ある家族の話
舞夢宜人
第1話 過ぎ去りし夏の日の告白
「今年も旅行に行けて良かったね。早くバスに乗ろうよ。」
親族17人での温泉旅行のためにチャーターしたバスが駐車場に入って来ると、ポニーテールの髪を揺らしながら睦月が俺の腕に抱き着いてきた。高校の同級生でもある義理の従妹達7人のリーダーである睦月の俺に対するスキンシップが過剰なのは、いつものことである。
「睦月、荷物は俺が積み込んでおくから、先に乗って席を決めておけよ。席取りでもめるの嫌だからな。」
「すでに決めてあるから大丈夫。それに、不公平にならないように途中でトランプの結果で席替えするつもり。」
俺と同じ181cmの長身で俺を拘束して、Bカップのスレンダーな体形で自信ありげに胸を張った。ニパッと向日葵のような笑顔を俺に向けた後、近くにいた娘達に声をかけて7人で一緒にバスの方に歩いて行った。
俺は、幼馴染8名で同居している自宅兼職場である神谷システムの旧社屋の2階から何往復かして同居している睦月達の荷物をバスに運び込んだ。神谷システムの旧社屋の1階は祖母の自宅と会議室になっており、その隣に4階建ての新社屋と俺たちの母たちが住むアパートが建っている。中学を卒業するまでは母も旧社屋で一緒に住んでいたのだが、現在は睦月達の母親たちと同様に社宅になっているアパートに住んでいる。俺は、睦月達の荷物を運び終わった後で大人たちを呼びに行った。
睦月達7名にその母親7名に俺の母と祖母の女性16名、男は俺一人というメンバーがバスに乗り込むと『株式会社神谷システム御一行様』というプレートを掲げたバスは、定宿にしている伊豆の温泉旅館に出発した。去年までは『神谷家親族御一行様』だったのに、今年は違うらしい。高校に入学してから、俺と睦月達7名は、祖母の会社で書類整理やソフトウェアのテストなどの業務で、週休5日の非常勤として学校が休みの日に働くようになったから、会社の経費を使うことにしたのかもしれない。神谷システムの新社屋で働く人材としては親族以外にあと女性ばかり30名ほどいるそうだが、親族以外は個人事業主の下請けさんなので、社員ではないそうだ。
睦月たち7名は母親公認で事実婚状態で一緒に同居している俺の家族だ。同じような背丈の7人が並んでいるのを見ると、母親は違うはずなのに実の姉妹のようにも見える。風呂上がりで髪を下ろしていると、幼い頃から同居している俺でも見間違えることがある。身長も誤差の範囲で同じだ。洗濯に出されて俺が洗わされている服を見る限りにおいて(見栄でちょっと無理している娘もいるようだが)下着や上着のサイズもほぼ同じだ。顔だちもパソコンの顔認証が誤認するぐらい誤差の範囲で似ている。知らされていないだけで何らかの血縁はあるのだろう。
俺の父が、俺と彼女たちの名付け親だそうだが、俺と同じ5月生まれなのに別の月にちなんだ名前がついている。舞さんの娘で5月1日生れの「睦月(むつき)」、麻衣さんの娘で5月2日生れの「如月(きさらぎ)」、彩さんの娘で5月3日生れの「弥生(やよい) 」、麻美さんの娘で5月4日生れの「卯月(うつき)」、恵さんの娘で5月5日生れの皐月(さつき)、香織さんの娘で5月6日生れの「水無(みな)」、由佳さんの娘で5月7日生れの文(あや)と続いている。俺の名前は、父の名前である「雅人(まさひと)」にちなんだとも考えられるが、が、5月5日生れなのに1月にちなんだ「正人(まさと)」だから同じ命名規則なのかもしれない。安易さを感じるが、父は昨年の夏に交通事故で亡くなったので、もはや真実を確認するすべはない。
睦月達の母親たちは、俺の祖母である神谷美穂の養女になっていて、祖母が経営するソフトウェア会社である神谷システムで、課長や部長といった管理職に就いている。彼女たちは、父や母の同級生だから30代半ばのはずだが、20代半ばにしか見えないエネルギッシュな女性たちである。睦月達の母親たちは、亡くなった俺の父である雅人の幼馴染で事実婚の関係だった。しかしながら、睦月達は父の子ではないので異母姉妹ではなく義理の従妹なのだそうだ。
その一方で、俺の母である志保は、睦月達7人を預かって養育し、空き時間に祖母の会社で非常勤で経理を担当していたためか、年齢相応の喪女になっていた。祖母には、俺たち8人が母に気苦労させたせいだから、孝行しろと言われた。経済的には、祖母や睦月達の母親が負担していたので問題なかったようだが、活発な子供が8人もいれば気苦労は絶えなかっただろう。何があったのか知らないが、母達8人の中で母の立場は相対的に低かったようだ。以前に気になって母に聞いてみたのだが、「いろいろあったのよ。でも、私は幸せだし、正人が気にすることではないのよ。それに、あなたたちは8人で一人のようなものだし、一人一人はヤンチャでも8人揃うとかえって楽なのよ。」と母は微笑むだけで答えてくれなかった。俺たち8人が自分たちで家事をこなせるようになるにつれて、子育てから会社の業務に比重が移していった。それに伴って、経理という立場を背景にして母の待遇は改善していったようである。
父については、「好きな女の子は大切にしなさい。決して逆らってはいけない。隠し事もしてはいけない。」と口癖のように言っていた記憶がある。父が母達8人の女性の間を渡り歩いていたせいもあって、一緒に何かした記憶がほとんどない。でも、母と父の仲が良かったことは知っているし、睦月達の母と父の仲が良かったことも俺たちは見てきていた。そのためか、自分たちもそんな関係になっていて、俺たち8人が事実婚状態になっていることに母達が気が付いたのは、父が亡くなった後だった。中学生になっても当たり前のように8人で一緒に寝たり風呂に入ったりしていても母達に異常に思われなかったぐらいだから母達の常識が麻痺していたのだろう。
バスが走り出すと、睦月が俺と他の6人に注目するように言ってきた。
「正人、バレー部の件だけれど、秋季大会には、登録できたのよね?」
「俺たちが入学する前に一時的にバレー部が消滅していたせいで、夏の大会には出られなかったけれど、9月の秋季大会には登録できたって、顧問の佐野先生が言っていた。」
「大会には出場できない男子マネージャーの正人を入れても部員が私達8名しかいないから、大会に出られるか怪しかったけれど良かった。」
「スペックだけ見れば大型のチームだ。身長181cmの女子がレギュラーで7名揃っているチームなんて全国的にも珍しいと思うぞ。」
「でも、自慢できるの、そこだけだよね。中学の時なんて3回戦敗退でウドの大木なんて相手チームに言われたものね。」
「如月、自虐は良くない。」
「あれだけ弱点だったレシーブの強化ならやってきたじゃない。」
「でも、他の学校はもっと頑張っているの。17時の定時で練習を終えるのは、たぶんうちぐらいなものよ。」
「睦月、弥生の突っ込みが厳しい。」
「うちの高校、定時制があって17時半以降は体育館を授業で使う場合があるから仕方ないよ。」
「3回戦で勝てば、県大会でベスト4に進出できるのだから、そのあたりを目標に頑張ろう。」
「文ちゃん、私らってまだ対外試合していないから実力を知らないだけで、1回戦敗退かもよ。」
「何よ。うちよりチームワークがいいチームなんてそんなにないでしょう。伊達に16年も寝食を共にしてきた仲じゃないわよ。」
「水無、同じメンバーで中学では2回戦を突破できたのだから、相手次第ではそれなりだと思うよ。3回戦で敗退した相手が県大会優勝だったから相手が悪かったとも言えるでしょう?」
「まあ、私たちの場合、部活はそこそこ一生懸命やって、そこそこ楽しめればいいのよね。バレーで大学の推薦を狙っているわけではないし、皆の学力なら地元の国立大学の情報工学部に8人揃って進学するのも楽勝でしょう?その後の就職だって、うちの会社に就職するだけだし、決まった相手もいるものね。」
「男は7人で共有だけどね。」
「卯月、不満があるなら別の相手を見つけて正人のハーレムから抜けてくれてもいいのよ。」
「睦月が酷い。私を除け者にしないでよ。」
「俺は卯月を大事にしたいと思うぞ。」
「ねえ。正人。『卯月を』じゃないでしょう。『卯月も』の間違いよね。私たち全員に手を出した以上は、逃がさないわよ。最後まで責任を取れ。」
「最後までって……」
「何度も言ってきたでしょう?7人合同の内縁だけれど、ここにいる親族で結婚式を挙げて、子供を産んで、死が家族の縁を分かつまでに決まっているでしょう。」
「そうだ、そうだ。『黙って俺についてこい』ぐらい言えるようになってね。鍛えてあげるから。」
その後俺は、7人から袋叩きにあった。どうやら、彼女たちが喧嘩を始めようとすると、そのタイミングで俺が地雷を踏み抜いて、攻撃対象が俺に集中してストレスを発散した後、和解するというパターンが繰り返されているような気がする。それで和解してくれるなら安いものかもしれない。
旅館に着くと、睦月達と母達は、すぐに温泉に入りに出かけた。俺も久しぶりに睦月達を洗わずに済むのんびりとした風呂を楽しんだ。睦月達が夕食の準備と、翌日の朝食と弁当の下拵えをするのに並行して、交代で睦月達を風呂で洗うのが毎日の日課になっていた。掃除と洗濯が俺の分担で、食事の準備が彼女たちの分担になってから、いつの間にかそうなっていた。食事の支度は、自分たち8名分だけでもそれなりの作業量になるが、仕事の締め切りが近づくと親たちを含めた17名分の食事の支度になるので結構大変である。
のんびりしすぎたのか、風呂から出て宴会場に行くと、既に女性陣が勢ぞろいしていた。睦月達が7人とも髪を下ろしているのに気が付いた。これは、あとで間違い探しと罰ゲームが待っているパターンである。背筋を伸ばした後ろ姿で見当を付けて一人に近づいて声をかけた。
「睦月、髪を下ろした姿も素敵だけれど、何があった?」
「別にいつもの罰ゲームをするつもりはないわ。久しぶりに自分で体と髪を洗ったけれど、やっぱり、あなたにやってもらえないと今一つすっきりしないのよ。あとで、部屋に付属している家族風呂で頭を洗ってくれないかしら?」
「わかった。」
「そうそう、私たちがそんなことを言ったものだから、母さんたちも洗って欲しいそうよ。お婆様は遠慮していたけれど、全部で15人分頑張ってね。」
「ゲッ」
「『ゲッ』言わない。私たちのために毎日働いてくれているのだから、そのぐらいサービスしなさい。」
「……」
俺が自分の席に着くと、祖母の美穂が話を始めた。
「神谷システムを開業して今年でちょうど30年。この30年で、いろいろありました。夫の誠治さんが亡くなり、長男の清雅が亡くなり、去年は次男の雅人も亡くなりました。」
「お婆様、清雅さんって、あまり聞いたことがないのですけれど……」
「ああ、そうだったわね。隠していたわけではないのだけれど……志保さん、辛いと思うけれど、この子たちに説明してあげなさい。この子たちも大きくなったし、知っておくべきでしょう。」
「……」
「今さら、あなたのことを責めないわよ。でも、けじめだからね。」
「雅人さんと私たち8人は高校3年の同級生だった。雅人さんは人気者で、ちょうど今の正人のように私たちに囲まれていたの。9人で地元の国立大学の情報工学部に進学した夏休みに、同じ学部の先輩で雅人さんの兄の清雅を誘って10人で、この旅館に泊まりに来たの。雅人さんと結婚したかった私は、清雅に協力してもらって、ライバル視していたほかの7人に睡眠薬を盛った。皆が寝入ったところで、雅人さんにプロポーズしたら、OKをもらって、私は雅人さんと結ばれた。その時できた子が正人なの。でも、朝になって、幸せいっぱいで部屋に戻ってきた私たちを待っていたのは、地獄だった。清雅さんは弟が8人もの女性に囲まれているのが気に入らなかったらしくて、薬で眠っている舞さんたち7名を強姦していたの。その惨状に雅人さんは激怒して、清雅さんに殴り掛かったら清雅さんが逃亡した。追跡劇の末に清雅さんが近くの橋から転落して死亡した。戻ってきた雅人さんは、全部俺のせいだって意気消沈してとても見ていられなかった。事態はそれだけで済まず、その暴力で舞さんたち7名は妊娠していたの。それで生まれたのが睦月さんたち。だから、睦月さんたちは異母姉妹で、正人の従妹になります。雅人さんは責任感が強い人だったから、8人全員を責任を持って幸せにするといって関係者を説得してね。私と結婚する一方で、舞さんたち7名をお義母様に頼んで養女にしてもらって家族にして、事実婚の形をとったの。でも、私が抜け駆けしたのも原因の一つだって、みんなに責められてね。正人と睦月さんたちを私が養育していたのは、罪滅ぼしという意味もあったからなの。」
「志保さん、自分を責めるのはもうやめなさい。私たちは親友だし義理の姉妹でしょう?清雅先輩に強姦されたことに気が付いたときにはショックは大きかったし、状況を聞いてあなたを恨んだこともあるけれど、それ以上に雅人さんは優しく私たちを支えてくれたからこそ、この子たちも今ここにいるの。好きでもない相手との子供でも私たちの子供であることには変わらないし、あなたに預けたからこそこんなに立派な娘に育ったのだから自信を持ちなさい。それに、私たちに雅人さんがしてくれたように、私たちの娘たちもあなたの息子が責任を取って幸せにしてくれるようだしね。」
舞さんが母にそう答えると、アルコールが入った母達は懺悔大会を始めてしまった。
しばらくして、睦月に拉致されるようにして、俺は部屋から引き摺り出された。
「いくら親族でも興味本位で聞いているのは良くないわよ。デリカシーがないわねえ。母さんたちは、もう少し飲むそうだから放っておいてあげなさい。」
「分かったから、痛いから放せよ。」
「でも、あなたとは従妹であることがはっきりして安心したわ。」
「異母姉妹なら、父親に似れば姉妹間でよく似るわけだよね。」
「正人、睦月は、雅人叔父さんが実の父親で、あなたと異母姉弟なんじゃないかと不安だったの。」
「如月、私の心を読まないでよ。」
「残念なことに、私たち姉妹って似ているところがあるし、私たち男の趣味も同じなの。二人だけの時以外は私だけ見てなんてわがまま言わないから頑張ってね。」
「あなた、何を頑張らせるつもりなのよ。」
「私は正人に体と髪を洗って欲しいだけよ。正人のために綺麗でいたいもの。」
「できる範囲で頑張らせてもらいます。」
「とりあえず一緒にお風呂に入りましょう。部屋に付属している家族風呂は結構広いから、久しぶりに8人で一緒に入っても大丈夫そうなの。綺麗に洗ってね。」
「家族サービスさせてもらいます。」
その後、睦月達からのアプローチ合戦が活発化していくのだが、それは別の話だ。
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