第31話 決意
「やっぱり、帰っていないみたいだ。ゴットフリーもリュカも」
城下町のはずれにある宿に戻り、タルクは深いため息をついた。ドタバタのうちに終わった、何だか訳のわからない王宮武芸大会。
一応、優勝者はタルクというアナウンスがあり、表彰は後日ということで観客も出場者も追い払われるように城門の外に出されてしまった。
「キャリバンのせいで、観客席と王宮の一部が壊されてしまったもんな。死人が出なかったのが、奇跡みたいだ」
と、ジャンが笑う。
「おい、笑ってる場合か。ゴットフリーが王宮の迷路に迷い込んでしまっている可能性大なんだぞ! それにリュカだって、どこかの達の悪い男に連れてゆかれちまったのかも知れない」
怒鳴ると胸のあたりがぴりぴりと痛む。やはり、キャリバンの足を支えた際に骨か筋を痛めたらしい。だが、タルクは、そのことをジャンには伝えなかった。
こいつはお人よしだから、俺の些細な怪我でも力を使っちまうからな。
タルクは悪い予感がしてならなかった。
この国は、これから、もっと酷くなる。その時のためにジャンには力を温存しておいて欲しいんだ。
「リュカは……心配いらないよ。あいつは僕なんかより、ずっと強い」
一見して、ジャンは元気だった。だが、その心はタルクと変わらず、どきどきと鼓動を早めてた。
この胸騒ぎ……何かが起こりはじめている……それに、リュカ……彼女の力を何も感じなくなってしまったのはなぜだ? ゴットフリーはどこにいる? 僕らは彼を探さなきゃならない。
その時、軽いノックの後に、開かれた部屋の扉。
「タルクさん、王宮から書簡が届いてますよ」
宿の女主人だった。
「書簡? 王宮から?」
タルクは、女主人から手渡された封書を訝しげに見やる。絹目の光沢がある純白の封筒にグランパス王国の紋章、金箔の封印。書簡まで派手な作りだ。
無造作に封筒の口を開くと、タルクはジャンに聞こえるように中の文章を読み上げた。
長剣のタルク殿
明日の夕刻、王宮の中庭にて王宮武芸大会、優勝者祝賀晩餐会の開催が決定いたしましたのでお知らせいたします。
今大会の優勝者のあなた様におかれましては、表彰、賞状と賞金の授与を致したく、必ずの出席が責務となっておりますので、お忘れになりません様。
この書状を招待状と致しまして、当日、夕刻までに城門にお越し下さい
エターナル城、筆頭執事
「明日の夕刻って、それまでに、壊された王宮を修理できるのか?」
「それにも驚かされるが、何だ、この偉そうな文章、必ず忘れずに出席しろよ。だとよ」
「まあまあ、賞金がもらえるならいいじゃないか。でも……その前に僕たちにはやらなきゃならないことがある」
「ゴットフリーを探さないとな」
タルクの言葉に、今度はジャンも“うん”と強く頷いた。
* *
王女リリーの部屋を出たゴットフリーは、彼女と共に城壁の階段を下りていった。上手い具合に衛兵とすれ違うこともなく、彼らは王宮の裏までやってきた。
「ここでちょっと、待ってて」
今の明るい声とは裏腹な切羽詰ったリリーの台詞を、ゴットフリーは思い出す。
王妃を殺せ……か。
確か、今の王妃は後妻だったな。前の妃は病死と聞いたが、ソード・リリーはその娘か。
彼女が王妃を恨んでいるとするならば、前妃 ―リリーの母 ― の死は病気が原因ではないな。
多分……暗殺……依頼主は今の王妃。
脳裏に王宮の廊下で見た王妃の肖像画が浮かび上がる。あの嫌な目の光。
“エターナル城の歪みの根源は、やはりあの王妃か”
* *
やがて、リリーが息を切らしながらもどってきた。
「衛兵の服をもってきてあげたわ。上着は目立つからやめた方がいいでしょ。開襟シャツとズボンだけだったら、普通の服と変わらないから。少し大きめを選んだから、サイズは大丈夫だと思うけど」
少し心をはずませながら、リリーはその服をゴットフリーに差し出した。こんな状況ではあったけれど、生まれて初めて、自分以外の人のために服を選んだ。例えそれが衛兵の制服であったとしても、これはリリーにとって画期的な出来事だったのだ。
「そんなことをしてもいいのか? 王女が屯所から衛兵の服を持ち出している所を見られでもしたら、お前、立場をなくしてしまうぞ」
「大丈夫よ。屯所は小さい頃から私の遊び場みたいなもの。お父様もお母様もお忙しくて、退屈な時はいつもそこで、遊んでいたんだから」
なるほど、並々ならぬ王女の剣の腕は、そこで鍛えられたというわけか。
ゴットフリーは納得したように頷いた。
「この林道の先に王宮専用の温泉があるわ。王宮といっても、使うのは私だけだし、侍女も衛兵もこの先からは立ち入ることを許していないから、どうぞ、ゆっくりしていって」
「……で、温泉でゆっくりした後、俺はどうすれば、いいんだ?」
「温泉の裏の林道を更に進むと海岸に出るわ。もう、そこは王宮の外。帰りたければ、そこを通ってゆけばいい」
リリーの言葉にゴットフリーは顔をしかめる。
「王妃の件は?」
「夜風に吹かれて私も少し頭が冷えたわ。二つ返事で出来るものでもないでしょう。もしやる気があるのなら、明日の夜8時にまたここに来て。今日のように人払いをしておくから。もし、あなたが来なければ、この話はなかった……ということにします。やってくれるなら、それ相当の謝礼はするわよ。他言は無用! もっとも、誰かに話したとしても、疑われるのはあなたとあなたの仲間だけですからね」
一瞬の沈黙。
「まあ、あの王妃は俺にとっても目ざわりだ。殺して欲しいというならば、今夜にでも殺ってやるんだが、俺には少々余計な付録がついているからな。死ぬのは王妃だけではすまないかも知れないぞ」
その声が、夜の帳の中でやけに凄みを増して耳に届く。リリーはごくんと唾を飲み込むと意を決したように彼に尋ねた。
「一体、誰が死ぬというの」
「この国が」
「……」
「この国、全部が滅びるかもしれない」
一瞬、リリーは絶句した。
「……救いはあるの」
リリーの言葉にゴットフリーは、鮮やかに笑った。
「いい質問だな。そういう方面の付録も確かついていたと思うが」
「それは、大きな力?」
レインボーへブンの欠片たち。そして、ジャン、レインボーへブンの
「そうだな、多少、おせっかいではあるが、いざとなれば、かなり頼りになるかもしれない」
「なら、いいわ……」
リリーは、むしろせいせいとした表情で言った。
「私はその力を信じます。たとえ、この国が滅ぶようなことがあったとしても、救いがあるのなら、この国を作り直すことができるなら……それはそれで構わない」
そうかと、つぶやくと、ゴットフリーは着替えを受け取り、くるりとリリーに背を向けた。
「王妃は殺してやる。まあ、今日のところは辞めておくが……詳しい話は明日の夜に」
「ええ、私の気持ちは変わらないから」
「報酬は温泉と着替え……だな」
軽く笑いながら、ゴットフリーは林道の奥へ消えていった。放心したように夜空を見上げ、リリーはほうっと一つため息をついた。
抜けるような星屑が幾千もの瞬きを作り出している。こんなに美しい空、淀みのない澄み切った空気。それなのに、このグラン・パープルの濁りは一体、何なのだろう。
それにしても、あの男、私が王妃を殺したい理由を一言も聞いてはこなかった。王妃殺しをあの男に頼むなんて、間違いではなかったのか。……でも、あの女がいる限り、この国は腐ってゆくだけ。
何もかもを洗い流してしまいたい。そのために、グランパス王国が滅びてしまっても……
もう、私は構わない。
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