第4話 ゴットフリーとBW
「や、山? そ、そんな馬鹿なことがあるか。あってたまるか!」
ココは、警護隊たちが騒然と声をあげる中で、ぽかんとそびえたつ土の堆積物を眺めていた。
「あっ……!」
その時、ジャンの足元で、その一角が崩れだしたのだ。それもココの真上の大岩が。逃げようにも、驚きと怖さで足がすくんで動かない。その瞬間、誰かに腕をぐいと引かれた。
大地をゆるがすような大音響。
辺りにもうもうと舞い上がる砂煙。
そして、不吉な静寂。
「隊長!」
警護隊たちが慌てて叫ぶ声が聞こえた。
「大変だ……隊長が岩の下敷きに……」
ところが、また新たな異変が土くれの中から湧き上がってきていた。山から落ちてきた大量の瓦礫が、急に地面を横に移動し始めたのだ。
「な、何だ……っ」
瓦礫……そう見えた黒い集団。だが、その群れは……
「こ、これは鼠か! 何でこんなに沢山!」
流れの速い黒い川のように、おびただしい数の野鼠が、地面から溢れ出してきたのだ。
「うわあっ、体に這い登ってきやがるっ」
警護隊たちの叫び声と野鼠の奇声で辺りは騒然となった。逃げようにも、体に張り付いてくる鼠の群れが邪魔になって、身動きがとれない。
「誰か助けてくれっ」
「痛ああっ!!」
襟元に食いついてくる鼠たちの鋭い切り歯。誰かれなしに叫ぶ声に、サライ村の宿営地は大騒ぎになってしまった。
……がその時、
風の向きが急速に海の方向に変わった。
すると、どうだろう、どうしようもなく澱んでいた空気が、すうっと清涼に澄み渡ったのだ。
「……」
不思議な気分で周りを見渡す警護隊の面々を取り囲むように、辺りは、突然の静寂に包まれた。
遠くからかすかに響いてきた音色。
波の音が聞こえる……
この場に居合わせた者は、一瞬、夢の中にいるように我を忘れた。
声であって声でない不思議な音が、聞こえるのだ。小波のような、または美しい金管の音のような
歌が聞こえる……
どこまでも、広がっていく清涼な空間、一片の濁りもない世界
心なしか、空気までが海の色に染まったように蒼く思えた。
そして、再び静寂が訪れた時、
「一体、何がどうなったんだ。さっぱり、わからない」
あのおびただしい数の野鼠は、潮が引くように姿を消していた。
* * *
はっと我にかえった警護隊たちは、崩れ落ちたままの目前の大岩を見て、唇を噛みしめた。
「隊長……」
誰もが彼らの上官は大岩に押しつぶされ、死んだものと疑わなかった。
最悪の事態。
これは、ただじゃ済まされないぞ。警護隊の俺たちが止める間もなく、隊長が大岩の下にいってしまった……なんて、そんな言い訳が、島主のリリア様に通用するはずがない。それに、今、隊長を失ってしまったら、ガルフ島警護隊は、一体どうなっちまうんだ?
一方、腕を強く引っ張られ、地面にしこたま腕を強く打ちつけたココは、痛みに顔をゆがめながら身を起こした。腕が折れたかもしれない。その時、ココは、目前にめり込んでいる大岩を腑に落ちぬ顔をして見やった。
「警護隊長が岩の下敷き? まさか、私の腕を引いたのって……あいつ? 嘘っ、ゴットフリーが私を助けるわけなんかない」
その場に居合わせた者たちは、なすべき事が見つからず、大岩のまわりに立ち尽くすだけだった。……が、
「ずいぶん騒がしいですね……彼は無事ですよ」
「
すらりと背の高い男が立っていた。切れ長の目で薄く笑う。それに風変わりな緑の髪がさらりとかかり、端正な顔立ちを更にひきたてている。気を失ったゴットフリーはそのBWの背にあった。
「やれやれ、無駄な事に労力を使うのは嫌なんですがね……」
苦々しげにそういうと、BWは山の上のジャンに目をやった。
「随分ハジけてましたが、あの子も疲れたみたいですね」
その言葉通り、ジャンは唐突にできあがった山の上で、力つきたように倒れていた。
BWは背にしたゴットフリーに目をやると、体をかがめ、足元に落ちていた黒い帽子をひろいあげた。陽光が背負われたゴットフリーの髪を紅く染めていた。そう、この男の髪は陽光にさらされると黒から紅に色を変える。
なぜ、この紅を隠そうとするんですかね。みんな、知っている事じゃありませんか。どんなに悪あがきをしても、定められた運命は変えれない……。
軽く笑いながら、手にした帽子をゴットフリーの頭にのせる。そして、BWは落ち着かない様子で二人を見ていたタルクに向かって言った。
「あなたは、さっさと警護隊長を連れてゴットパレスへ帰りなさい」
「でも……」
「後の始末は私に任せて行くんだ!」
もの静かな表情とは裏腹な強い口調。タルクはその迫力に押され、そそくさとBWからゴットフリーを受け取った。
「そういえば、スカーの姿が見えませんね。また、うまく逃げられましたか。まったく、これだけの人数がいながら情けのない話だ」
BWをタルクは苦々しく、睨めつける。
「ちっ、偉そうに……みんな、ゴッドパレスへ帰るぞ!」
どうも、この参謀野郎は苦手だ。
苦虫を噛み潰したような表情のタルクに率いられ、警護隊たちは、ゴットフリーを抱えて逃げるようにその場を去っていった。BWは小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、その様子を見送る。
「さてと……」
唖然とその場に座り込んでしまっているココの傍に片膝を折って座ると、BWはその腕にそっと手をおいた。
「腕に怪我をしたようですが、大丈夫ですか」
「こんなに腫れてるのに、痛くないわけないじゃん……でも、なんでBWがここにいるのよ」
「……そこは色々とね。それよりも、後できちんと手当てをしないとね。でも、少しは痛むでしょうが、宿営地で好き勝手をしていた分の……まあ、身からでた錆ですよ」
ココはBWの言葉など、ぷいと無視して、眼前にできた山を眺めている。
「やっぱり、これって、信じらんない……」
そして、その頂上を指差して言った。
「BW、あの上の子、下ろせる?」
一瞬、顔をしかめると、BWはため息をついた。
「それは、数十倍も骨がおれる仕事です。警護隊長を大岩から助けるのと比べてみても……ね」
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