どうせ、他人事だよな。
九月の月羊
客観と主観
「〇〇が□□に侵攻を始めて一年、未だ戦果の火は止まず、国民たちの不安は…」
男性アナウンサーの淡々とした声が、つけたままだったテレビから聞こえてくる。
「そっか、侵攻まだ続いてたんだ」
ベットにもたれ掛かり、リビングに陽光を届ける、空を窓越しに見ていた。
銃声がまるで生活音のようにあちこちでひっきりなしになっている。
「ハァハァ」
なんの建物だったかも、もう分からなくなってしまった瓦礫に男はもたれ掛かかる。
手の甲で額に滲む汗を雑に拭い、息を整え、弾倉を確認する。
この侵攻が始まって、どれぐらいが経ったんだっけ。子供の泣き声はあちらこちらから聞こえて来るが、女性の悲鳴はもはや聞こえてこなくなっていた。みんな、ある意味でこの状況に慣れてきて、悲鳴をあげても仕方ないという事が嫌というほどに、わかってしまったのだろう。
この侵攻が無ければ、あの公園では子供達が元気に遊んでいるはずだった、あのショッピングモールでは楽しい日常が作られるはずだった。どれも今では半壊していて、とても良い思い出は作れそうにない。
当たり前のように作り出される死体を初めこそ一日の死傷者数を気にしていたが、今は知る気にすらならない。
胸元に手を伸ばしロケットペンダントを握りしめる。家族は今何をしているだろうか。
どこのシェルターにいるのだろうか、高校生になった息子も中学生の娘も大きくなって精神的に大人近ずいていたとしても、きっと不安に思っているに違いない。こんな時に側にいてやれない事が不甲斐ない。
この侵攻が終わったら、妻は、子供たちは、またいつもみたいに接してくれるだろうか。
この銃で何人も殺した俺の事を、笑顔で迎えてくれるだろうか。そう考えると恐ろしくて仕方ない。
脇腹のポケットから、至急されたレーションを取り出して封を開けて一口齧る。硬いレーションを歯で砕きながら空を見上げる。
あぁ、こんな事が起こっているというのに空はあの時と同じように澄んでいて、風は雲を運んでいる、太陽はいつも通りこの街を照らしている。
そうだよな、どんなにこの国で建物が無惨に壊されようが、人が酷い扱いを受けようが、何百人もの人が死のうが、他国の国民は。
どうせ、他人事だよな…そうだよな。
俺もこの侵攻の事をテレビ越しに知りたかったな。
家族に会いたい。
友とまたくだらない事で笑い合いたい。
そんな日々が戻ってくると信じてロケットペンダントに優しくキスをした。
「みんなが待ってる…」
銃を担ぎ立ち上がる。
明日生きているかなんて考えると恐ろしいから、今はただ————
————————————————————
また一つ、半壊したこの街に銃声が響いた。
どうせ、他人事だよな。 九月の月羊 @Kisinenryokunn
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