最終章 亡くしたくない未来 ~エピローグ

 風は東から吹いていた。七色の虹は東に向かって光を伸ばす。


 ゴットフリー、ジャン、リュカを乗せた船は東をめざしガルフ島を出航した。心地の良い潮風をあびながら、ジャンは虹の果てに思いを馳せる。


「リュカ、ココは無事だろうか。僕らはいつか会えるのだろうか。そして、BWブルーウォーター霧花きりか……他にも、まだ出会えていない四つの欠片たちは、どこへ行ってしまったんだろう……」


 すると、小さな少女はにこりと微笑んだ。


「ココのことは心配しなくても大丈夫。レインボーヘブンへの虹の道標……あの娘にもそれが見えるはずだから」

「それは、どういうことだ」

「ココは王の半身、アイアリスが残した一房の選ばれし者」


 やはり、そうかとジャンはうなずく。


「最初にココを見た時からずっと、僕はあの娘が気になって仕方なかった。あれは、そういうわけだったのか」


 そして……とジャンは、小さく息を吐く。


「兄妹か。ゴットフリーとココは……」


 リュカは黙って、こくりと頷いた。

 その時、船の下から低い声の怒鳴り声が聞こえてきた。


「お前、何でついてきた! ガルフ島を任すと言ったのに!」


 ゴットフリーは、船にこっそり忍び込んでいたタルクを見つけたのだ。


「隊長を見たこともない海に、おまけにあんな得体の知れない小僧と一緒に行かせられるもんですか。ガルフ島の残りの人々は他の隊員に任せました。私は、死ぬまで隊長についてゆきますよ」


「あきれた奴だ……」


 ゴットフリーは、ふっとため息をついてから、表情を和らげた。


 甲板にあがってきたゴットフリーと、恐縮したようにその後をついてくるタルクの姿を見てジャンは破顔する。



 ― 僕らの願いはあの虹よりも果てしないのかもしれない。胸に秘めた思いは、どんな場所にも癒せないのかもしれない。

 けれども、僕らは作り出してゆく。亡くしたくない未来。僕らが見つめている虹の道標はその位置をさし示しているのだから ―



 船首は、虹の道標に向かって、まっすぐに穂先を向けている。


 ジャンは、ゴットフリーとタルク、そして、リュカの方を振りかえると大声で叫んだ。


「行こう、あの虹の向こうまで!」


 風は幾重にも連なって、彼らを乗せた船を後押しした。そして、海は大波を抑えながら船の海路を造りはじめた。


 至福の島、レインボーヘブンへ



 「アイアリス・レジェンド」第1章『至福の島と七つの欠片』 ~ 完 ~



*  *


【エピローグ】  


 黒馬亭の中庭で、天喜あまきは話を終えた。


「というわけで、今日のお話はこれでおしまい」


 彼女はがたんと席を立ち、円卓の上の紅茶カップを片付けながら、ほっと一息ついた。


「えーっ、これからが、いいところなのに。もっと続きを聞かせてよ」


 不満そうに頬を膨らませるのは、双子の姉の迦楼羅かるら。彼女は天喜の話に夢中になっていた。その隣に座る弟のゴットフリー・グウィンも同じくらい興味津々だったが、さきほどからずっと黙って話を聞いていた。ようやく口を開くと、


「天喜の話の中の”ココ”って女の子が、母さんだったんだね。 驚いたな、そんな壮大な伝説に母さんが関わっていたなんて。そして、ゴットフリー……か。僕に兄の名をつけたと、母さんがいつも言ってるけど、この話の中で二人はまだお互いに兄妹だって知らないよね。一体、いつ、二人はそのことに気づくんだろう」


 彼は天喜に問いかけた。すると姉も、


「そうそう、それ気になる~。それに、あんたが、そのゴットフリーって人に似てるって、母さんはいつも言ってるし」


 双子はそろって天喜を見つめる。天喜は目を細めて、


「そうね、髪の色は違うけど、顔だちはとても似てるわ。特にグウィンの灰色の瞳はゴットフリーにそっくりよ」


 彼女はグウィンを見て微笑んだ。その笑顔には、遠い昔に出会ったゴットフリーへの想いが浮かんでいるように見えた。迦楼羅はそれに気づき、


「ねぇ、もしかして、天喜もゴットフリーと会ったことがあるの? でも、さっきの話の中に天喜は出てこなかったよね」


 好奇心旺盛な姉が尋ねた。すると、天喜は少し困ったような顔をした。


「その話は、次に彼らが訪れた島での話。でも、また今度ね」


「えーっ、今、話してよ」


「かんべんして。長い話をしすぎて私も疲れたし、もう夕方よ。二人とも、明日は学校でしょ」


「なら、週末の夜に! それなら、構わないでしょ!?」


 身を乗り出して、話をせがんでくる双子たちに天喜も折れて、こう提案した。


「分かった、分かった。なら、週末の夜に夕食を取りながら、話しましょうか。ココも一緒に。この話は、あなたたちのお母さんにも詳しく話したことのない話だから」


 目を輝かせてうなづいた双子に、天喜は優しく微笑みながら言った。


「それじゃあ、週末にね」


 彼女はそう言って、双子たちと手を振りあって、黒馬亭を後にした。


 さまざまな思いが胸に込み上げてくる。天喜はふっと息をはいた。


黒馬島くろうまとう……その荒廃した流浪の島で、私はゴットフリーたちと出会った」


 見上げた北の空に輝く星座のペルセウス。英雄を形どった星々を見ているうちに、天喜の瞳に涙がにじんできた。もしできるなら、もう一度、彼らと会いたい。

 でも、


「私ったら馬鹿ね、もう過去のことなんだから。ココだって、みんなと力を合わせて立派にこの島を守れるようになったんだし。週末は、好奇心旺盛な双子たちの質問攻めできっと大変よ、私も頑張らなきゃね」


 そう呟いて、顔を上げると天喜は自宅への道を歩いて行った。




*「アイアリス・レジェンド」~第2章『黒馬島奇談』に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る