第6話 ミストリア

 ミストリアの町並みは想像以上に広いものだった。すり鉢状にくぼんだ地形の真ん中には城のような建物が建っており、それを取り囲むようにして家が所狭ところせしと並んでいた。

 アゲハとミヨは絶賛、困っていた。ミストリアという地に入ることはできたものの、宿を探す当てどころか泊まるためのお金すら十分に持っていないのである。そもそもこの国のお金が円であるかもわからない状態であった。

 

 門の内側にも左右に門番がいて、町の地図をもらおうとしたが、

「本地は学都につき、学生保護の観点から地図の提供が禁じられております。」

 と言われた。行く当てもなく二人は門の正面の道を歩くことにした。

 お金の問題は道を歩くうちに、お店の看板からも察せられた。ミヨが八百屋と見える店で、動くもやしの様な食材を指して、

「これはいくらになるんじゃ?」

 と尋ねると、お店のおじさんが作業をする手を止めて、

「そいつぁ30エールだ、どうだ買ってくかい?」

 と答えた。札には、30エールと書かれてあった。アゲハが、

「文字も数字も同じなのに、お金の単位だけ全然違うね…」と肩をすくめた。

 ふと店のおじさんが思い出したように二人に話しかけた。

「あんたら、ここらの人間じゃねぇな。黒髪だしな…ひょっとして鏑木かぶらぎから来たのかい?」

?」

「だとしちゃあ、歓迎しねぇとな。ようこそ遠路えんろはるばるミストリアへ!つってなあ‼」

 そういいながら店頭の、二つの赤い実が枝でつながった食材をミヨに渡した。

「ここの名産のだ。食ってきな」

「あの、お代は?」

「ああ、いいのいいの。どのみち今日の店はしまいだから」

 お店のおじさんは閉店の作業をしていたようだ。ミヨはアゲハに片方の実を渡し、二人して実をほおばった。


 文字が読めるとは言ったものの、店の看板などに書かれた文字は明らかに日本語ではなく、ぼんやりと霞んで見えていた。にもかかわらず、日本語と言われればそう読める、読めてしまうというのだから外国という感覚が薄れそうである。

 学生の都市というだけあって、きかっている人の多くは10代中盤から20代前後の男女で、親子の姿も見られた。道には石畳が敷かれ、その所々に小さい水路が走っており蓋の隙間から水が流れている様子が見えた。

 

 すでに空は薄紫色の様子で、白い街灯の光もポツポツと輝き始めていた。

 二人は何とはなしに正面の城に向かって歩いていたが、正面に見えていた城はいつの間にか近づくどころか左に反れてしまっていた。

「まっすぐ歩いてきたつもりじゃったが、かなり道が複雑じゃな」

「道がグニャグニャしてて迷路みたいね」

「というか…さっきからつけられておるのう」

「え、誰に?」

 ミヨが振り向こうとしたアゲハの肩を掴んで、

「わからんが、とりあえず気取られんようにしておこう」

 アゲハは黙ってうなずいた。


 やがて中心に噴水のある環状の広場についた。思えば八百屋の場所からすでに1時間近く歩いていた。さすがに疲労感、何より空腹感を感じていたらしくアゲハが、

「…ミヨも、お腹空いたよね?そこの食堂で働かせてもらえないか頼んでくる」

「ダメじゃ、腹が減ったまま働いても迷惑かけるだけじゃ」

「でもごはんも宿も、お金は必要でしょ?」

「もっと別の方法を考えるんじゃ、例えば…」

「例えば?」

「例えば…そうじゃ!わしが変身して猫になるのはどうじゃ?それで芸でもしてお金を稼ぐんじゃ」

「でも、獣人族がいるような世界なんでしょ?それでお金は稼げないでしょ。やっぱり行って来る」

 アゲハは再び店の方に足を向けた。

「まま待て、おぬし日本のお金を持っておるじゃろ⁉使えんとは思うが、札ならともかく、硬貨なら価値があるじゃろ⁉それを試してからでも遅くないと思わんか、な?」

 焦った声でミヨが言った。

「…わかった、試してみる」

 少し冷静になったようで、アゲハがそう答えた。


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