアおばさんだった。呼ばれたラピスは人の悪い笑いを浮べて言った。
「いるけど、どうしたの。そんなに走ったら、血圧あがってぶっ倒れるぞ」
「それどころの話じゃないよっ、急患、急患だよ!」
「急患? 医院の方じゃなくて、こっちに?」
クーデターを企てているメンバーが怪我でもしたのか。訝しげに岩場から立ちあがったラピスは、フレアおばさんの言葉を聞いて脱兎のごとく駆け出した。
「
* *
「おいっ、ジャン、どこへ行くんだ!」
突然、宿から外に飛び出していったジャンをタルクが追う。
「胸が痛い。締めつけられる……この熱さは何だ。 奴はどこへ行った?!」
空に向かって狂ったように声をあげる。普段、見たこともない荒立った様子にタルクはただ驚き、その姿を見すえるばかりだ。そのまま、地面にひれ伏したかと思うと、じっと下を向いているジャン。すると、その体が蒼白い光を帯び出したのだ。
「ジ、ジャン。お前、何するつもりだ」
「ゴットフリーを探す! グラン・パープル島の大地の気を僕の元へすべて集める」
王宮武芸大会でBWは水滴を使って王宮の情報を得ていた。ならば、僕は大地を媒体にして、この島を探ることができるはずなんだ。
「グラン・パープルの大地の気を全部だなんて……とてつもない力がいるんじゃないのか」
「力を全部使いきってしまったって、僕はあいつを探さなきゃならないんだ」
地面に両手をばんとつけると、ジャンは人には到底出せない声で咆哮をあげだした。
うおおおおおっっ!!
目を開いていれないほどの眩い光。蒼の閃光。
それが地表を覆うともに、グラン・パープルの大地は小刻みに震えながら探索の波を島全体に広げていった。
* *
「また、血を吐いた。ラピス、どうしたらいいんだ!」
「顔を横に向けて! でないと、吐いた血が喉にたまって窒息するぞ」
「ココ、俺の医院に行って診療用のカバンと薬品箱をとって来るんだ! 誰かそのへんの奴を捕まえて馬を出してもらうといいからっ」
「え、でも……」
「早く行けっ」
ラピスの苛立った声にせかされて、ココは外に飛び出していった。
「誰かに馬を出してもらえって言ったって……」
すると、目の中にあせった様子でこちらに駆けて来る男の姿が入ってきたのだ。
「スカー、馬、馬を出して。私を乗せてっ」
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