006 > 予備校で(その2)ー 番(ツガイ)とは……


 名前を言われて思わずね、思わず……


(アホかおれは~~~!)


 それでもつっぷしたままでいると、近づいてくる音と気配がした。


「……すまん……」

「え?」


 そいつの顔におよそ似合いそうにない力のない声と内容だったから、思わず顔を上げてしまったんだ。おれは。


「やっぱり。昨日の、北野だ……」

「っ~~~!」


(おれはショウシンショウメイの、AHOだ……!)


 もう気のせいでもなんでもない。

 こいつ、おれを見る時だけ目元が赤い。なんっんだ、これ……!


(恥じらってんのか?! なんでっ!?)


 ためらいがちにおれに何か言おうとしてるのがわかる。


「あの、な……」

「お~い! 授業始めるから! 滝川、とりあえず席座れ」

「……っす。……北野、後で……」


 言われて、そいつはおれの近くにある右斜め前の席に座った。

 授業中、おれが見てもわかるくらいそわそわしてるし、講師が板書してる最中にチラチラとおれを見てくる。


(いや、マジそういうの、いらんって!)


 こう、黒髪ロングの清ソな美少女との再会とかならね、おれも大歓迎ですよ。


 でも、こいつでしょ? 

 こんな、おれよりデカくて男前の顔面したイケメンに恥じらわれても──


(しかも、Ωって……ぜってぇウソだろ!)


 見当違いもいいとこだ。


「なおさん、なおさん」


 つんつんと脇腹をシャーペンでつつかれて小声で話しかけてきたのは予備校ダチの一ノ瀬幸太。おれと同じくらいバカだけど、おれよりも友達多くて気のいいやつ。


「彼、お知り合いで?」

「ちがう」

「でも、名前、言ってましたよね」

「チガウ」

「でも、後でって……」

「ダンジて、チガウ」


 よりによって、自分より男前のイケメンに意味不明な理由で好かれてるらしい、な~んて、羽よりも口が軽いこいつにはぜってぇ言えねえ。口がサけても言わねえ。


 知り合いでもなんでもない。

 なんか知らんけど、一方的に近寄ってきてるだけだ。


(【運命の番】ってかよ、そもそもおれはβだっつうの!)


 それはもう間違いないジジツなのだ。

 個人病院の院長やってて、Ω診断の権イでもある隼人の父ちゃんに太コ判押されてるくらいの生スイのβだよ、おりゃあ。

 まぁ、『αとΩの両親の間にはαとΩが生まれる確リツが高いから、βが生まれるのは珍しい』とか言われたけどさ。


(母ちゃんと父ちゃんもなんか……アレだけどさ……)


 とにかく! 納得いかないもんは納得いかねぇの!

 そうこうするうちに、相変わらずよくわからない授業(英語)が終わり、おれが教室から逃げようと準備をしてると


「北野」


 やつがすでにおれの前に立っていた。


「え~っと……」


 すぐ後ろの席では幸太がニヤニヤしながら様子を見守っている。


(後で覚えてろよ……!)


「ちょっと、話がある……いいか?」

「……ちょっとだけなら……」


 そう言うと、なんとも言えないはにかんだような表情になってる。


「ちょっと~! なんでナオジなの~?! あたしたちだってタキガワくんと話したいのに~!」


(話せばいいじゃん!)


 くるっと振り返った滝川は、女子どもに冷たい目線をくれながら


「俺は、北野に用があるから」


 なんて断言したもんだから


「え?! 何?! 感じ悪いんですけど?!」


 女子の何かに油を注いだようだった。


「ちょ、ちょちょちょ! わかった。向こう行こう!」

「? ああ、わかった」


 女子どもとやり合うのはあまりよろしくない。

 なんつったって、このクラス、3分の2の女子が最大勢力で、彼女らの反感を買ったら残りの予備校時代を平穏無事に過ごすことができない、と言われてるからだ。


 廊下に連れ出し、隣の空き教室に一緒に入る。すると突然


「北野、俺をお前のつがいにしてくれ」


 はいぃぃぃイィ~~~?!?!


「お前が俺の運命だ。俺のうなじを噛め」

「はっっ?!?!」


 何を言ってるのかわけわからん!

 おれはそいつ、滝川辰樹と向き合う。


「……ちょ……ちょちょちょ……! タンマっっ!!」


 おれは正直、ドン引きしてる。だけど、こいつは赤面しながら真剣だった。


「あまり時間がないんだ……早くしないと……」


 なんの話をしてるのか、ほんっとう~に、わからんて!


「おい! 滝川っつったな、お前!」

「……そうだ……お前は昨夜の北野ナオジロウだろう?」

「そうだ! って、いやそういう問題じゃねぇ!」


 薄暗い教室の明かりでもこいつの顔の良さがくっきりはっきりよくわかる。

 刈り上げたツーブロックでセンター分けした長めの真っ黒い前髪が、こいつの品良く彫りの深い目鼻立ちを強調してた。


「お前な、ほぼ初対面のおれになんつうこと言うんだ! そもそもお前がΩだって言われなきゃわかるやつなんかいないだろうに、なんで……!」


 続けようとしたら


「お前が【α】だからだ」


 断定された。


「だっからちがうって! 昨日も別れる前に言ったよな? おれはβだっつの!」

「……誰がそんなこと言った?」

「は?」

んだ?」

「医者だよ、医者! おれの主治医!」

「……検査は」

「したわ! それこそ何回もな!」

「!!」


 信じられない、というケワしい表情をしている。だけどそれがジジツだ。


「……だけど、お前は俺のつがいだ……」


 そいつの語尾は消え入りそうだった。だから畳み掛けるようにおれは言ってやった。


「っから! 番だのなんだのってのはΩとαの話だろ! おれはβだから関係ねえっつの!」


 そして、また昨夜みたいにおれの顔をまじまじと覗き込もうと至近距離まで来た。


(ちけえって!)


 またしても鼻をスンスンさせて言う。


「……お前、何も感じないのか?」

「だから、なんなんだよ! 昨日から! 感じるとか感じないとか、男同士でキモイっ!」

「!!」


 そしたら、太いけどキレイな形をした眉を寄せてうつむいて


「……そう、か……」


 そっからは、前髪で顔を隠して、黙ってしまった。


(なんだよ、おれのせいか?)


 だけど、それはひっくり返せないジジツだ。


(いや、おれのせいじゃねぇぞ!)


 こんなところでウソついたってしょうがない。

 そもそもこいつはなんのためにおれにそんなこと言うんだ。

 おれもこいつも初対面同然で、好きだとかなんとかそういうのもナシでイキナリ!


(初めて会ったような相手に番になれって言うか、普通?! こいつ頭大丈夫かよ?!)


 滝川は顔をおおい隠すようになっていた前髪をかき上げると、おれを見て


「人違いだったみたいだ。すまん」

「は?」


〝泣きそうだ〟と思ったのは一瞬だった。だけど


「気にしないでくれ。あと……俺がΩってこと、言わないでくれると、助かる」


 その表情を見て断れるやつがいたら見てみたい。つか、頼まれてもそんなこと言わない。


(こんなαみたいなナリした男がΩだ、って言って、誰が信じるかよ!)


「わかった……」


 その後。


 教室に戻った滝川は何事もなかったかのように振る舞った。

 さっき態度悪く接していた女子どもにも愛ソ笑いを浮かべて話していたし、授業中もちゃんと黒板に向いて座っていた。






 そんな出会いだったおれと辰樹の関係が変わったのはこの後の2週間後──高校最後の夏休みが明ける、直前の話だ。



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