第33話 崩壊と再生

 瓦礫と噴石の雨に行く手をはばまれ、ゴットフリーはなす術もなく地面に膝をついた。火の玉山はすでに元の形をとどめてはいない。崩れた火口から灼熱の炎があがる度、爆風が頭上を通り過ぎて行く。


 進むどころか、呼吸さえもままならない……


 それでも、立ちあがり、火の玉山を下ろうとする。後方には泥流が堰を切ったように流れ込んでくる。


 溶岩、泥流……そして、麓には大津波か。まるで悪夢だ。こんな崩壊があってたまるか!


 なす術もなく、唇を噛み締めた。


 ガルフ島を救うだって? 出来るわけがないだろう。小さすぎる。自分の力はあまりにも……。


 その時だった。火の玉山全体ががらがらと崩れ出したのだ。足元に走る無数の亀裂は避けようもない。ゴットフリーは亀裂が作った割れ目の中へ引きずりこまれるように落ちていった。


 畜生! こんな筈ではなかった。何もかもが早すぎる!


 目の前が暗くなる。凄まじい勢いで地面の底に引かれてゆく。

 ゴットフリーは言葉にならない声で絶叫した。だがその時、彼は見たのだ。自分を追うように亀裂に流れ込んでくる蒼い光を。


 蒼い光……ジャンか?


 思わずその光に手を伸ばした。その瞬間、光の中から白く細い腕が現われた。


 ― ゴットフリー、早く! ―


 細い指が手招きしている。躊躇しながらも、その手を握り締めた瞬間に風が吹き、体をふわりともちあげられる。

 一瞬、見えた少女の顔。ゴットフリーは、虚をつかれたようにその方向を見上げた。

 大きな瞳が、懐かしげに彼を見すえている。


 ― やっと、あなたに触れられた……これはジャンの力……? ―


 それは、ゴットフリーの後を追ってきた霧花きりかだった。だが、その瞳は澄んだスミレ色。


 ― 触れたくても触れなれない、語りたくても語れない……闇の住人の私の夢……それは、レインボーヘブンなんかじゃない ―


 霧花は透きとおるような笑みを浮かべた。


 ― 私は、ただ……あなたと共にいたかった…… ―


 おまえは……?


 「水蓮すいれん!」


 ゴットフリーが叫んだとたん、辺り一面に蒼い光が広がった。それと共に大地は震えた。

 爆音が響き渡る。火の玉山は、その度に隆起、陥没を繰り返しながら、崩壊の一途を突き進んで行く。声が聞こえる、恐怖、絶望……けれども、

 蒼の光の中から、かすかに聞こえる大地の声は、


 希望なのか……


 強烈な光の眩しさにゴットフリーの意識は翳ってゆく。爆風のような瓦礫の渦を遮り、風は幾重にも層を作りながら、彼の周りを取巻いた。


 決して、傷つけさせはしない……欠片ではなく、


 そう、それは風の意思。



*  *


「おい、ジャン、生きているのか」


 ジャンは、頭上からかけられたゴットフリーの声で目をさました。薄ぼんやりと大地が見える。ジャンは不思議な感覚で倒れたまま顔を上げた。


「かろうじて、少しの土地は残ったようだ。ガルフ島の住民は……誰も姿が見えないが……」


 見渡したガルフ島は、一面の平原だった。火の玉山は見る影もない。家も商店も立並んでいた木立までも、海に流されてしまったらしい。


「力をまったく感じない……これでは、ただの人間と同じだ……」


 ジャンは、自分の手足をしげしげと眺めた。


 自分はガルフ島に消えたはずだ。それなのに、なぜ、この姿のままなんだ?


 そんな少年をゴットフリーは、いぶかしげに見ていた。彼に気づくと、ジャンは笑みを浮かべた。


「ゴットフリー、お前、よく無事だったな」

「何かが俺を支えてくれたような気がする。よく思い出せないんだが……」

 と、埃まみれのガルフ島警護隊長は考えこむように言う。


 霧花だな。


 軽く笑うと、ジャンは立ちあがろうと体を起こした。だが、力が入らない。


「無理に起きるな。大丈夫だ、レインボーヘブンへの道標はまだ、消えてはいない」


 ゴットフリーは、ジャンの横に立つと東の空を指差した。火の玉山で見た虹の道標はまだ、そこに輝いていた。


 レインボーヘブン……僕は力を使い果たしてしまった……そこに行って、何ができるというんだ。大地をとりもどせない島に意味があるのか。


 ジャンは、ようやく体を起こすと座ったまま、虹の道標を見つめた。

 その時だった。東の空が夜明けのように輝き出したのだ。そして、虹の道標を背に白い影が浮かび上がった。


「お、おまえは!」


 ジャンは徐々に形を成してゆく影を見て、目を見張った。なぜ、今、ここに?

けれども、その神々しい姿こそが……


「ア、アイアリス!」


 白い百合が天空全体に花開いたようだった。風になびく白銀の髪は陽に輝き、七色の虹がその衣から透けて見え隠れしている。白い女神。アイアリスの青い瞳だけが、唯一色をなしていた。


「なんだって、あれがアイアリス? レインボーヘブンの虹の女神!」


 ゴットフリーは、信じられない面持ちで空を仰ぐ。すると、空から香るような美しい声が響いてきた。


 ― レインボーヘブンのいしずえよ、なぜ、封印を解いたのです。道標は示されたというのに ―


 ジャンは、眩しげに空を仰ぐときっぱりと言った。


「レインボーヘブンの過ちを正す為に!」


 アイアリスはその言葉に一瞬、言葉を失った。


「なぜ、あなたは見殺しにした? 住民以外の人々を。そして、なぜ、その記憶を僕ら、欠片の中に残したんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る