41st Mov. 君と昭和記念公園に
『紬に会いたい』
夜、眠れなくて、それだけを送った。
僕の文章は普段から短めなだけど、その中でも一番短い文章。
だからこそ混じりっ気のない100%の本心。
学校では顔を合わせているけど、そういうことじゃなくて二人っきりで。
彼女と二人だけなら気を使って笑わなくて良い。
でも、明日は学校が休みだ。一人になると、すぐにあの苦い記憶が蘇る。
一人になりたいのに、一人では耐えられない。我がままなのは分かっているけど、誰かに縋りたい。そう思ってしまう。
日付が変わるくらいの時間でも、彼女からのメッセージはすぐに返ってきた。
『良いよ。今から?』
そう、今すぐ会いたいと打ってしまいそうな衝動を抑え、明日に約束を取り付ける。
『もう夜も遅いし、明日の午前とかどうかな?』
『うん。大丈夫。九時とか、ちょっと早いけど良い?』
『大丈夫。ありがとう。じゃあ駅前に九時で』
『はーい』
※
「ごめんね。ちょっと時間が早かったからお店開いてないみたい。出来るだけたくさん一緒に居られるように、待ち合わせ早めにしたのに」
「良いよ。急に誘ってこうやって時間を取ってくれただけで十分ありがたいし」
「当然です。私は拓人くんの彼女ですから! レッスンのお仕事が無ければ拓人くんを優先しますよ!」
「ありがとう。本当にありがとう」
何で?とか、どうして?とか理由を聞かずに明るく振舞ってくれる彼女。その態度に涙がこぼれそうになる。
言葉に出来ない感情とこの場で抱きしめたい気持ちで胸が苦しくなるが、朝の往来が激しい立川駅の入り口。僕にはそれをする勇気すらなかった。
「では、お店は諦めてお散歩しよう! 今日は昭和記念公園まで行ってみようよ!」
「うん」
手を繋ぎ、肩が触れ合うように寄り添って歩く。
なのに、迷子になった子供のように彼女に手を引かれている気分だ。
僕には、駅に向かう人波をかき分けて進む力は無く、彼女に頼ってしまっている。
そういう気の持ち方が、そう感じさせるのかもしれない。
※
立川駅から昭和記念公園までは少し距離がある。
日中は穏やかな日差しで、いくばくかの温もりを感じる時期だけど、朝晩は冷え込む。僕は、彼女とはぐれないように腕を巻き込み手を繋ぐ。
小さな彼女は、僕をしっかりと受け止めてくれている。
その体勢のまま、ゆっくりと歩き20分。昭和記念公園の立川口ゲートに着いた。
チケットを買い、中に入ると目に飛び込んできたのはヨーロッパの庭園のような水路と緑。貰ったパンフレットで確認すると、これはカナールというらしい。
全長200mの水路に5つも噴水があって、左右にはイチョウ並木が立ち並ぶ。
その光景は――――
「「綺麗な楽譜のようだね」」
二人とも同じ感想だったらしい。
規則的に配された樹木や水路。シンメトリーに造られているカナールは、楽譜のようだった。イチョウも紅葉を迎えていて綺麗だったけど、全体の調和こそが、ココの見どころなんだと思う。
自然と造形の融合。景色を音階に変える。どちらも自然の物を人の手によって昇華させる。
それが何となく音楽に通ずる気がしたのは僕だけではなかった。
同じものを見て、同じように感じられたのが嬉しい。
「歩こうか」
「そうだね」
その頃には、縋りつくように絡めていた腕の力は抜けていて、カナールの五線の中に入ることを楽しめた。少し肌寒い季節の噴水は、顔の火照りを覚ましていって、澄んだ水音は、僕のくだらない考えでいっぱいになった頭を洗い流してくれる。
「1と、2と、1と、2と」
彼女はつないだ手を広げて、カナールの水路の横を僕と歩く。
「何で8分音符?」
「つながった二つの8分音符(🎵)みたいじゃない? 私たち」
「……ああ、五線譜に入り込んだ僕たちは音符なんだね」
「そういうことです! だから私たちはリズムを刻むの」
機嫌が良さそうに鼻歌を歌う。
次第にステップまで。僕もつられるように彼女のリズムに合わせて足を運ぶ。
完奏した彼女はつないだ手を放し、スルリと離れていく。
「鼻歌、聴かれちゃった」
振り返りそう告げた彼女は、少し恥ずかしそうに、はにかんだ。
僕は逃げるように歩いていく彼女の手を握り直すために、少し駆け足で追いかけた。
※
「あれはサザンカっていうんだね! しろとか赤とか綺麗に咲いているよ!」
彼女がパンフレット片手に説明してくれる。それを聞きながら、隣を歩く。
昭和記念公園はすっかり秋の景色となり、紅葉が美しい。その中でも秋に咲く花がチラホラあって十分に楽しめる。
春のように咲き乱れるというより、一輪一輪咲く花が多く僕は好きだった。
「拓人くん! こっちこっち!」
彼女に引かれて進んだ先で目を奪われる。
規則的に並んだイチョウ。こげ茶の樹木。風が吹くたびに黄金の葉が舞い散る道。
僕たちは自然と腕を組み、厳かに歩みを進める。
結婚式のバージンロードのように一歩、一歩。
「ラーララ、ラーラララー、ララララ、ラーララ、ラーララー」
段々と照れ臭くなってきたころ、彼女も同じように思っていたようだ。
急にカノンを歌いだした彼女。
「何でカノン?」
質問をした僕の顔を見て、いたずらをした子供のように笑う。
「ないしょ!」
そう言って、紬はまたも逃げ出す。
イチョウの葉が彼女の周りを舞うように広がる。
そのまま黄金色に溶け込んでしまいそうに。
僕は思わず彼女を追いかけた。僕の足音に気が付いた彼女は足を止め振り返る。
紬は、真剣に追いかけてきた僕を不思議そうに眺めている。
僕は何も言わずに彼女を抱きしめた。
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