第5話 関所にて

 門番の男は次のように言葉をつづけた。

「ミストリアを訪れるのは初めてでありますか?」

 少し悩んでからミヨが答えた。

「…その通りじゃ。何か手続きがいるのかの」

「いえ!本都市に訪れた人は基本的にすべて受け入れることとなっております!ただ、住民証明票を提示しておられない方に対しては、お名前と本籍地を控えさせていただいております!」

 スラスラと答える門番を見て、ミヨはアゲハに耳打ちした。

(どうやら言葉は通じるようじゃな)

 アゲハがうなずく。

 門番は大きな門の左側にある扉を開き、手で行き先を示すようにして、

「現在は夜時間でありますので、こちらから場内にて手続き願います!」

 導かれる形で二人が門の内側に入ると、それとともに扉が閉じられた。中には特に物はなく無機質な空間があった。どうすればいいのかと二人でまごまごとしていると、左側のカウンターから声を掛けられた。

「はい、こちらでーす。こちらに記入お願いしまーす」

 受付と思われる女性の、おっとりした声が聞こえた。カウンターの机には箱の中に紙とペンがあり、「それに記入してくださいな」と受付の人に言われた。

 アゲハが、

「ミヨ、これ羽ペンじゃない?初めて使うかも!」

「自分で書いてみるかのう?」

 ミヨが手に取った羽ペンを指しながら言った。

「やった!」

 飛びつくようにアゲハがペンを受けとった。

「あれ?でもインクみたいなのがないよ」

 話を聞いていた受付の人が答えた。

「そのまま書けるのでダイジョブですよー」

「おーほんとだ!ありがとうございます」

 受付は手を振って答えてくれた。

 用紙には三箇所記入が必要と書いてあり、二つ目の記入だけは選択式だった。

「ミヨのも書いちゃうね!名前と種族名?それと…住所ってなんて書けばいいんだろう?」

 アゲハがミヨに尋ねる。

「日本でいいんじゃないかの」ミヨはいい加減に答えたつもりだったが、

「わかった!」とアゲハはすぐにそのまま書いた。


「確認してミヨ。これでいいよね?」「うむ」

 アゲハは受付の人に

「書き終わりました!」と言うと、

「それじゃ、下の登録って文字のとこに丸つけてねー」

 と言われたので、その通りにすると用紙に書かれた文字はスーッと消えてゆき、元の白紙の状態に戻った。

「こっちで確認するからちょっと待ってねー」

 と言い、パソコンのような機械を操作し始めた。

「右の方がミヨさん、獣人族、左の方が花見アゲハさん、人間で…」

 受付の人の動きが少し止まり、

「二人とも日本…出身ですか」と言った。

「何か、不備がありましたか…?」

 アゲハが不安そうに尋ねたが、

「日本…ちょっと確認するから少し待ってね」

 そう言って、受付の人は人差し指と中指の二指を耳に当てて、電話のように話し出した。

「こちらミラーです。」

「…はい実はお聞きしたいことがありまして…えぇ、入場者様の出身地についてなのですが」「…そうなんですよ!びっくりして。日本というところらしいのですが」

「…はい、了解しました。お二人は滞在を許可してもよろしいのですね」

「…はい…お手数をお掛けしました…はい、失礼いたします。」

 通話が終わったらしく、受付は二人の方を向き、

「問題ありませんでしたよー。滞在中はこちらのバッチを身体の見える位置に付けてくださいな。ここを出られるとき返却して頂くので、なくさないでくださいねー」

 と言われ、アジサイの花がデザインされた金色のバッジを渡された。二人がバッジを着け終えると、入ってきたのとは異なる扉が開き、受付は手で行き先を示した。

 扉を出て、ミヨが

「入れなかったらとは思ったが、何とかなったのう」

 とホッとしたように言い、アゲハも大きくうなずいた。



 それと同じころ門の外にて、

「よお、オペルタ、クロート。お仕事お疲れさん」

 飄々ひょうひょうとしたその声に、入口を管理するオペルタ・ドナーズが敬礼して答えた。

「お疲れ様であります!ミドラ副団長」

「…」出口を管理するクロート・マグナイトは無言で敬礼した。

「おう、オペルタは相変わらずテンション高えな!お前たちがミストリアの南門に就いてくれて、おじさん感謝感激よー」

「いえ、毎日知らないことだらけで、まだまだ未熟者であります!門番としてふさわしい姿となれるよう日々精進していきます!」

 大きな声でオペルタは言った。

 二メートルはあろうかというその巨漢ミドラ・ルークは自ら扉を開け、受付のミラー・レモネオーラに話しかけた。

「お疲れちゃん、レモンちゃん」

「お疲れ様です、ミドラ副団長」

 笑顔でミラーは答えた。ミドラはすぐに、

「一応、今日も聞いておきたいんだが…なんか変わった奴はいたか?」

「気になる方々なら…先ほど入場された女性二人の出身地なんですが…彼女たち、わたしの知らない国だったんですよ!」

「レモンちゃんが知らないってのは確かに変だな…」

 腕を組んでミドラが首を傾げた。

「そうなんですよ!本部には連絡して確認はとりましたけど…不気味です」

「…いや、もしかするとかもな…」

 ミドラは独り言のように言った。ミドラは耳に指をあてて、

「こちらミドラ。いまがた、入場した女性二名の動向に警戒せよ。例の予言の奴らかもしれん」

 とだけ言い通話を終えた。

「さっきのはどういうことですか?もしかすると…って」ミラーが尋ねる。

「うーん、まあ明日にぁバレるだろうしな…それまでの楽しみ♡ってことで!

また明日ね、レモンちゃん」

 ミストリアの町へと続く扉を前に、ミドラはそう答えた。

「…レモンちゃん?扉を、開けてくれないかい」

「ほんとに…後になればわかるんですよね」

 不安そうに尋ねるミラーに対して、ミドラは何も言わず笑顔でうなずいた。


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