おしかけ王子と人生2度目の恋をする

もずのみいか

おしかけ王子と人生2度目の恋をする

「三神さん! はい、お茶!」

 そう言って差し出されたのは茶碗に入ったお茶。


 これを、飲めと?


 さぁ、誰が召し上がったあとの茶碗でしょう。この時代にまだこんなセクハラを堂々とする度胸、東京湾にでも捨ててきてくれ。


「はいはい、課長たち酔いすぎですよ〜。これはこっちに置いといて、あったかいお茶あげますから〜」

 イケメンは助け方まで爽やかだ。

 おっと、一句読んでしまった。


 俳優ばりの甘いルックスに高身長で仕事ができるって、前世でどんな徳を積んだらそんな人生になるのだろう。

 先輩である東堂は、さらっと厄介おじさんたちを座敷に誘導してくれた。


(ありがとうございます!)


 口パクで礼を言う。

 東堂はチラッとこっちを見て、軽く手を上げた。

 その指には、お約束の指輪が光る。


 ほれてまうやろー! なんて、言うことすら許されない。


          ◇


「で、酔っ払ったふりして二次会フケて友人の店で飲み直していると」


 バーカウンターの中で、シェイカーに氷を入れる黒髪ロングヘアの美人が友人のナホだ。

 美人すぎて、ただの白シャツまで輝いて見える。


 かたやカウンターにつっぷして、くだを巻く私の姿ったら。

 眼前に置かれたシルバーの紙ナプキン入れには、黒髪ボブの疲れたOLの顔がうつっていた。

 うう、ファンデーションもよれよれだ。


「あーあ、わたしの王子はどこにいるのー!」

「いい加減悟りなさい。自分に都合の良い王子なんて現実には落ちてないの。ほしいなら育てろ」


「いや、ナホはすごいと思うよ……そのいい男を育て上げる手腕は……。ナホと付き合ったら出世するって伝説が生まれるだけある……。でも私、自分が癒されたいんだもん」

「癒されたいだけならロボット犬でも買え」


「し、辛辣……。でも安易に生き物飼えって言わないあたり信用できる……」

「だって動物は男と違ってリリースできな」


「ストップ。清い信用のままで終わらせて」

 ナホに手のひらを見せて話を止める。瞬間、カウンターに置いたスマホの通知が鳴った。


 ピコン


「何、男?」

「いやシオリでしょ、この時間」


 友人、かつ一時的な同居人。ナホとも共通の友達のシオリ。


「あんたおやすみメッセージのひとつも送ってくる男いないの……」

「本気で憐れむ目をしないで」


「シオリ、今週いっぱいだっけ? あんたのとこに居るの」

「そー。金曜まで。シオリんちの工事が終わったら帰るよ」


「で、なんて?」

「えーっと、ん?」


「何よ」

「見たままを読む。信じられないかもしれないが」


「もったいぶるわね」


「王子様拾った。すぐ帰れ」


「は?」


          ◇


「シオリ、ちょっと説明────」


 急ぎ足で玄関をすぎて居間に入る。


 私を見て、ソファに座った金髪の男の顔が輝いた。

 自惚れでなければ。


「トーコ!」


 うわ、知らないイケメンが私の名前を呼んでる。


 ま、眩しい。目が眩む。いや、比喩だけど。


 リアルだから加工とかないのに、顔が良すぎる。

 というか、私好みすぎる。


 茶色寄りの金色の髪は長すぎず短すぎず、でも前髪は長め……。で、サラサラ。


 目の色は茶色ね。うんうん。日本人より少し薄いくらいが親近感湧くわ。


 てゆうか、顔ちっさ! 頭身いくつ?!

 うっわ、たちあがったら足長すぎ!


 ていうか服装! 

 豪華そうな飾りのついたジャケットの……なんていうんだっけ、後ろ長いやつ。ああ、酔っ払いの語彙。


 とりあえず、このツッコミだけ言わせてほしい。


 アンタ、舞踏会でも行くんか?!


 ふぅ。

 ちょっとひと息ついて状況を把握しよう? 


 ばちっと目が合う。

 完璧な微笑みが返ってきた。


 王子や。紛れもない王子。


 混乱のあまり、私の中の関西人が目を覚ます(なお住んだことはない)。


 動揺をなけなしの理性で押し込めて、はりついた笑顔をとりつくろう。


「どうも、こんばんは……じゃなくて、いやちょっと、お待ちください?」


 キラキラオーラにやられないよう目を細めながら、部屋着にメガネに三つ編みの女────シオリの腕をつかみ、寝室に連れ込む。

 バタンとドアが閉まった瞬間、真顔に戻ってシオリを問い詰める。


「どういうことよ」

 

 シオリは下戸だ。いまも絶対にシラフのくせに、こいつも真顔でおかしなことを言いだす。

「駅前であんたの似顔絵持って人探ししてたから、拾ってきた」


「王子どころかストーカーじゃないの」

「ずいぶん、遠いところからやってきたらしいわよ」

 キラン、と、シオリのメガネが光った気がした。


「夏の記憶。ないんでしょ? カギになるかも」

「にしたって……そんなとんでもない話……」


 記憶がないのは、確か。

 大学は夏休みだったしバイト先も夏季休業だったから助かったけど。


 神隠しのように、10日間誰にも会わず、連絡もとらなかったらしい。その間の記憶が、抜け落ちたように、一切ないのだ。

 たぶん10日間眠ってたのよ〜って、笑い話にしていたけど。


「あの人、あんたに本気だよ。何時間も、通行人に絵を見てもらおうとがんばってたから、雨降り出した時に傘買ってあげたもん。そしたらトーコを探してるっていうから」

「シオリは駅前で何してたの」


「二階のカフェから、いつもの人間観察」

「あー、あれね」

 そして何時間も怪しい男を観察していたのか。

 相変わらずの物好きだ。


「お風呂入りなって言ってもあんたと会うまで正装でいたいって言うからさ、早く帰れってメールしたんだけど」

「まじかぁー……。私けっこう飲んでるんだけどさぁ。これって」

「夢じゃないね」

「デスヨネ」


          ◇


 リビングに戻って、きらきらと期待に輝く目をみつめかえした。

 うっ、なんだろうこの、捨て犬に相対しているかのような胸の痛みは。


「えっと、あなたのお名前は」

「レイ。────トーコ、本当に忘れてしまったんだね」

 ううっ。そんな憂いを帯びた目をされたら。


「私の名前って……」

 シオリが教えたの? と、ちらっと見ると、シオリは言葉の先を汲み、手を振って否定した。

「私じゃないよ。もともと知ってた。この人」


 本当に、あの10日間に会っていたのだろうか。


 こうなってくると、すごく申し訳ないことをしているような気分になる。


 よく見ると、王子様は髪も肩もうっすらと濡れたままだし。

「えっと、とりあえずお風呂入って……」


(冷たっ……)


 触った肩が驚くほど冷たい。


「風邪ひくよ! 弟が来た時用の服出すから、とりあえずあったまってきて!」

 

          

 

 浴室の使い方をひととおり教えて、退室した。

 いまのうちに、シオリと話しておきたい。


「いいの? 彼、しばらくここに置いて?」

 

「いいよお。なんで私にきくの。トーコんちじゃん。どうせ私は寝に帰るだけだし、ていうか週末からは自分ちに帰るし。ほんと、助かった。泊めてくれてありがとうね」

「全然。────うう。シオリがいるほうが、楽しかったよ〜」

「まぁまぁ。近所だし。────これからも楽しいよ♡」

 と、浴室の方を指差すシオリ。


 そうだった。まだ、本当のひとり暮らしには戻らないのだ。


          ◇


 さて。

 お風呂あがりの王子様が弟のスウェットを着て、私の家の居間にいる。

 シオリは明日が早いと言って、早々に寝てしまった。


「えっと、レイさん。あなたの話が本当だとして、元の世界には────」


「帰れないだろうね」

 あんさん、そんな、爽やかな笑顔で。

 私が次の言葉を探していると、レイは事情を話し出した。


「僕がこの世界に渡る前、暗殺されたんだ。正確には、暗殺されそうになって気づいたらこちらにいた、というところかな」

「えぇ……」

 そんな、バチバチに重たいやつ。


「トーコから聞いていた、クルマやビルがあったから。ピンときたよ」

「……帰れなくて、いいの?」

 死んだと思われたままで良いのだろうか。せめて、別れを言いたかった相手とか。


「私は外から迎えられた第三王子だし────もともと継母には疎まれていたからね。暗殺だって、だれの指図だか」

「そう……」

「暗い話をしてすまないね。心配しないで。私がこの人生で唯一悔いを残した事は、あの日君の手を離した事だ。────こうやって、君にまた会えたから、私は幸せなんだよ」


「────〜〜!」


 その笑顔とセリフは、ずるい。

 この湧き上がる熱いような痛いような見知らぬ気持ちは、同情ではなく、恋だと呼んで良いのだろうか。


          ◇


「えっと、会社行くから冷蔵庫のもの食べて。レンジの使い方はもう大丈夫?」

「覚えたよ。大丈夫。しばらく離れるのは寂しいけど仕方ないね。いってらっしゃい」


 すごく自然にキスされそうになって、制止する。

「ちょ、ちょま」

 むこうじゃ相思相愛だったのかもしれないけれど、私にはその記憶がないのだよ。


「ああ、ごめんね? こっちなら良いかな」

 そう言って、レイは頰にキスをしてきた。

 耳が熱い。


「いってきます!」

 照れ隠しに無駄に大きい声で言って、玄関から飛び出した。


          ◇


「どうしたの? トーコ。難しい顔をしてる」


 レイはインスタントコーヒーの作り方を覚えた。


 そんなテロップが、脳内で再生される。


 土曜日の朝。


 レイからコーヒーを受け取って、私は正直に言う。

「ありがと。んー。家計簿つけてた。いやー、光熱費がね〜。電気代が高くって」


「電気、か。この魔法のようで魔法でない技術は便利だけれど、対価がいるのだね」

 レイが部屋のシーリングライトを見上げ呟いた。そのあと少し眉を下げて、すまなそうに言う。

「私の食い扶持くらい用意したいのだけど、身につけていた宝石くらいしか────」


「うん、あれ売りに出しちゃうと、あらぬ嫌疑をかけられそうだから。どうしてもの時まで、封印しよう」

 もしこちらの宝石と共通のものであれば、あの大きな宝石たちは一般人が売りに出すには価値が高すぎることは容易に想像がつくし、もしこちらの世界では未知の宝石とかいう話になると、余計にややこしい。


「大丈夫だよ、ふたりくらい何とかなる。私、けっこう稼いでるんだよー? レイは家のことちょっとずつ覚えてよ」

 実際、家事をやってくれるほうがありがたいのだ。

 仕事が忙しいと、家の事はあとまわしになりがちだから。


          ◇


「レイ────?」


 ある日帰宅すると、レイの姿が無かった。

 夜に出かける事なんて、いままでなかったのに。


 まだ土地勘もないだろうに。まさか。

「迷子────?」


 いや、もっとありえるのは。

「元の世界に────」

 戻って、しまったとか。


 帰った家に、電気がついていて、待ってくれている人がいた安心感。

 当たり前になっていた生活が、急に元に戻るのかもと思ったら怖くなった。

 いてもたってもいられなくて、帰ったばかりの部屋を飛び出していた。


 レイは、どんな気持ちだったのだろうか。

 気持ちが通じ合ったと思った相手が、突然目の前から消えてしまって。

 どんな思いを、させていたのだろうか。

 



 ずいぶんと歩いた。

 レイと同じ背格好の人は見つからず、もう駅前まで来てしまった。


 繁華街にアクセスしやすいこの駅は、その反面、治安もそんなによろしくはない。

 その分、便利な割には駅から離れれば家賃もさほど高くなく、助かってはいるのだけれど。




「おねーさん、ホストクラブどうですかぁ! ご新規さま、お試し1時間2000円ポッキリ! ねえねえ、予定ないならおひとつ、どーお?」

 キャッチの君、勝手に予定がないと決めつけないでくれるかな。


「人を探してるので」

「ざんねーん! 今日めっちゃイケメンの新人君入ったんだよ〜、イケメンすぎてマジ王子! っつーか本人いわくまじ王子ってね。電波系、ヤバいよね〜!」

 楽しそうに韻を踏むキャッチの腕をガッとつかんで、口元だけの笑みで圧をかける。

「お兄さん、そこんとこちょっと詳しく……?」

「ひっ」




「えー、新入り君は私の酒が飲めないのー?」


 胸の開いたワンピースを着た縦ロールの美人客が、口を尖らせてそう言った。

 組んだ足の黒いハイヒール。そのつま先が、不機嫌そうに揺れている。


 美人の座るソファの斜め前に置かれたスツールに、レイは座っていた。何やら、店から支給されたらしい白スーツを着ている。彼は真面目な顔で淡々と言う。


「知らぬ者から渡された、毒見もされていない酒は、私は口には出来ぬので」


 なぜ、こんなことに。


 私は店の入り口で、その光景を見ていた。キャッチの説明を右から左にきき流しながら、内心で頭をかかえる。


 おおかた、駅前で歩いていたらホストのスカウトに金を稼げるとか言いくるめられて、ついていったのだろうけれど。


 レイの物言いに、客は逆上する。


「はー?! 毒って言った?! 私のリシャールが毒?! ちょー失礼じゃんこいつ、ねぇヒロヤ、この新人やばくない? 何様だよ、客商売なめてんの? ヘルプだってこんなやつ付けないでよ、っつーか、今すぐクビにしろよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ姫〜。新人はすぐ下がらせるから」

 必死で宥めようとしている彼がヒロヤだろうか。

 彼の言葉も耳に入らないのか、客は立ち上がって、レイの座るスツールを足蹴にした。


「まず謝って?」


「────申し訳ない」

 素直に頭を下げるレイ。

「はー? 聞こえないんですけどー」

 しかし客はそう言って、机の上のボトルを掴んだ。


 ドバドバッ……


 残った酒を、レイの頭の上から遠慮なしにかける。

「どうよ、200万のリシャールの味は」


「レイ!」

 

 キャッチの説明なんか断って、もっと早く止めるべきだった。

 駆け寄った私をみて、レイが目を丸くする。

「トーコ!」


「何よ、あんた」

 敵意剥き出しで睨み上げてくる「姫さま」に、トーコは全ての感情に一旦蓋をして頭を下げた。これが大人のやり方だ。

「うちのレイが、失礼をいたしました」


 でも、大人でいることが、耐えてその場を丸くおさめることだけが、いつもいつも正解ってわけじゃないよね。


 とくに、こんな相手には。目には目をだ。


 私は頭を上げて、にっこり笑い、怒れる姫を見下ろした。

「でも────彼が何様かというと、本物の王子様なので! こんな場所にいるべき人じゃないんです。私が責任を持って連れて帰りますね。あなた方も、二度と関わり合いにならないでください」


「ちょっと待てよ!」

「待たないわよ!」

 ギャンギャン鳴く姫をギラリと睨み、念のためにと持ってきていた、レイの指輪のひとつを机に置いた。

 いちばん小さな石にしたけど、それでもダイヤモンドに例えたら、目算で3ct程度の質量はある。ホストクラブの照明を受けて、小さな宇宙に幾つもの細やかな光がきらきらと踊る。

 一目見て、高価なものだと分かったのだろう。

 姫が黙った。


「あなたが粗末に扱ったお酒の原価がおいくらかは知りませんが、さぞお高いんでしょう? そちらのお酒代とスーツ代なら、こちらを置いていきますので! 煮るなり焼くなり売るなり使うなり、お好きにどうぞ!」



          ◇



 家に戻り、レイにシャワーを浴びさせた。


 湯上がりのレイはソファに座り、手招きをしてくる。

 私はダイニングテーブルに座ったまま、それには応えない。


「トーコ。こっちにきて」

「やだ」

「どうして」

「キレちらかしたとこ見せたから、はずかしい」

 しゃしゃり出て啖呵切ってって、物語に出てくるおしとやかで優雅なお姫様とは対極じゃないか。


「じゃあ私が行く」

 レイがやってきて、後ろからハグされた。

 うちのシャンプーの匂いに混じった、レイの匂い。


「格好よかった。でも本当は、私が守りたかった」

 耳元で囁いてくれるな。くすぐったくて顔を上げられない。


「私を一生そばにおいてほしい。トーコが困っているときに、助けるのは私でありたい。あなたと一緒に生きたいんだ」

 レイは優しく、そう続けた。


「────────」

 ねぇ、と、私はレイに振り向く。

 どうしても、聞いておきたいことがあった。


「あなたがそのセリフを私に言うのは、これが初めて?」


「そうだよ。伝える前に、君は帰ってしまった。今日の君をみて、私はまた惚れなおした」


「よかった。知らない自分に嫉妬するところだった」

 そう言って、私はレイの首に腕を回して目を閉じた。


 人生1度目の恋は、少しも覚えていないから。

 私はこの憎めないおしかけ王子と、人生2度目の恋をするのだ。




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