ラスト・モラトリアム

実桜みみずく

十一月・或る日

 大学生活も残り半年を切り、就職活動も早めに終わらせていた僕は喫茶店のアルバイトに明け暮れていた。

 今日も自転車にまたがりバイト先に向かう。11月になってからはダウンを着て出勤していたが今日は少々気温が高かったので迷った末に薄手の上着を羽織っていくことにした。

 昼の11時出勤予定の10分前に到着、更衣室でポロシャツとスラックス、その上にエプロンを着てタイムカードを押す。「松田君!この間の面接の娘、採用したから!」店長がこちらが挨拶をするより先にやや高ぶった声で言った。この店は慢性的な人員不足で、店長と僕、そしてもう一人の先輩の3人がほとんど毎日出勤している。人手が増えるのがよほど嬉しかったのだろう。そういえばそんな話があったなと思っていると、先に出勤していた先輩が、「松田君のこと見て応募してきたっぽいよ?」「まさか、」「でも、細身で背が高くて前髪の長い男の子なんて君しかいないじゃん」確かに、そもそも先ほど紹介した3人のうち男は自分だけだ。「明日会えるんじゃない?可愛かったよ~」「ちょっと楽しみです」低めの声で答えた。

 少し浮ついているのを隠しながら接客をし、閉店を迎える。締め作業を終え店を出たのが19時過ぎ、大失敗に気づく、いくら昼間温かくても11月の夜は寒いのだ。自転車を全力で漕ぎ少し体温が上がってきたところで先輩の話を思い出す。「松田君をみて、か」僕にそんな価値はない。ちらっと見た時の角度が奇跡的に良かったとかだろう。なんにせよ口で称賛をするだけなら嘘でもできる。そんなことを考えていると自宅が見えてきた。

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